012.ラスベガスへようこそ

 ツーッ、ツーッ、ツーッ。

 と、俺の脈が単調なリズムを刻んでいる音がする。

 何度かまたたきして目を開くと、そこには真っ白な天井が広がっていた。


(ここは……)


 おそらくは病室なのだろうが、そのわりには部屋が広い。

 天井には金色に光り輝くシャンデリアがぶら下がっていて、来客用のテーブルには果物が入ったカゴと一点物のティーポットが置いてある。

 部屋の隅にあるガラス張りのシャワー室には、ご丁寧にこれまた金色に塗装された湯舟があった。


「まるでホテルの一室みたいだな……」


 世界が違うから何とも言えないが、少なくとも俺の生活水準には不釣り合いな空間であることは直感的にわかった。

 この手の派手な部屋が似合うのは西洋の金持ちどもで、俺みたいな引きこもりにはジメジメした四畳半の和室がちょうどいいのだ。

 居心地の悪さを感じた俺は、ベッドから抜けだそうと手すりをつかんで、そのまま数秒間硬直した。


 俺の左腕が義手になっている。

 しかも、俺の大嫌いな金メッキ仕様で。


(くっつけてくれたのはありがたいけど、カラーリングだけは選ばせて欲しかった。なんでよりにもよって金色なんだよ、俺は百式か何かか?)


 だが、助けてもらった身分で、気に入らないから変えてくれとも言いだせないし、そもそも誰にこの不満をぶつけたらいいかもわからないので、当分はこれで我慢するしかなさそうだった。

 幸い、俺の神経との接続は滞りなくすんでいるようで、掌を握ったり閉じたりするぶんには問題ないらしい。

 

(この調子ならすぐに慣れるかもな、見た目以外は)


 俺は自分の左腕をしげしげと眺めながら、枕もとのナース・コールを押した。

 ひとまずは看護師に意識を取り戻したことを報告し、シーナとイオンと面会させてもらいたかった。


(しかし改めて、ここはアメリカなんだよな……? なぜ言語が通じてるんだろう。看護師がいきなり流ちょうな英語で話しかけてきたら、そこの窓から飛び降りるしか俺に選択肢はないな)


 たしかアイリスは、あのショッピング・モールがロサンゼルスとラスベガスの中間にあると言っていた。

 あのときに出てきたアメリカという単語は、あくまでもアメリカ”大陸”であって、アメリカ”合衆国”ではなかったような気がするが、現在の世界情勢はどうなっているのだろう。

 いくら引きこもるから自分には関係ないと言っても、やはり生きていくうえで多少の知識を身に着けることは必要なのだと思った。


「そうだ、わからないことは直接アイリスに訊けばいいじゃないか。おいアイリス。聞いてるんだろ?」


 俺がぞんざいに話しかけると、聞き取れなかったのか無視をしたのか、アイリスは答えなかった。

 俺は少しばかし恥ずかしい思いをしつつ、ハキハキとした口調でもう一度尋ねる。


「オーケー、アイリス。アメリカについて教えてくれ。この場所に国はあるのか?」


「現在、この世界に国という概念はありません。かわりに企業が自治を行い、それらを転生機構という組織が取りまとめています」


 やはり地理的には似通っていても、勢力図にはちがいがあるらしい。


「オーケー、アイリス。なぜ俺の母語がこの場所で通じるのか、教えてくれるか?」


「はい。それはこの世界の住人が<SakuraMe>を介して会話しているからです。彼らのあらゆる会話は世界統一言語に翻訳されたあと、各々が使用している言語に再翻訳されています。そのため稀にニュアンスに食い違いがあったり、唇の動きと声が連動していないなどの不具合が起きることがありますが、そういった違いを許容することも言語を保全するためには必要だという考えが広く支持されています」


 どうやらこの世界では、バベルの塔を何者かが再建してくれたらしい。

 そのおかげで、俺はラノベの主人公みたいにいちいち言語の問題には囚われなくてすむというわけだ。


「オーケー、アイリス。<SakuraMe>についてもう一度教えてくれるか?」


「<SakuraMe>とは侵襲型のブレイン・マシン・インターフェースです。脳の松果体に外科手術を施すことで、直接ネットワークにつながることが可能になります。この技術の登場により、私をはじめとしたスマートフォンは過去の遺物になりました」


「要するに、頭のなかでコンピュータを直接操作できるってわけだよな」


「えぇ、その通りです。<SakuraMe>の機能は多岐に渡りますが、最も重要な機能を三つ挙げるとしたら、言語の翻訳、ネットワークへの接続、記憶のセーブでしょう。<SakuraMe>が脳内にある状態であれば、死んだとしても過去の記憶を引き継いで、生まれ変わることができます」


「その点がまだよくわからないんだが……もしも死んでもすぐ蘇生することができるなら、病院とか必要あるのか?」


「理論的には死後即座に復活することも可能ですが、人類全員が疑似的な不老不死になったいま、人口統制は喫緊の課題です。生まれ変わるには莫大な手付金を転生機構に支払わなくてはなりません」


「ネトゲのログイン待ちみたいなもんか。サーバーに入るには長い待機列に並ぶ必要があるが、課金者はその列に割りこんでいち早く復帰できると」


「おおむねそのようなものかと」


 俺は黄金の義手をにぎにぎしながら考えた。

 まあ、とにもかくにも金が必要になってくるのは間違いない。

 特にアメリカでの入院費なんてバカにならないと聞くし、さすがにシーナの貯金でどうこうしてもらうのも気が引ける。

 なんとか働かずして金が入ってこないかなと考えていると、


「あれ、そういえばイオンは……?」


 俺はイオンがアンドロイドだったことに思い当たった。

 あの砂漠地帯で起きたイザコザの発端は、イオンが隠れていたアンドロイドだったことからはじまった。

 アンドロイドの首には莫大な賞金がかけられていると言っていたが、俺たちと一緒に病院に来たあと、イオンはどうなったのだろうか。

 荒れ果てた砂漠ならいざ知らず、こんな都会の中心地でアンドロイドであることを隠しとおせるとも思えないのだが。


「オーケー、アイリス。アンドロイドが身柄を拘束された場合、そのあとはどうなるんだっけ?」


「現在では年に数件しか発生しない事件ではありますが、アンドロイドが身柄を拘束された場合、それまでの記憶を消去して人間として生まれ変わるか、記憶ごと身体も抹消されるかの二択を迫られることになります。アンドロイド隠蔽罪は極めて重い罪ですし、身柄を明け渡した場合には莫大な賞金を受けとれるため、ご友人や近しい方がアンドロイドの場合は、一緒に出頭することをオススメします」


「記憶を消去だと……!?」


 俺は血相を変えて飛び起きた。

 うかうかしている場合ではない。この病院のスタッフには悪いが、いますぐここを抜け出して、あの砂漠へ帰らなければいけないと思った。

 そもそも俺たち引きこもりにとっては、あの砂漠地帯なんかより欲望うずめく都市のほうがずっと危険にちがいないのだ。


「あー、すんません……。さっきのナース・コールはなかったことにしてください」


 俺はナース・コールを押しながら言った。

 しかしどちらにせよ、看護師が来る気配なんてなかったし、この病室にしたって、まるでホテルの部屋を突貫工事で病室に見せかけているみたいなものだった

 本当はこの場所は病院などではなく、俺たちを逃がさないための監獄なのかもしれない。


「くそっ、うかうかしてる場合じゃない。シーナとイオンを探しに行かないと……!」


 俺は右腕についていた点滴を抜くと、ガウン姿のまま病室の外に出た。

 絨毯の敷かれている廊下からして、やはりここはどこかのホテルのようだったが、ここは最上階らしかった。

 エレベーターのほうに向かったが、ボタンを押しても反応がない。

 非常口のほうから、ドタドタと階段を駆けあがる音が聞こえてくる。


「両手を見えるようにこちらに挙げて跪け!」


 乱暴に開いた非常口の扉から、制服姿の連中が飛びだしてきた。

 他の面々は交番のお巡りさんみたいな格好だが、先頭に立っているリーダ格らしき桃色の髪の女だけ、エヴァにでてくるプラグ・スーツみたいなものを着ている。


「俺に手術をしたのはお前らか? いちおう病み上がりの人間なんだ、乱暴に扱ってくれるなよ」


 桃色の髪をストレートに伸ばしている筋肉質な女は、問答無用で俺の両手をつかみ背中にまわしながら、覇気のある声で言う。


「貴様には黙秘権と、弁護士を呼ぶ権利がある……と言いたいところだが、あいにく今回は特例だ! 我々はあらゆる手を使って、貴様に口を割らせてやる」


「あらあら。局長ったらはりきっちゃって」


「法律的に大丈夫なんすかね?」


「バレなきゃいいでしょ、バレなきゃ」


 後ろにいる警官たちはさして職務に熱心なようには見えなかったが、局長とやらはその引き締まった太ももで、俺の頸動脈を圧迫した。

 呼吸ができなくなれば、アイリスに話しかけることもできない。

 俺はイオンとシーナの無事を祈りながら、ギブアップをするレスラーのように顔を真っ赤にしながら床を叩いて意識を失った。



 $ $ $



「さて、どこから話せばいいものやら」


 局長は俺の前に座り、澄ました顔で言った。

 さきほどとは打って変わって、落ち着いた声のトーンで、すらりとしたオフィス・スーツを着こなしている。

 傍目から見れば知的な女のように見えるが、実態はむしろ脳筋ゴリラに近いのではないだろうか。


「我がラスベガス・メトロポリスの歴史のなかでも、こんなことは初めてだよ。正直言って、貴様の存在は我々の手に余る」


 局長は足を組み替えながら言った。

 スカートからのぞく引き締まった太ももは魅力的に映ったが、そこに力が少しでも加われば凶器に早変わりすることを俺は知っている。


「俺はただ病院で、左腕の治療をしてほしかっただけなんだ。犯罪者扱いされる謂れがどこにある?」


「自分の股間を見下ろしてみろ」


「股間って……」


 てっきりイオンを匿ったことで責められるのだとばかり思っていた俺は、きょとんとして自分の股間を見下ろした。

 局長は厳格な顔をして、眉間にしわを寄せながら言う。


「誤魔化そうとしてもそうはいかんぞ。貴様は生殖能力を有した男根を所有しているだろう? 鏡歴一九八四年以降、刀狩り令によりすべての男根は没収されたはずだ。つまり貴様は違法な人体改造をしているか、そうでなければアンドロイドの生き残りということになる。……どちらにしても、私がここで貴様を斬ることにかわりはないがな」


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