013:尋問

 取調室と思しき部屋に放りこまれてから、はや数時間が経とうとしていた。

 壁に取りつけられている鏡には、疲弊している俺の顔が映っていたが、おそらくはそのマジック・ミラーの向こう側にいる連中も同じものを見ているのだろう。


「おい。俺は犯罪者でも、動物園の猿でもないんだぞ」


 長時間拘束された苛立ちから、貧乏ゆすりをしながら鏡のなかの自分に語りかけると、


「キャー、喋ったぁ!」


「バナナでもあげてほうがいいんじゃないっすか?」


「ソミンが行きなさいよ。あたしはここで見てるから」


 取調室の扉が開かれるのと同時に、警官たちの甲高い笑い声が聞こえてきた。

 どうやら、ふだんは取調べ中の音声が一方的に向こうに聞こえるようになっているらしい。


「すまん、所用が立てこんでいてな」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは、薄桃色の蓬髪を腰の辺りまで垂らしているスタイルのいい女だった。

 はちきれそうになっているシャツの膨らみに思わず目がいってしまいそうになるが、胸の上につけられた徽章にはいくつもの星が輝いていて、彼女の階級が高いことがうかがい知れた。


「自己紹介がまだだったな。私はマーガレットだ。マーガレット・オブライエン……署内ではマギーで通っているが、一応はこのラスベガス・メトロポリスの最高責任者ということになる」


「マギーだかミギーだか知らないが、あんたの愛称や階級なんざケツの毛一本ほどの興味もない」


「フッ、それはそうだろうな。いま問題になっているのは、貴様の正体のほうだからな。たしか、名をハルトと言ったか? まずは職業から教えてもらおうか」


「これが仕事をしている人間の顔に見えるか? 俺はずっと無職だよ。これまでも、そしてこれからも」


「そんなに真っすぐな視線で無職をカミングアウトしても、社会的信用は上がらないどころか下がるだけだぞ」


「俺の社会的信用なんて、生まれたころからゼロみたいなもんだ」


「道理でひねくれているわけだ。お望みなら、私がその性根を叩きなおしてやろうか?」


「いままで似たようなセリフを何度も聞かされてきたが、ついに成功した奴は誰一人としていなかった。まぁ、やるだけやってみればいいさ。俺のようなクズも、あんたみたいな美人に優しくほだされたら生まれ変われるかもしれない」


 俺が軽口を叩くと、ひゅうひゅうと囃したてる声が聞こえた。

 どうやら取調室の扉が完全に閉まりきっていなかったらしく、マーガレットは赤面しながら席を立ち、外野をどやしつけてから、また席につく。


「貴様、その手には乗らんぞ! どうせ何人もの女を同じような口説き文句で誘い、その股間にある凶器で息の根を止めてきたんだろう?」


「どこからツッコんでいいのかわからないが、まずもって俺は童貞だぞ。女を口説くどころか手を繋いだ経験もない」


「見え透いた嘘を吐くな! なぜ童貞が高いリスクを払って、勃起する男根を生やす必要がある? 貴様の犯している行為は、弾の入ったピストルを白昼堂々持ち歩いているようなものだぞ?」


「ここはアメリカだろ。銃くらい持ち歩いたっていいじゃないか、そんなに目くじら立てて怒らないでくれよ」


「訂正しよう。貴様のソレは銃器ではなく、核弾頭だ。人類が生殖能力を失っているこの社会では、存在自体が脅威になりかねん。市民の安全を守るために、脅威の芽はここで摘んでおかなければならない」


 そう言うと、マギーは腰に差していた刀の柄をこちらに向けた。

 肝心の刃がどこにも見当たらないが、もしかしたらどこかにあるスイッチを押すと仕込みナイフのように刃が飛びでてくるのかもしれない。


「ここで私に首を斬られるか、男根を斬られるか、二つに一つだ。選ばせてやる」


 俺はごくりと唾を吞みこんだ。

 正直、俺が子どもをつくることなどないだろうし、仮に去勢されても大した支障はでないのかもしれないが、しかしかといってはい、どうぞとすんなりさしだせるものでもない。

 どうこの場を切り抜けるべきか悩んでいると、ぼさぼさ頭の婦警がやる気なさげに取調室に入ってきた。

 その婦警はマーガレットにコーヒーを持ってきたようだが、コップを机に置くときに俺の股間をしげしげとながめ、ニヤッと笑って帰っていった。


「なあ。たしかに事の重大さはわかったよ。しかし悪気があったわけじゃないんだ。ここで素直に去勢すれば、減刑も考慮してくれるか?」


「違法薬物を所持しているのを警官に見つかったとして、捨てたから許してくださいという言い訳がまかり通るわけがないだろう」


「あんたの言ってることはもっともだと思うが、生殖行為の場合は、おしべとめしべが交わった結果として子どもが生まれるわけだ。男のブツ一本だけじゃ何の化学反応も起きないだろ」


「しかし、貴様は女を二人連れていたじゃないか。あの二人を違法に人体改造して、日夜子作りをしていたんじゃないか?」


「そんなわけないだろ。……というか、シーナとイオンもここにいるのか?」


「あくまでも重要参考人という立場で捜査に協力してもらっているよ。もしあの二人まで違法な改造を施されているようだったら、いまのうちに言っておいたほうがいいぞ? 万が一、隠し子まで見つかるようなことがあったら、貴様は生きていた証ごと抹消されることになる」


 もちろん俺があの二人と性行為などをするわけがない。

 どうぞ心ゆくまで調べてくれと言いかけたところで、俺は口をつぐんだ。


(そうだ、イオンは逃亡中のアンドロイドなんだった)


 あまりにも自然に馴染んでいたせいで忘れてしまいそうになるが、もとはといえばイオンは機械に紛れてシーナの家に潜伏していたアンドロイドなのである。

 ここで身体検査などすれば、イオンの正体は一発でバレてしまうだろう。

 この様子だと、まだマーガレットはその情報を掴んでいないようだが、そうなるのも時間の問題だ。


「わかった、こういうのはどうだ? 俺のムスコをさしだすから、あの二人をすぐに解放してやってくれ」


「息子? 貴様やはり子どもがいたのか?」


「あぁ、すまん。ムスコってのは俺の男根のことだ」


「ややこしい愛称をつけるな」


「……すまんすまん。ともかく、俺の男根をこの場で去勢していいから、二人をすぐに解放してやってくれ。あいつらは俺の男根とは何の関係もないんだ」


「フン。さすが男根を生やしているだけはあって、少しは男らしいことが言えるようだな。その心意気やよし。では、私に男根を見せてみろ」


 何の準備もなくいきなりマギーが立ちあがったので、俺は反射的に股を閉じて自分の息子をかばった。


「なんだ、いまは虚言だったのか?」


「ま、待ってくれよ。心の準備ってものがあるだろ。だいたい、そんなすぐに犯人の提案に乗っちまっていいのかよ? もしかしたら、あの二人のうちどちらかが、俺にちんこをカスタマイズした真犯人の可能性だってあるだろうに」


「そのときはそのときだ。いずれにせよ、去勢手術は必要だからな。さぁ、つべこべ言わず男根をさしだせ。じつを言うと、一度でいいから本物の男根をこの目で見たいと思っていたんだ」


「ただの私利私欲じゃねぇか!」


 俺は悲鳴のような声をあげたが、しかしほかに選択肢はないようだった。

 観念した俺は、乙女のように恥じらいながら緑色のガウンをたくしあげ、いそいそマギーの前にそれを露出する。


「おぉ、なんと雄々しい……!」


 惚けたような顔をしながら、マギーが刀の柄を掴んだ瞬間、取調室の扉が開いて、警官が飛びだしてきた。


「た、大変です。局長! 取り調べ中にアンドロイドが見つかって……!」


 警官は手術衣をたくしあげている俺と、刀をふりおろそうとしているマギーを見て悲鳴をあげた。


「どうされました?」


「まさかこっちにもアンドロイドが?」


 血相を変えた警官たちがどたどたと取調室に駆けこんでくる。

 先頭にいたボサボサ頭の婦警が、俺の股間とマギーを交互に見て言う。


「いや、こっちの部屋にいるのはただの変態みたいっすね」

















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