011.虎穴に入らずんば虎児を得ず

 俺はトマス&ジェファソンで買ったロケット・ランチャーを、ゴルフ用のバッグに詰めて、植えこみのなかに隠した。

 時間が経てば見つかってしまうだろうが、すぐになくなりはしないだろう。


「五十メートル先、右方向です」


 アイリスが敵の位置を探知している。

 俺は家電コーナーに行き、物珍しそうに商品を眺めつつ、白いチャイナ・ドレスを着ている美少年の背後に立った。

 事実上、彼らは警備員としてこのショッピング・モール内を巡回しているようだ。


「アノー、スミマセン」


 俺はスマホのボイス・チェンジャーを通して少年に話しかけた。

 ヘルメットをかぶり機会音声で喋る様子は不審者以外の何物でもなかったが、まだ現行犯ではないことから、少年も手はだせないようだった。


「いかがされましたか?」


「アッチニ、ヘンナヒト、イルンデスケド」


 俺は物陰のほうを指さして、ついてくるように合図した。

 少年は面倒くさそうにしながらも、本当ですか、ちょっと見てみますねと愛想笑いを浮かべて俺が指示したほうに行く。


「あれ、誰もいないですけど……。どっか行っちゃいましたかね?」


 きょろきょろしている少年の背後で、俺はポケットからPP2000を取りだした。

 何度も練習したはずなのに、映画のようにスムーズにはいかず、あたふたしながらセーフティを外す。


「どうせお前ら生き返るんだってな。悪く思わないでくれよ」


 俺は地声でそうつぶやいたあと、少年の腹のあたりを狙って発砲した。

 タタタタタッと乾いた射撃音がしたあとに、少年が血を流して床に倒れる。

 俺は慌てて周囲を見渡したが、家電コーナーは四階の奥まったところにあるため、まだ異変に気づかれた様子はない。


「生命反応の停止を確認しました。残り十五人です」


「まだそんなにいるのか。正面衝突する前にもう少し数を減らしておかないとな」


 どちらにせよ、もう後戻りのできる段階ではない。

 俺は震える手でPP2000をポケットにしまい、返り血がついていないのを確認してエスカレーターを上にあがった。

 映画館の横にあるゲーム・コーナーの奥で、クレーンゲームを遊んでいる不届き者がいたので、背後から蜂の巣にしてやる。


「残り十四人」


 もういつバレてもおかしくなかったので、俺はエスカレーターを駆け降りて一階の噴水前にいる三人の少年たちに火炎瓶を投げつけた。

 甲高い悲鳴があがり、少年たちは火を消そうと必死になって床をのたうちまわる。

 そのなかでもいちばん早く噴水に飛びこんだ少年が、こちらを見て指さしたので、俺は慌てて顔を引っこめた。


「三階のエスカレーター付近だ!」


 ジリリリリ、とアラートが鳴り響き、ショッピング・モール全体が騒がしくなる。

 俺はPP2000をリロードして、反対側の通路に行って屈みこみ、エスカレーターをあがってこようとする少年の頭めがけて射撃する。 


「残り十二人です」


 同じ階の従業員用の扉がバタンとよく開き、そこから五・六人の武装した少年たちがぞろぞろ出てくるのが見えたので、俺は走ってエレベーターに乗り、最上階である五階を目指す。


(これで十分やつらを引きつけられただろう。あとはタイミングよく、あのおっさんが忍び込んでくれれば……)


 チーンという音がして、エレベーターが四階で止まった。

 嫌な予感がして身構えると、そこには案の定白いドレスを着た少年が立っていた。

 しかも、姉妹の借金を取り立てに来ていた、あの少年だ。


「ナンカイデスカ?」


 俺はPP2000を腰の後ろに隠しながら、白々しく訊いた。

 少年はそれには答えず、黙って閉めるボタンを押して前を向く。

 

(もしや気づかれてないのか?)


 一抹の期待をして扉が閉まるのを待っていると、そのタイミングで、少年が一気にふりむいて俺の腹に拳を叩きこんできた。

 ゴボッと腹を押さえてくの字になったところに、おかわりの一撃が飛んできたので右の肘で防いだものの、自分の肘の骨にヒビが入ったのがわかった。

 

(なんだ、この威力は……)


 あまりのパワーに驚いて目を見張ると、少年の右腕が義手であることに気づいた。

 俺は後ろ手に隠していたPP2000を乱射し、エレベーターが開いたところで転がりでるように外に出る。

 二・三発は的中したが、ほかの弾は義手によって防がれてしまったらしい。


「しぶとい野郎だ」


 残りの弾を撃ちつくしてトドメを刺そうとすると、義手の少年は手すりの外に身を乗りだして、下のフロアに降りていった。


「残り十一人です」


 そのとき火炎瓶でダメージを受けていた一人が絶命したらしく、アイリスが冷淡なアナウンスを告げた。 

 俺はマガジンを捨てPP2000をリロードする。

 これで残りのマガジンは二つ。


「あそこにいたぞ、撃てぇーっ!」

 

 五・六人いる少年のうちの誰かが叫ぶと、バリバリバリと機銃掃射のように弾丸が飛んできた。

 俺は中腰になって手すりの下を移動し、少ししたところで顔を出して下のフロアにいた少年の一人を撃ちぬく。


「残り十人です」


 そのとき、ブォンブォォンとバイクのエンジンを吹かす音が聞こえた。


「ボス!」


 下にいる少年たちが嬉しそうな声をあげたので何かと思えば、誰かが猛スピードでバイクに乗って、メイン・エントランスから突っこんでくるのが見えた。

 乗っていたのは、中世の騎士のようにゴツい鎧を着こんでいる、虎牙の頭領だ。


「……どこにいる?」


「五階です、五階!」


 こちらを見上げた虎牙の頭領と、目が合った。

 俺は急いで階段を降りて、四階の武器屋を目指す。

 だがその途中の通路には、義手の少年が立っていた。


「目的地、この先十メートルです。そのまま直進してください」


「そうしたいのは山々だけどな!」


 義手の少年はグロックのようなフルオート・ハンドガンを手に持ち、もう片方の手にはグレネードを持っていた。

 少年は俺が柱の陰に隠れるや否や、グレネードを投擲してくる。


「スタン・グレネードを検知しました。激しい閃光に注意してください。爆発まで三、二……」


 俺は大慌てで、目の前に転がってきたグレネードを遠くへ蹴飛ばした。

 スタン・グレネードは吹き抜けから下のフロアに落ちている途中で爆発し、複数の少年が悲鳴をあげるのが聞こえた。


「殺してやる……!」


 そう言わんばかりに俺をにらんで、虎牙の頭領がエスカレーターを駆け上がってくるのが見える。


「目的地、この先十メートルです。このまま直進してください」


「あぁ、もう! やってやるよ!」

 

 俺は義手の少年が隠れている柱を撃ちながら、一か八かで通路に飛びだした。

 そして走りながらお手製の火炎瓶に着火し、射程圏内に入ったところで柱に向けて投擲する。

 少年も意を決したように飛びだしてきたが、照準を置いて待っているぶん俺のほうが有利だった。


「がはっ……」


 義手の少年はそのまま倒れこみ、動かなくなる。


「残り九人です」


 俺は通路の奥まで走り、植木の近くからゴルフ・バッグを取りだした。

 なかには新品のロケット・ランチャーが入っている。

 

「目的地周辺です。音声案内を終了します。お疲れさまでした」


 アイリスのガイダンスが終了するとともに、殺意を剝きだしにした虎牙の頭領が、通路の向こうに現れた。

 奴はイオンの足を切断したレーザー状の鞭をブォンとしならせて、一直線にこちらに近づいてくる。


 俺は肩にロケランを担いで、トリガーを引いた。

 肩に重い衝撃が走り、着弾した場所から煙がただよってくる。


(やったか?)


 下のフロアにいた少年たちが、ボスの安否を心配するように顔を出したので、タン、タン、タンと立て続けに単発撃ちして、三人の少年が倒れた。


「これで残りは六・・・いや五人か?」


 アイリスが何も言わないので自分で数えていると、煙のなかからレーザー状の鞭が飛んできて、俺の左腕をスパンと切断した。


「うわあぁぁぁっ!」


 まるで出来の悪いスプラッター映画みたいに噴きでる血を見て、俺は悲鳴をあげた。

 通路の奥には、半壊した鎧から肌を露出させている女が立っている。

 俺は反射的にPP2000をリロードしようとして、自分の左手がなくなっていることに気づき、もう一度悲鳴をあげた。


「アッ、アイリス! なんとかしてくれ!」


「すみません。よく聞き取れませんでした」


 もうダメかと思ったそのとき、反対側の通路から大口径の銃弾が飛んできて、鎧の女の腹部を撃ち抜いた。

 虎牙の頭領である女は、自分の腹に空いた穴をまじまじと見て床に倒れた。


「ハルト!」


 それはシーナの声だった。

 従業員用の通路のほうから、シーナとイオン、そしてバーの店主が顔を出していた。

 どうやら姉妹は気を失っているらしく、それぞれイオンとバーの店主の背中に担がれている。


「すぐに手当しなきゃ!」


 シーナは駆け寄ってくると、俺の左肩をハンカチで抑えた。

 しかし出血量からして焼け石に水にしかならないのは明白で、失血してしまうのも時間の問題のように思われた。


「ア、アイリス・・・出血を止める方法を教えてくれ」


「出血を止めるには、ガーゼや布などで患部を圧迫するのが有効です。傷が重篤な場合には、専門の医療機関を受診することをオススメします。最適な医療機関を見つけるお手伝いをしましょうか?」


「あぁ、頼む・・・」


 急にスマホと喋りはじめたので、シーナに耄碌したかと思われたかもしれないが、とにかく一刻を争う事態だ。

 俺は服の袖を噛んで歯を食いしばり、痛みを噛み殺そうとする。


「クソっ! ダメだ、何かべつのことを考えないと・・・。そうだ、あの姉妹は無事なのか? 気を失ってるみたいだが・・・」


「ちょっとしたショック状態にあるみたいだけど、彼女たちは平気よ。それよりアナタの怪我をどうにかしないと・・・。あぁ、もう血がそんなに・・・」


 イオンは俺の切断された左腕を見て、顔面蒼白になっている。

 シーナは急いでどこかへ走って行くと、大きなガーゼといくつかの錠剤を手に帰ってきた。

 どうやらモール内のドラッグストアからパクってきたらしい。


「これ、飲んで!」


 手渡された錠剤をがばっと丸呑みすると、心なしか痛みも和らいだような気がした。

 しかし、それはあくまでも気休め程度にしかならず、この左腕を治すにはアイリスの言うように専門的な処置が必要だった。


「まもなく救急隊が到着します。もうしばらくの辛抱です」


 アイリスのガイダンスが流れると同時に、空のほうから甲高いサイレンの音が聞こえてきた。

 ショッピング・モールの屋上に、レスキュー隊のヘリが着陸している。


「ハルト、立てる?」


 俺はシーナに肩を借りて、ショッピング・モールの階段を上がり、屋上に到着する。


「この度は我が社のエマージェンシー・サービスをご利用いただき、誠にありがとうございます。ご契約の内容についてですが・・・」


 レスキュー隊の一人がこの期に及んでセールス・トークを始めようとしたので俺はそれを押しのけてヘリに乗りこむ。

 あとにつづいて、あの姉妹を担いだバーの店主とイオン搭乗し、全員がそろったところで離陸がはじまった。

 俺は遠ざかっていくショッピング・モールをぼんやりと眺めて、そうしているうちにやがて気を失った。



 

 



 












 




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