007.世界にひとつだけの...
「ふぅ……」
俺はすっかり憑き物が落ちたような顔をして、蟻塚に凱旋した。
イオンとシーナが食卓で談笑している声が聞こえる。
「――じゃあ、イオンちゃんはずっとわたしのことを見てたの?」
「そうね。シーナがワタシでお人形遊びしてたときも、お風呂上りにすっぽんぽんで牛乳を飲んでたときも、ワタシはしっかり目覚めていたわ。話しかけるタイミングを見計らっている内にズルズルここまで来ちゃったけど」
俺の足音を聞いた二人が、おかえりと言ってこちらを見た。
ただいまと言いながら、洗面台で手を洗う。
「アナタ、うんこの調子はどうだった?」
「おかげさまで快調だったよ。しかし、ハンカチでケツを拭くことになっちまった。次からはウェット・ティッシュを持参しないとな」
「ていうことは、本当にハルトは異世界からの来訪者なんだね。すごいなぁ。異世界なんて、SFかファンタジーのなかだけの出来事かと思ってた。ハルトのいた世界はどんな世界なの? もしかしてドラゴンとか飛空艇とかが空を飛びかってたり……」
「言われてみれば、どことなく魔法使いみたいな雰囲気があるわよね」
「俺のいた世界じゃ童貞を貫くと魔法使いになれるんだ。そう意味じゃ、俺は希代の魔法使いかもしれないが……。残念ながら、俺の世界は剣と魔法のファンタジーってわけじゃない。まさにクソまみれとしか言いようのない世界さ。あんなところ二度と戻りたくないね」
俺が愚痴を吐くと、場の空気が少しだけ重くなったのを感じた。
あまり辛気臭くなってもいけないので、俺はべつの話題を持ちだした。
「しかし、まさかこの世界の人間がクソをしないとは思わなかったよ。一体どういう理屈なんだ? さすがに排泄器官はあるよな?」
俺が食卓へ行くと、テーブルの上にはぶ厚いフレンチ・トーストが載せられた皿が置いてあった。
食事時にする話ではないかもしれないなと思ったが、俺にとっては世界情勢なんざよりよほど重要な話である。
「もちろん、わたしたちにもお尻の穴はあるよ。けど、それは排泄のためじゃなく、メンテナンスをしたり、インプラントを埋めこむときに使われる穴なの。わたしたちのお尻の穴は、脳に直接繋がってるから」
「尻の穴が脳に直通だって……? いちおう訊いておくが、脳みそってのは頭にあるもんだよな?」
「え、脳みそはお腹にあるものでしょ。丹田の位置にあるから丹脳って言うんだよ?」
「脳みそがヘソの下に?」
俺は素っ頓狂な声で返事した。
見かけは変わらないし、どうせ大した差異はないのだろうとタカをくくっていたが、どうやら俺が思っていた以上に、この世界と元の世界のあいだには隔たりがあるらしい。
「なんだか急に自分がエイリアンみたいに思えてきたな……。どうりでロジィも俺が小便をしたのを見て驚くわけだ」
「おちんちんから何かがでるなんて、まるで動物の世界みたい」
シーナは何気なしに言ったようだが、そのつぶやきには違和感があった。
賢明なる男子諸君はご存じのとおり、男性器からでるものといえば二つあるはずだ。
ひょっとしてこの世界のペニスは、小便どころか精液もださないのだろうか。
「おいおい……。まさかこの世界の人間は、排泄どころか生殖行為もしないのか? だとするなら、子どもはどうやって生まれてくるんだ?」
「え? 子どもは工場で作られるものでしょ。もしかして、ハルトの世界では人間が動物みたいに交尾して子供を作るの?」
シーナは素っ頓狂な声をあげた。
隣にいるイオンは神妙な顔をしながら、ちらちらと俺の股間に目配せしている。
「どうやら俺が考えていたより事態は深刻だな。人間は工場で作りだされると言っていたが、その工場は管理しているんだ?」
「人口数の管理は転生機構の管轄よ。彼らが人口の増減をリアルタイムで監視して、生まれてくる人間の数を決めているの」
「そのなんちゃら機構の許可なしには、何人たりともこの世に生を受けられないってか」
「えぇ、そうよ。でも、アナタのような存在は彼らにとってもイレギュラーなんじゃないかしら? 異世界からやって来た、本物の男性器を持つ人間なんて」
イオンはそう言うと、俺の股間を横目に見ながらゴクリとお茶を飲んだ。
「あれ……イオンちゃんいまハルトのおちんちん見た?」
「見てないわよ! ただ考え事をしていたら、たまたま彼の股間に目がいっただけ」
「ふぅーん」
「そういうシーナはどうなのかしら。彼の男性器に興味はないの? もちろんその、性的な意味じゃなく、学術的な好奇心という意味で」
「わたしはちょっとハルトのちんちんに触らせてもらったくらいかなー?」
「なっ、なんですって!?」
「落ち着けよ、イオン。あれはほぼ接触事故みたいなもんだ」
「事故なら許されると思ったら大間違いよ!」
イオンはカンカンに怒り、俺をにらみつける。
「まさかシーナにそういう行為をさせたわけじゃないでしょうね?」
「当たり前だろ。俺を何だと思ってるんだ」
「……でも、あのバーで双子の姉妹にあんなにたくさんぶっかけてたじゃない」
「あれは生きるためにしかたなくやったんだ」
俺たちの会話を聞いて、イオンが赤面している。
「わ、わたしはもう寝るからね! そういう話は二人でして!」
ぴしゃりと寝室のドアが閉まり、俺とイオンの二人きりになる。
「アナタにひとつ、話してないことがあるんだけど」
「何だ?」
「ワタシは旧世代に作られたアンドロイドだから、この時代の人間と違って女性器があるの。もちろん生殖能力まではないけど、アナタさえよかったら……」
「」
「――あら、ごめんなさい! 大丈夫?」
「あぁ、なんとかな……。これで俺がちゃんとした人間だってことがわかったろ? ほら、もうこんな時間だしとっとと寝るぞ」
俺の頭と股間はジンジンと熱くなっていたが、あくまでも気にしていないそぶりをして、ソファに寝転ぶ。
シーナはそんな俺を見下ろしながら、満足そうに微笑んでいた。
$ $ $
慣れというのは恐ろしいもので、俺は砂漠でうんこをすることに抵抗を感じなくなりつつあった。
しかし、外出をしようという気にはなれず、俺とイオンはあのバーでの一件以降、ひたすら家に閉じこもってボード・ゲームに興じるという引きこもりとしての人生を謳歌していた。
そんな生活がつづくこと一週間。
最初は温かい目で見守ってくれていたシーナも、とうとう痺れを切らしたようで、朝食の最中にある提案をしてきた。
「二人とも、いくら何でも引きこもりすぎじゃない? 今日はショッピング・モールでお買い物するから、一緒についてきてよ」
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