第3話 仕方なく勇者になりました
私と陽葵は今、夢の世界とかいう異世界にある、平和協会とかいう団体の本部の、とある部屋の中にいる。
紅茶の香りが漂う中、私たちは何故夢の世界に来てしまったのか、何故勇者に選ばれてしまったのか…協会の会長のチャールズさん(とフィト長官)に説明してもらうことになった。
「…さて、お二人が何故ここへ呼ばれたのか、何故勇者が必要なのか、今夢の世界で何が起きているのか…全てお話ししなくてはなりませんな」
チャールズさんは紅茶を一口飲み、ついに本題へと踏み出した。
「ここ夢の世界は、別名『共存と対立の世界』とも呼ばれておりまして、この世界創設以来の長い歴史の中で、平和な時代と異変や戦争などの混乱の時代を繰り返してきました。我々協会は最新の研究によって、これまでの歴史から混乱の前兆を掴むことに成功したのです。
それは『魔力のカケラ』と呼ばれる空気中の物質の移動です。この物質は魔法を使う際に、その人物の元に集まってくる性質を持っています。ですので、普段であれば様々な場所を規則なく飛び回っているはずなのですが…原因は不明ですが、混乱の直前にはどこか一箇所に、夢の世界のほとんどのカケラが集まるのです。そしてその影響で魔獣たちがより凶暴になったり、作物が不作になってしまったり…各地で悪い影響がでてしまうのです。
そして現在、今説明したことと全く同じ…いえ、これまでよりもはるかに最悪な状態になっているのです!これはおそらく過去最悪の混乱が訪れる…住民たちがそう恐れており、我々も危機感を感じている。それがこの世界の現状でございます」
「なるほど…?」
つまりなんか危機が迫っててやばいよってことね。うーんなんか展開が読めてきた気がする。
チャールズさんはまた一口紅茶を飲んで、話を再開した。
「続けますぞ。混乱を避けるため、または何かが起きた時に対処するために、我々は過去どのように混乱を乗り越えてきたのかを調べました。これが繰り返されていることならば、対処法も過去に習うのが一番と考えたためです。すると、ある一回を除いて、全てが勇者の出現によって解決されていたのです!過去の勇者たちは運命に導かれ、突然現れては異変を解決して去っていく…そんな存在ばかりでした。そこで我々は来たる勇者様がどなたなのか知るべく、十大神と呼ばれる神々の一人、運命の神様に勇者様のお名前をお聞きしました。それが和愛様、貴方様だったのです!」
「は、はあ…」
「えーおねいちゃすごーいー!」
だからなんでそこで私になるんだよ!?他に適任いるだろ!?そもそも私普通の中学生だし戦えんぞ!?護身術で空手習ってたけどそれでなんとかなる問題じゃないだろ!?ホワイ私!?陽葵は嬉しそうだけど私ぜんっぜん嬉しくないから!!むしろいい迷惑だ!!
頭の中では困惑と不満が渦巻いている…そしてチャールズさんはさらに続ける。
「そして…誠に失礼ながら、我々は貴方様や周りの環境などを調べさせていただきました。貴方様がどのようなお方なのかはもちろん、異世界の勇者様は歴史の中でも初めてでしたので、そもそもこちらの世界の存在をご存知ないお方を、どのようにお招きすべきかと思いまして…。
そこで我々は、『そちらの世界から夢の世界へ行ける』という噂によって、こちらの世界へお招きしようと考えました。妹の陽葵様はそのような噂が大好きだと存知上げておりましたので、お二人で楽しく噂を試していただき、こちらへ来ていただこうと考えた次第でございます。まあ、この案はそちらの世界にお住まいの、とあるナイト様に考案していただいたものですが…その案も成功し、現在お二人がこちらにいらっしゃるというわけでございますな。そして、勇者として選ばれた和愛様に陽葵様、お二人にはこの世界の危機を救っていただきたいのでございます。
これがお二人をここへお呼びした経緯でございます。質問等ございましたら何なりと…我々にお答えできる範囲でございましたら、お答えいたしますぞ」
チャールズさんは一通り話し終えると、そう言って紅茶を一口飲む。
…まあとにかく事情は把握したよ。夢の世界がなんか知らんけどやばいから勇者の私が助けてってことね…本音出していいかな?
正直ごめんなんだけど!?私関係ない異世界の、見ず知らずの人のために自ら面倒ごととか危険に足を踏み入れるわけでしょ!?正直言っちゃうけど、そんなのゼッッッッッッッッタイ嫌!!!私は他人なんて関係なく私が平和に安眠できればいいんだし!最低な考えだけどそれが一番!!
…ただし、関わってしまったからには中々無視できないのも事実…聞いときたいこともいくつかあるし、質問だけはしてみよう、断る気まんまんだけど。
私はチャールズさんに一つ目の質問をした。
「…えっとじゃあ…どうして、私が勇者に選ばれたんですか?私戦ったことなんてないんですけど…」
まず大問題はこれよ!なんで私なんだか!もっと適任がいるはずなんだって!運命の神様だっけ?なんで私の名前出しちゃったんだか…。
チャールズさんは一旦考え込んで、そして答えてくれた。
「戦闘経験がない、という点はご安心ください。訓練を積めば必ず戦えるようになりますぞ。そして何故勇者に選ばれたのかですが…申し訳ございません、我々もその理由は分からないのでございます…。それを知るのは運命と、その運命を見ることができる運命の神様のみでございます。我々も運命の神様に貴方様が選ばれた理由をお聞きしましたが、『運命が変わってしまうから』と、教えてくださらなかったのです…」
なんでその肝心なとこがわかんないんだよ…運命変わっていいから理由教えろ神様ケチ!私がいつか見つけて聞き出してやる!!
そこで、机の上に置いてある小さな椅子にふんぞりかえって話を聞いていたフィト長官が口を開く。
「フンッ、全く運命とやらはどういうつもりなのだ?まさかこんな魔法も使えんただの小娘を勇者としてよこすとは!」
「あ"?」
なんだコイツ?ようやく口開いたと思ったら余計なこと言い出したんだが?出会って数分しか経ってないから抑えたけど、もう少しで心の底からの罵倒が出るところだったぞ?そのリ○ちゃん人形くらいしかない体へし折ってやろうか?
「まあまあ…どうか矛をお納めください。長官も謝ってください、これは世界の危機を救うための真剣な話なのですぞ!」
チャールズさんがこの今にも互いに殴り合いそうな(あっち小人だけど)空気に割って入り、私たちを静止した。それでもなおフィト長官は文句を言い続ける。
「ワタシはまだコイツらを勇者と認めてないぞ!」
「貴方の意見は関係ありません!…全くなんと大人気ない…申し訳ございません」
チャールズさんが私たちに頭を下げて謝った。チャールズさんは悪くないのに…。
「…大丈夫ですよあははー…」
私はチャールズさんの隣にいる小人に嫌悪感を向けながらそう言った。多分私の眉毛ピクピクしてたと思う。
しばらくしてチャールズさんは頭をあげ、そして私にこう言ってくれた。
「貴方様が勇者に選ばれたのは、きっと心がお優しく、そして強い方だからだと
「えっ…あっ…そうですかね…?」
怒りがスッと消えて、その代わり顔がちょっと熱くなった。
またしばらくしてチャールズさんが咳払いして聞く。
「…さて、他にも質問がございましたら…」
「ねーひまりん帰りたーいー」
チャールズさんの話を遮って陽葵が言った。って早!?もう飽きたの!?念願の異世界だぞ!?いやまあ話ししてるだけだったしコイツにとっては退屈だったのか…?
でもまあ確かに、私もこんな面倒ごと終わらせてとっとと帰りたいかも…てかちゃんと帰れるのかね?
「もう少しだけお待ちくださいね陽葵様、ちゃんとお家へは帰れますぞ。そちらの世界にお住まいのナイト様が後ほどご案内してくださるはずです」
チャールズさんが笑顔で返した。
「そーなんだーよかったー」
なるほど、こっちにいるナイト?がなんとかしてくれるのね。それなら一安心。
「…さて、他に質問がないようでしたら…」
「あ!待って…!」
チャールズさんが話を進めようとしたのを、私が遮った。どうしても、最後に確認しておきたいことがあった。
「いかがされましたかな?」
「あの…これって…絶対に断っちゃダメ…ですか?私なんかが勇者なんて絶対向いてないし…今だってそう、私自分のことしか考えてないし…チャールズさんはさっきああ言ってくれたけど、私は強くもないし、優しくもない。他人に強くあたっちゃうし、責任他人になすりつけるし…はっきり言っちゃうとクズ」
これは断るための口実だけじゃなくって、今の『私』に対する正直な私の気持ち。こんなクズが勇者なんてありえないでしょ?
変わりたいって時々思うけど、めんどくさくなって、今更だなってなって、結局はずっと変われずにいる。
戦闘も内面もダメダメ、こんな勇者が主人公のゲームなんて、私なら絶対プレイしたくないね。
面倒だし、危険に首突っ込みたくないだけじゃなくって、こういうことも考慮して辞退したいわけ。まあ一番はめんどいからだけど。
「…だから」
「和愛様」
私が続きを言おうとした時に、チャールズさんが重ねて私の名前を呼んだ。
「和愛様、確かに貴方様がそうおっしゃるのであれば、そうなのかも知れません。ですが、そうおっしゃるということはその欠点を自覚なされているということ。つまり、変わろうと思えばいつでも変われるのです。『足りないものがある人は誰でも主人公になれる可能性がある』…以前運命の神様がおっしゃっていた言葉です。もしかしたら、これは夢の世界を救うと同時に、和愛様が変わるための『物語』なのかもしれませんな」
「変わるための…物語…」
チャールズさんは深く頭を下げる。
「ご自分のためでも、変わるためでも構いません。和愛様、陽葵様…どうか、勇者として我々を…夢の世界をお救いください!」
「フンッ!誰がこんな小娘に…」
「長官!」
チャールズさんが大きな声を出して、フィト長官を睨んだ。長官はビクッと飛び跳ねた後、流石にまずいと思ったのか、頭を下げる。
「オネガイシマス」
正直長官の方の態度は気に食わないけど…変わるためのきっかけか…いやまあそう簡単に変われんだろうし面倒なのか変わりないんだけどさ!
希望がある反面、どうせ変われないっていう諦めも感じていた。あとめんどくささも。
ただ押しに弱いのも私…ここまで頭下げられたら断れない…。
だから私はこう決めた。
『全部自分が安眠するため』
変わるためとかより、なんか気が楽だし、その方が私らしいとも思ったからね。
「…わかりました、引き受けます…!」
そうやって変な理由をつけて勇者を"仕方なく"引き受けることにした。
「ほ、本当でございますか!?ありがとうございます!!」
チャールズさんはパッと顔を輝かせ、喜んだ。
まあ今回だけだよ、こんな面倒ごと、今回だけ…。
カップに入っていた紅茶はいつの間にかなくなっていたけど、部屋の中にはまだ香りが残っていた。
で、これで晴れて勇者デビューしちゃったわけだけど…このあとどうすりゃいいの?
第四話へ続く
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