すれ違い
柊さん
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あの日が私の人生の分岐点だったのかもしれません。
出会った時から私のモノクロの人生は色鮮やかになっていきました。いまも、それは変わらず。
私の居るこの街のお話をしましょう。
この街は地方都市と呼ばれるほどに栄えていましたが、その分、裏と表の激しい街でもありました。
夕方から夜にかけては特に。
ギラギラと輝く街並みの中に、どす黒い感情が渦巻く。そんな街です。
そんな街の中に、自分という存在がありました。
平凡で何も特徴のない私の姿が。
頭脳も、容姿も、それこそ人間関係だって平凡。普通でした。
何も無い。そんな私でしたが、毎日をゆっくりと生きていきました。
3月のある日の下校中のことでしょうか。いつもの通学路を通っていた時のことでした。
普段見向きもしない薄汚れた路地裏の方向から悲鳴にも似た声が聞こえました。
その声は確かに悲鳴に似ておりましたが怒気を含んだものでした。
普段通りであるならば、きっと私は通り過ぎていたことでしょう。見向きもせずに自分のするべきことだけを見据えて。
しかし、その日だけはどうやら違ったようです。自分の足の行く先はその路地裏へと向かっていきました。
誰かに強制されているものなのか、それとも己の意思が自信をその場所へ向かわせているのか、その時の私には見当もつきませんでした。
ゆっくりと、足音を殺し、悲鳴のした場所へ向かってみると、そこに広がっていた光景は
一人の派手な格好をした少女が複数の男に暴行されようとしているところでした。
暴行と言えばまだ名誉でも守れるものでしょうか?きっとその方がいいに決まっています。
彼女はほぼ、強姦をされる寸前で、ほぼ肌をさらけ出していました。
昨今の時代。そういったことは物語の中でしか有り得ないと思っていた私でしたから、それはもはや予想外という他ありませんでした。
私は警察に電話をかける風を装い、大声を出しました。
「すみません!警察ですか!?路地裏で暴行事件が起こっています!」
数人の男たちはその声とないように驚いたのか、一目散に逃げ去っていきました。
それこそ、頭のキレる人間が1人でもいたならば、この行動はきっと裏目に出ていたでしょう。
私は、その少女に駆け寄りました。
「だ、大丈夫ですか?」
少女はこちらを一瞥したあと、こう発しました。
「うるせぇ……誰も助けてなんて頼んでねぇだろ!」
予想外でした。私は感謝の言葉を述べられるものだとばかり思っていたため、尚のこと深く心に響きました。
今思えばこのことは彼女からしてみればただの傲慢であったと思えるのですが、如何せん人の心なぞ察することが出来ようものではありません。
私は、頭に血が上り、言い返しました。
「せっかく助けたのに!なんでそんなこと言うんだ!素通りしてたらどうなっていたか分からないのか!」
覇気のない声でありながら、私の叫びはよく通ったと思っています。言ってしまえば街中に響き渡る形で。
「……」
彼女はよくよく見れば同じクラスメートでありました。彼女は性格上問題行動の多い人ではありましたが、根は真面目でした。
毎授業をしっかりと聞き、遅刻欠席などはなく、その態度を見てしまえば優秀とも言えたでしょう。
男女問わず、仲の悪い友人もそれほど見受けられなかったと思われます。だからこそ、あの男たちは他校生だったのでしょう。
私は1度血が上った頭を冷やすと、彼女に服を着直すよう促しました。
後ろを向き、しばし待っていると。
「もう、こっち向いていいぜ」
そう声がかかりました。
私は向き直って、改めて彼女を見ます。
先程の肌の露出はないものの、制服は汚れ、ところどころ破れていたりほつれていたりしていました。
あまりにも見るに堪えないものでありましたので、私は自分の制服の上着を渡すと、着るように言いました。
「要らねぇ」
言うと思いました。だから、私はもう一度言いました。
「服を着るのは正当な人間の権利だ。ここでその制服を着ないならば、貴方は犬畜生以下になる。
それでもいいなら返してくれ。僕も自分の制服が汚れるのは気に入らないから」
彼女は渋々制服を着ました。やはり、天邪鬼だったようです。
私はそれを見届けると
「明日洗濯して返してくれればそれでいい」
と言い、その場を立ち去ろうとしました。ところが。
「……て欲しい……」
か細い声が後ろから聞こえました。
「せめてそばにいて欲しい……」
恐らく。精一杯の言葉。きっと、全ての思いをこの言葉に込めたのでしょう。
その言葉の震え、大きさ、そして、間。
それら全てからひしひしと伝わってくる恐怖と懇願の意思。
怖くないはずがないでしょう。暴行を受けるというものはそういうものです。例え何もされなくとも、その直前まで来てしまった時の心はトラウマへと変貌してしまうものです。
私は軽く頷くと、彼女の傍によりました。
少し、安堵したような息遣いがきこえました。
そして、彼女の帰宅する方向へと足並みを揃えます。
足取りは重いものでした。
道中、一言も話すことはありませんでしたが、不思議と、居心地は悪くなかったように感じます。
そのまま歩き続け、彼女の自宅前まで到着しました。
「それじゃあ、僕は帰るよ。お大事に」
別れ際、時間的にも留まるには遅い時間でしたから、そそくさと帰りました。
人生の分岐点。
と言うにはあまりにもあっさりとしたものでしたが、自分という人間には経験のできない時間でしたから、自分の中にそれはそれは些細な心が芽生えていることに気づくことはできなかったのです。
すれ違い 柊さん @yakineko
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