009.ハッキングから今晩のおかずまで…<夜>

 俺たちは三時間弱の映画を視聴し、劇場の外にでた。

 その映画自体はよくあるマカロニ・ウェスタンもので特筆すべき点は何もなかったが、ひとつだけ気づいたことがあった。


 このシアターは、俺がこの世界に転移する前に、自分の人生を鑑賞した場所によく似ていたのだ。


 違う点があるとすれば、あのときのような拘束椅子がないことと、上映されているのが俺の人生の走馬灯ではないということだけ。


(もちろん同じような造りの映画館なんて五万とあるんだろうが……。もしかしたらあの女は意外と近くにいるのかもしれない)


「どうしたの、ハルト。考え事?」


 シーナに声をかけられて俺は我に返り、ここに来る途中で買ったバナナスムージーをストローで啜る。


「あぁ、いや……ちょっと疲れがたまっててな。」


「結構長かったからねー、同じ体勢だと疲れちゃうよね」


「それもあるんだが。ほら、このモールは人が多いから。引きこもりはこういう場所に長く留まると、毒状態みたいに体が弱っちまうんだ」


「そうね、ワタシも少し疲れてきたかもしれないわ。あんまり暗くなるといけないしこの辺で帰りましょうか?」


 イオンが提案すると、シーナが思いだしたようにポンと手を叩いた。


「あ、そうだ……。わたし、取りに行かなきゃいけないものがあるんだった」


「取りに行かなきゃいけないもの? クリーニングでも出してたのか?」


「うん、まぁそんなとこ。すぐ済むから、二人はここで待っててもらっていいかな? それともわたしと一緒に来る?」


「はぐれたら大変だし、俺はシーナと一緒に行くよ」


「ワタシも用事があるわけじゃないし、シーナについていくわ」

 

 俺たちは一階の噴水近くにあるエスカレーターに乗って、四階まで上がった。

 どうやら四階は家電やおもちゃなどが売っているフロアのようで、ひょっとしたらシーナがゴミ捨て場から拾ってきた家電の修理を依頼していたのかなと思った。


「うおお、ネトゲの広告がある……。こんなん見たらやらないわけにはいかんだろ。この世界にいるうちに絶対プレイしよう」


「ハルトったら本当にゲーム中毒だね」


「ワタシとシーナを差し置いてネットゲームだなんて、女としては複雑な心境ね」


 シーナが家電量販店をスルーして向かったのは、四階のいちばん隅のほうにある店だった。

 店の入り口にはトーマス&ジェファソンと書いてあり、クロスしている銃とスパナが看板になっている。


「え? シーナの用があるお店ってここ?」


「うん、そうだよ。主に銃とかミリタリー系のガジェットを取り扱ってるとこ」


「そんな物騒な店がショッピング・モールにあっていいのかよ?」


「『ここになければないです』っていうのがこのモールのスローガンだから」


 俺とイオンは初めて大人のビデオ屋に入ろうとする子供のように、恐々としながら店に入った。

 カウンターには腕にタトゥーの入ったガタイのいいおっさんがおり、その後ろにはずらりと銃器が並んでいる。


「すみませーん。この前修理をお願いしたんですけど……」


「あぁ、この前のお嬢ちゃんか。ほら、できてるよ」


 店主がカウンターの下から取りだしたのは、長い銃床が特徴的な、PP2000というサブマシンガンだった。

 

「お会計はこれでお願いします」


「毎度あり。しかしこんなボロい銃、どこで見つけてきたんだい?」


「ゴミ捨て場で見つけたんです。ひょっとしたら、修理すれば使えるかもしれないと思って……」


「なるほどね。9パラなんていまどき余ってしょうがないから、マガジンもサービスでつけてやるよ。ほら、持ってきな」


「ほんとですか? ありがとうございます」


「もしも親父が浮気なんかしたら、そいつをぶっ放してやれ」


 店主はどうやら俺たちを三人家族と誤解したらしく、指で俺を撃つジェスチャーをしていた。

 訂正するのも面倒なので、あははと苦笑してお茶を濁す。

 さすがに銃を持ち歩くのは物騒なので、PP2000とマガジン四つは買い物袋の底にしまい、店の外に出た。


「まあ何はともあれ、これで所用は済んだわけだな。なんやかんやでもう夕方か」


「ごめんね、最後はわたしの用事につき合わせちゃって……」


「気にしなくていいさ。いい社会勉強になったしな」


「お弁当買ってあるから、帰ったらみんなで食べましょう」


 帰りの家路を考えると気が重くなったが、完全にへばる前に足を動かすしかない。

 俺たちはエスカレーターで一階に降りて、さっさと正面のメイン・エントランスに向かう。

 万引き防止用のゲートをくぐり、外にでて深呼吸する――ところで、ビーッビーッとやかましい警報が鳴り響く。

 

「ん? 何だ、誤作動か?」


「みんなこっちを見てて恥ずかしいわ。早く店員さんが来てくれないかしら……」


「そこの三人組、とまれ!」


 言われるまでもなく止まっていたのだが、警報を聞いて駆けつけてきたのは、数名の少年たちだった。

 背丈は俺の半分ほどで、白いチャイナ・ドレスを身に纏い、白く滑らかな太ももを露出している。


「やあ。ご足労かけてすまないが、もう一度ゲートを通ってみてくれるかな?」


「さっさとしろ馬鹿野郎!」


「見て、あのお兄さん死んだ魚の目してる!」


「今日の晩ごはんすき焼きだってー」


 まるで修学旅行に来たやかましい学生集団のように、全員がいっせいに喋るせいで誰が何を言ったのかわかりにくかったが、俺たちは言われたとおりにするしかない。


「何なんだ、こいつらは?」

 

 俺はもう一度ゲートに並びながら、小声でシーナに尋ねた。


「あの子たちはこのショッピング・モールを運営してる<虎牙>っていうマフィアの戦闘員。白虎隊っていって、美少年しか入れないってこの辺りじゃ有名だよ」


「マフィアだと……」


 ショッピング・モールとマフィアが結びつくとは思っていなかったが、どうあれ、俺たちには関係ないことだ。

 俺たちはただ、無事に帰宅できればそれでいい。


「もしかして、さっきサービスでもらったマガジンに反応してるのかな?」  


「試しに抜いてみたらどうだ?」


 試しにシーナから渡されたマガジンをポケットに入れてゲートをくぐってみても、警報が鳴る様子はない。

 シーナはイオンから二、三個の買い物袋を受けとってゲートをくぐったが、こちらも同様に反応はなかった。

 やはり誤作動だったか思い、イオンが来るのを待っていると、ビーッ、ビーッ、と耳障りな音が鳴り響いた。


「間違いない。……おまえ、アンドロイドだな!?」


 少年たちの一人が、興奮した様子でイオンの前に立ちはだかった。


「なんてことだ。棚からぼた餅とはこのことだ」


「いまアンドロイドを捕まえたらいくらもらえるのかな?」


「十万?」


「百万?」


「千万だったりして!」


 少年たちはイオンを取り囲んでわいわいとはしゃいでいる。

 どうやらあのゲートは人間とアンドロイドを識別するためのものだったらしい。


(まずいことになったな)


 俺は事態の深刻さを認識しながらも、まだどこか楽観的な気持ちでいた。

 マフィアだか何だか知らないが、俺の背丈の半分ほどしかない少年たち相手なら、その気になれば腕力でどうにかすることもできるだろうと思っていた。


「あれ……? お兄さん、奇遇ですね。こんなところで会うなんて」


 聞き覚えのある声がしたので、顔をあげると、あのバーで姉妹の借金を取り立てに来ていた少年がそこに立っていた。


「なっ、なぜ君が……!」


「それはこっちのセリフですよ。前回はよくも騙してくれましたね。おかげで危うくあの姉妹を取り逃すところでした。いまは二人とも大人しくなって、言われるがままになってますけど」


「ハルト、この人と知り合いなの?」


「いや、知り合いというか……」


「自己紹介がまだでしたね……ぼくは一応、白虎隊の隊長をやらせてもらってます。葉太郎と申します。以降お見知りおきを。って、もう会うことはないかもしれませんけど」


 俺は愕然としながら突っ立っていた。

 結局、あの姉妹は捕まってしまったのか。どこまで根に持っているのかは謎だが、あの姉妹を匿うような動きをしてしまった以上、この少年は俺たちを好意的に見てはいないだろう。


「アンドロイドがいると聞いたので、念の為にゲートを取り替えておいたんですが、まさか本当に来てくれるとは思いませんでした……。これも運命ってやつですかね」


 少年の話を聞きながら、俺はイオンと目配せしていた。

 こうなればもう、逃げるしかない。

 体力のあるイオンがシーナを背負い、俺が買い物袋の底からPP2000を取りだして少年たちを足止めしつつ、蟻塚へ走る。


(幸いにも、こいつらは武器らしい武器を持ってない……。蟻塚まで距離があるとはいえ、とちゅうで撒けば砂漠の果てまで追ってくることはないんじゃないか?)


 俺はすかさず買い物袋の奥底に手を入れた。

 硬く冷たいPP2000の感触が手に伝わる。


(やはりこいつら、俺たちが抵抗するとは微塵も思っていないようだ。やるならいましかない)


 俺は小さくうなずくと、イオンのほうを見て合図した。

 イオンは俺の意志を汲んでくれているらしく、さりげなくシーナの手を握りしめている。

 俺はすばやくPP2000を取りだすと、少年たちのほうに向けた。


「動くな」


 少年たちは雑談をやめ、きょとんとした顔で俺を見つめた。


「追ってこなければ撃ちはしない。行くぞ、イオン……走れ!」


 俺は少年たちに銃を向けたまま、後ずさる。

 周囲の客が俺たちを見ていたが、いまはとにかく逃げることに集中するしかない。

 エントランスの階段を降りてイオンと合流し、追っ手が来ないことをたしかめて、蟻塚に向かって走りだす。


「とりあえずあの砂丘の下まで行こう!」


 射線が切れる場所に行けば一安心だと思ったところで、背後から続けざまにヴゥンと低く唸る音が聞こえた。

 ふりかえると、低空を浮遊するホバー・ボードが、砂塵を巻きあげながらこちらに向かってきている。 


「クソッ、あいつらどこからあんな……」


 俺は急いでPP2000のストックを展開し、狙いを定めた。

 しかし蛇行しながら近づいてくるホバー・ボードを狙うのは難しく、ましてや銃を一度も撃ったことのない俺にとっては、全員を撃ち落とすのは至難の業に思えた。


「俺はいいから先に行け!」


 とイオンに向かって叫んではみたものの、この状況ではどうやっても先に行きようがないのである。

 俺は震える手で銃を構えると、ついに覚悟を決めて引き金を引いた。

 タタタッと銃身が跳ねあがり、いちばん手前にいた少年が、うっと短いうめき声をあげてホバー・ボードから墜落する。


「イオンちゃん、何とかあそこまで行って! わたしならアレを操縦できるから!」


「俺があいつらを引きつけるから、そのあいだに!」


 俺はサブマシンガンを撃ちながら走った。

 さすがに走りながらだと弾はまったく当たらなかったが、奴らは武器を持っている俺のほうに向かってくる。


(これでイオンとシーナだけでも逃げてくれれば……)


 そう思ったとき、ひと回り大きな前輪を持つオフロード仕様のバイクが向こうから現れてイオンたちに向かっていった。

 その乗り手はまるで中世の騎士のような全身鎧を着こんでいて、バイクをドリフトさせるなり、レーザー状に光り輝く鞭のようなものをふるい、イオンの足を真っ二つに切断した。


「イオン!」


 イオンはまるで流れ作業の一環のように膝から先を切断され、呆然とした表情で砂のなかに倒れこむ。

 謎のライダーはバイクから降り、イオンとその背中に乗っていたシーナを肩に担ぎこちらのほうに歩いてくる。


「ボス!」


 どうやら<虎牙>の親玉らしきアーマー野郎に向かって、俺は銃を構えた。

 シーナに流れ弾があたらないよう奴の足を狙って、タタン、タタンと小刻みに発砲したものの、弾は装甲にはじき返されてしまい、一発たりとも貫通した様子はない。

 絶望して立ちつくす俺を見て、アーマー野郎はくぐもった女の声で部下の少年たちに声をかける。


「そいつは金にならない」


 その一言だけ発すると、彼らの親玉はシーナとイオンを担いだままバイクに乗って走り去っていった。

 少年たちは戦意を喪失した俺を取り囲み、好き放題殴る蹴るの暴行を加えてから、いなくなった。

 俺は頭から血を流しながら、夜空を見上げて目を閉じた。





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