010.ここから逆転する方法

 俺は星空をながめながら、しばらく砂の上に横たわっていた。

 頭からポタポタと血が垂れているが、アドレナリンがでているせいか痛みはあまり感じなかった。

 このまま穏やかに死ねるなら、それも悪くないかもしれないと思った。


(待て……。俺がよくても、シーナとイオンはどうなる? どうせ死ぬなら、二人を助けて死ねばいい)


 微かに残っている良心がそう訴えかけていたが、それでもこの状況を打開する策は思いつきそうにない。

 銃弾の効かない相手に、どうやって立ち向かえというのか。


(残念だが、二人のことは諦めるしかないな。そうだ。もし運よく同じタイミングで死ぬことができれば、三人揃って新たな世界に転生できるかもしれない。次の世界はこんな物騒なところじゃなく、平和なファンタジーの世界がいいな。そしたら俺たち三人で、スライムを狩ったりして……)


 俺は三人で冒険に出かける場面を思い描いて、なんて素敵だろうと思った。

 そして手元に転がっているPP2000を自分の喉元に突きつけようとする。


(もう一度生まれ変わらせてくれって頼んだら、あの劇場の女は答えてくれるだろうか?)


 俺は劇場で出会った女のことを思いだした。

 そういえば、俺はあのとき、生まれ変わりと引き換えに契約を結んだのだ。

 あの女は俺に仕事を依頼したがっているようだったが、結局仕事の中身はわからずじまいだった。

 たしかあの女は、自分の分身を伝令役として送りこむとか言ってたような気がするが……。


(そういえば、アイツの分身とは一度も遭遇しなかったな。それとも、俺が見逃したのか?)


 そこで俺はふと、ポケットにしまいっぱなしのスマートフォンの存在に気づいた。

 バーで会った姉妹にゴミ認定されて以降、すっかり存在を忘れかけていたが、何かあるとしたらこれくらいしか思い浮かばない。

 俺は死ぬ前に答え合わせがしたいというだけの理由で、ポケットからスマホを取りだした。


(……電波は繋がってないし、アプリにも変化はみられない。異世界といえばスマホなんて、俺もなろうに毒されすぎたか)


 俺は諦めて、スマホを掴んだまま目を閉じた。

 すると、


「お困りでしたら、ご用件をどうぞ」


 という、冷たく無機質な女の声が聞こえた。

 スマホに搭載されている音声アシスタントが、ボタンを長押ししたことにより反応したのだ。

 いつもならウザったく邪魔な機能だと無視するところだったが、俺は藁にもすがる思いで、話しかけてみる。


「お前が俺をこの世界へ送りこんだのか?」


「すみません。よく聞き取れませんでした」


 こっちは焦っているというのにあっけからんと返事をされ、俺は苛立ちを募らせた。

 スマホの画面を叩き割ってやろうかとも思ったが、質問が悪かったかもしれないと考えなおす。


「お前は俺を助けてくれるためにここにいるのか?」 


「はい。私は音声アシスタントのIrisです。貴方のお力になるためにここにいます。ご用件のあるときは、オーケー・アイリスと声をかけてください」

 

 ばかばかしいと思いながらも、溺れる者は何とやらで、俺は聞き取りやすいように声を大にしてハキハキと言う。


「オーケー、アイリス。いまは何年か教えてくれ」


「現在は鏡歴二二四〇年です」


 俺は自分の耳を疑った。


「お前はこの世界の暦がわかるのか?」


「はい。私は貴方の世界の暦を理解することができます」

 

 俺は興奮して体を起こし、次の質問を考える。


「オーケー、アイリス。現在地を教えてくれるか?」


「いま貴方がいる場所は大型ショッピング・センター、フーヤ・モールの近くです。フーヤ・モールは『ここになければないです』をモットーにしている、何でもありの商業施設です」


「もっと大きなスケールで言うと?」


「ここはアメリカ大陸のロサンゼルスとラスベガスの中間に位置する、デス・バレーという砂漠地帯です」


(アメリカだと……?) 

 

 やはりこの世界は、俺のいた世界と瓜二つのパラレル・ワールドと考えてよさそうだ。

 ただしもっと時代が進み、人間と機械の境界が曖昧になりつつある。


「いや、いまはそんなことを気にしてる場合じゃない。早くイオンとシーナを助けに行かないと。こういうときは何て質問したらいいんだ? えぇと――」


 俺はパニックになりながら、頭をひねって言葉を絞りだす。


「――オーケー、アイリス」


「はい、なんでしょう」


「ここから逆転する方法を教えて」



 $ $ $



 俺はフードを目深にかぶり、あのショッピング・モールを再訪していた。

 まさかボコッたばかりの相手がたった一人で復讐に来るとは思っていなかったようで、警備はないに等しかった。

 手はポケットに忍ばせたPP2000に添えたまま、俺はエスカレーターをあがって、四階のトマス&ジェファソンに入る。


「ん? この前の兄ちゃんじゃねぇか。ツレの嫁さんと嬢ちゃんはどうした。まさか抜け駆けして火遊びしに来たのか?」


「まぁ、そんなところだ」


 店主はヒュゥっと口笛を吹くと、後ろの壁にかけてある銃を愛おしそうに撫でた。


「どんなのがお好みで? ウブで繊細なボルトアクション・ライフルからワガママでグラマラスな機関銃まで、何でもそろってますぜ」


「ロケット・ランチャーはないのか?」


「ロケランって……。そりゃ、あるにはあるが、高いですぜ? 店の中の飾りとして置いてある一点物なんで、動くかどうかもわからないですし」


「問題ない。支払いにペイカは使えるか?」


 俺が店主にスマートフォンを見せると、店主はこくりとうなずいた。


「いまどきスマホだなんて、旦那はとことん変わり者だねぇ。ちょっと待っててな。最低限のメンテナンスだけ済ませるから、明日の午後引き取りに来てくれるかい?」


「わかった。なるべく早く頼む」


「しかしこのご時世にこんな大物が売れるとはなぁ。武器屋として腕が鳴るってもんよ。旦那も家に持ち帰るときは気合を入れたほうがいいですぜ。なにせコイツは重いから」


「その心配は不要だ」 


 俺があっけからんと言うと、武器屋の店主は不思議そうな顔をした。


「その武器は明日、ここで使うからな」



 $ $ $



「死なない? 死なないってどういう意味だ?」


 俺はPP2000の銃口にペットボトルで自作したサイレンサーを取りつけている最中手を止めた。

 ロケランができるのを待ちながら、アイリスと会話して時間を潰しているなかで、気になる発言が聞こえたのだ。

 

「ですから、この世界の住民は基本的には死なないのです。厳密に言えば肉体が消滅することはありますが、記憶は常にオンライン上のストレージに保存されています。死んでも記憶を引き継いで生まれ変わることが可能なので、殺人を厭う必要はないのです」


 一見同じように見えても、じつは大きな違いが隠されている。

 俺はそれをうんこという排泄行為を通じて、身をもって味わったつもりだったが、排泄行為をする/しないという以前に、俺の世界とこの世界では根本的な違いがあるようだった。


「つまり、ゲームのセーブ・データをロードするみたいに、前世の記憶を引き継げるってことか?」


「はい。その通りです。この世界の住民の体内には<SakuraMe>というインプラントが挿入されています。これにより、この世界の住民は脳を直接インターネットに接続することができるのです。人間のあらゆる活動が<SakuraMe>を通じてオンライン上に記録されます」


 俺は頭が痛くなり、手を止めて考える。

 詳しいことはよくわからないが、要するにこの世界の住民は、頭のなかでスマホを操作できるらしい。


「……しかし、待てよ。死んでも復活できるなら、俺がシーナとイオンを助けに行く意味はあるのか?」


「はい。まず、記憶を継承できるのは人間のみです。つまりBOTであるイオンさんはその適用外になります。次に、肉体を復活させるには多額の資金が必要です。記憶は半永久的に保存されますが、人口数は厳密に管理されているため、全員が全員すぐに復活できるというわけではありません」


 たしかに、全人類が死ぬたびに蘇るなら、人口は指数関数的に増えていく。

 それを防ぐために、人口数を制限する必要があるのはもっともだ。


「唯一の例外として、二百五十六年周期に発生する<ニュー・ディール>という現象があります。これは世界的に起こるリセットのようなもので、貧富の差に関係なく、全員が蘇生することが可能になるタイミングです。現在は二二四〇年ですので、次に<ニュー・ディール>が発生するタイミングは二年後の二二四二年になります」


「はぁ……? そりゃまたずいぶん先の話だな」


 興味がないわけではないが、いまは目の前のことに集中したかった。

 世界がどうあれ、俺にとって大事なのはシーナとイオンだ。他のことは後の奴らで好きにやってくれればいい。


「とにかく、これで心置きなく殺せるってわけだ」


 俺は手作りのサイレンサー付きPP2000と、火炎瓶を掴んで立ちあがった。

 古びた漫画雑誌を何冊もガムテで体に止めて防弾チョッキがわりにし、ライダー用のヘルメットを肩掛けカバンにしまいこむ。

 おそらくここに戻って来ることはもうないだろうと思い、俺は別れを惜しむようにして蟻塚の家の扉を閉める。



 $ $ $



 ギィィ、と軋んだ音をあげながら扉を開けた。

 テーブルの上には火のついた蝋燭があり、部屋の壁は冷たい岩肌に覆われている。


「……何の用だ?」


 スチャ、と俺のこめかみに銃口が突きつけられる。

 俺はゆっくりと手を挙げて、戦闘の意志がないことを示す。


「久しぶりだな、おっさん」


 俺に木製のストックのついたショットガンを向けているのは、あのバーでバーテンをやっていた不愛想な店主だった。


「なぜこの場所を知ってる?」


「あの姉妹が去り際に教えてくれたんだ。ここが緊急用の隠れ家だってな。俺たちは敵対していたが、なんやかんやで仲良くなったんだ」


「そんな話を信じろとでも?」


「俺がその気なら連中にこの場所をチクってるはずだろ。見ての通り、俺は一人だ。いいから銃を下ろしてくれよ。話がある」


 バーの店主は訝しむように俺を見ながら、銃を下ろした。

 何か使えるものはないかと思って姉妹の隠れ家を尋ねてみたのだが、これは思わぬ収穫だった。 


「あの姉妹もショッピング・モールの連中に捕まっちまったんだろ? 俺のツレも、まったく同じ目にあってるんだ。似たような境遇の者同士、協力しないか?」


「断る」


 店主のおっさんはぶっきらぼうに腕を組んで言った。


「二人だけであいつらとやりあえるわけがない。大体どこに囚われてるかも知らないのに」


「二人じゃない、三人だ」


 そう言って、俺はスマートフォンを取りだしてみせた。


「オーケー、アイリス。シーナの現在位置を教えてくれ」

 

 ピコンと音が鳴り、スマホの地図に赤いピンが立つ。

 そのピンは、例のショッピング・モールの地下二階を指していた。


「……発信機か?」


「まあ、そんなところだ。俺が奴らを引きつけるから、そのあいだに俺のツレと姉妹を救出してやって欲しい。上手くいけば、最小限の戦闘だけでそこに辿りつけるはずだ」


 おっさんは腕組みをしたまま、目をつむって押し黙っていた。

 そうしてしばらく時間が経ち、ひょっとしたら寝落ちしてしまったんじゃないかと思いはじめたころに、ようやくおっさんはコクリと首を縦にふった。


「……よろしく頼む」 






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