第1話 ウェルカム・トゥー・ザ・ドリームワールド!

 「行ってきまーす‼︎」


 勢いよく玄関を飛び出して朝から全力疾走、起きたら八時とか聞いてないし!遅刻する!…登校完了時刻は八時四十五分、走れば三分だし、冷静に考えれば間に合うか。落ち着きを取り戻しつつも、通学路をドタドタ走っていく。

 しばらく走っていけば曲がり角が見える。あそこさえ曲がればあとは一本道…!ペースをキープしたまま曲がる。それと同時に視界が暗転して尻もちをついた。

 一瞬何が起こったのか分からなかったけど、どうやら誰かとぶつかったみたい。あたりをキョロキョロ見渡すと、目の前には年下らしき少年が。片手にスマホを持ち、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。


「ご、ごめんなさい!前、ちゃんと見てなくて…」


 …歩きスマホか…今は多いし危ないし、ほんと迷惑。私はため息をつきながら立ち上がって、少年にこう言った。


「…マジ迷惑、やめて」


「は、はい…」


 少年が泣きそうな顔をする。私はまた走り出した。そして後悔する。



 …あ“ー!!やってしまったー!!おい私!!子供泣かせそうになってたぞ!!もっと言い方あっただろ!!それ言ったら昨日だってもーちょっと…なんなら自己紹介の時だって…!…はあ、あの時どうすりゃよかったかな…。


 中学三年生になってからの、新学期始まってすぐにあるホームルーム。そこでは大体己紹介するよね。そして、その人の印象も大体そこで決まる。私の印象は…最悪。だってあんなこと言っちゃったらさ…そりゃね?


『それでは次は遠藤さんですね、自己紹介してください!』


 先生からそうやって声がかかって…元々人前で話すのが苦手だった私はさ、かなりパニクってて…何言えばいいか分からなくなっちゃってそれで…。


『…遠藤和愛えんどうみやび、話すことないから。よろしく…お願いします』


 このせいでみんなの私の印象最悪だから!後ろの席の人「厨二病なんだね」とかって馬鹿にしてきたし!クラスの女子からは避けられる始末!新学期早々一年面倒くさくなること確定!もうおしまいだ…。

 昨日だってクラスの女子たちがせっかく話かけてきてくれたのに、めんどくさい噂だからって馬鹿にして…


『いや、普通にあり得ないから。そんなこと試す暇あったら勉強したら?』


 てかなり痛い発言してあとで陰でオモチャにされてたんだから!私だってそんなこと言うつもりなかったし!

 …でもまあ、あっちにも非があるしそれだから私もそんな言い方になっちゃうってのもあるし!今回だってあっちが歩きスマホしてたんだし!私は悪くない悪くないっ!


 …とまあ、こんな感じで対話がうまくできないってのが私の最近の悩み事かな?でもまあ、考えるの面倒だし、結局私は悪くないって心の中で相手に責任擦りつけちゃうことが多いかな…最低だな私。変える気はないけど。てかさっきから誰に話してんだ、なんか見られてる気はするけど…。

 そんなこと考えてるうちに学校についていた。私は教室へと向かった。



 教室のドアの前で深呼吸、覚悟を決めたらドアを開けて中に入る。

 教室に入れば予想通り、一度私に視線が集まって、そんでみんなそれぞれヒソヒソ話したり、クスクス笑い出す。これから一年ずっとこれなのかな…若干辛いかも。

 ため息をついて席に座る。体がずんっと重い…しんど。ただまあ、クラス全体はこんなでも、私に普通に接してくる物好きはいるんだよね。


「おはようございます和愛さん!元気ですか?」


 隣から声がかかる。この人の名前は確か白金感知しろがねかんち。中一、中二と学年トップの成績とってて、さらに生徒会長までしてる優等生。七三分けの前髪にメガネ、誰に対しても敬語口調、優等生の鑑。この人だけが私に普通に接してくれる。私はどうかって?


「…おはよ、元気そうに見える?」


 この通り。どうしてもそっけなくなる。私はせっかく仲良くしてくれそうな人すらも逃そうというのか…しかも学年トップの優等生に対してこんな態度て…。

 

 ――キーンコーンカーンコーン


 後悔の念に駆られる中、チャイムが鳴った。今日もめんどい一日が始まってしまった…。




 放課後…私は部活もやってないし、友達もいない…とっとと家に帰ろうと学校を出る。するとなんと私を呼ぶ声が聞こえた。


「和愛さーん!今日一緒に帰りませんかー?」


 そう言いながら笑顔で私の隣まで走ってきたのは、なんとあの感知だった。普段は生徒会の仕事などで下校が遅くなるって聞いてたけど…今日は早いのかな?

 てかそこじゃないだろ!何故に⁉︎何故に私なんだ⁉︎席が隣ってだけだろ私たち⁉︎他にも帰る人いそうだけど…そんなに私に興味あるのかな…?私と帰れば感知までクラスのオモチャにされるぞ…めんどいぞ…。まあでも、そうは思うけどほんとは少し嬉しい。


「…いいけど、別にあんたと話すこと特にないよ」


 嬉しくても出る言葉はこの通り…正直なとこ、ちょっと緊張してて何言ったらいいかわかんなくなってる。


「僕は話したいこといっぱいありますよ!それにお互い家も近いですし!」


 それでも感知は他の人に接する時と同じ態度で、明るく笑顔で接してくれる。


「じゃ、行きましょ!」


 奇しくも私は、感知と下校することになった。



 歩き始めてしばらくは沈黙が続いていたが、感知が突然話し始める。


「そういえば、和愛さんはあれ、信じますか?」


「あれって何?」


「あれですよ!今噂になってる、旧校舎の!」


 またあの噂の話…正直、なんでこんなので盛り上がれるのか意味不明。絶対あり得ないのに。


『旧校舎の開かずの扉の前で呪文を唱えると伝説の異世界・夢の世界へ行ける』


 こんなあり得ない噂が今私の学校での流行。夢の世界ってのは、とある有名なお伽話に出てくる世界のこと。エルフだったり天使だったり…よくあるファンタジー作品に出てくるような、魔法の世界。そりゃみんな行きたくなっちゃうよね、あり得ないけど。実際そう聞いて噂を試した人はみんな失敗してる。そもそもそんなのがあるわけないじゃんって話。


「ないない、そんなの面倒な嘘だよ。誰がこんな噂流し出したんだか」


 ほんっとくだらない、と付け足してそう言った。中三にもなってみんな子供すぎ。…人のこと言えないかもだが。

 でもなんで急にこんな話してきたんだ?まさか感知は信じてる…のかな?それが気になって聞いてみた。…まあ態度はいつも通りになっちゃうけど。


「…まさか、あんたは信じてたりするの?」


 まさかね、頭いいんだしこんなの信じるわけないよね!でも返ってきたのは予想外の答えだった。



「僕は信じてますよ、この噂」


「不思議なことへの入り口っていうのは、案外すぐそばにあったりするものですから。それに、『絶対』なんてないんですよ」



「…は、はあ…?」


 聞いた本人の私だがこんな答えしか出なかった。…頭いい人って変な人なのか?それとも感知がピュアすぎなだけ…?


「あ、僕家この辺なんで!それじゃまた明日!」


 あっけに取られていたら家の近くまできていた。感知はそう言って背を向けた。私もそのまま家に帰って行った…。





 家に帰って二階の自室へ…で、ベッドへダイブ!この瞬間が一番幸せ…誰も来ないでくれ…。


「おねいちゃこいー」


 …見事なフラグ回収。ノックなしでドアを開けて入ってきたのは私の妹、遠藤陽葵えんどうひまり。デカリボンに何故かゴシック風な服着てる超絶マイペース小学六年生。


「…今疲れてんだけど。てかノックして」


「旧校舎行くぞ―」


 お構いなしにズカズカ入ってきて私の腕を強引に引く。もう少し話くらいしてくれ…。


「旧校舎行って何すんの?」


「夢の世界いくー」


「はあ?」


 不意にクソでかい「はあ?」が出てしまった。あの噂小学校にまで広まってんのか…。陽葵はこういう噂好きだし、試したくなるよな…小学校のこわい噂的な本読破して試しまくるほどには好きだし。

 そんなこと考える間にも腕を引かれ部屋の外に出される。


「待って!休ませて!」


 陽葵は答えない。そのまま家の外まで出されてしまった。


「せめてなんか言って!ちょっと!」


 やばい怖くなってきた…。

 そしてなすすべなく学校の前まできてしまう。強引に帰ればいいじゃんって?陽葵のお願いは聞かないとお母さんに怒られるから面倒なんだよね…。でも今回は本当に断りたい。

 私が噂を否定する理由、実はもう一つあって…こういう噂とか怖いから認めたくない…つまり私がとんでもなくビビリだから。

 そんな私に噂一緒に試そうとか鬼?人の心とかないんか?


「ねえ帰りたいんだけど…どうせ嘘だからさ…」


「嘘ならやってもいいよねー怖くないでしょー?」


 また腕を引かれていく。旧校舎の中をずんずん進んでく。こいつ…ムカつく…。


「なら私必要なくない?」


「この噂二人でやらなきゃダメー」


 初耳なんだが…。なら学校の友達とかでもいいじゃん…。

 そして結局、抵抗虚しく噂の開かずの扉の前へ来てしまった。長い間使われてないからか、かなり色褪せてて、南京錠でガッチリ閉ざされてる。

 陽葵は私に一枚の紙切れを渡した。そこにはザ・厨二感満載な呪文?らしきものが。


「ひまりんはそれ覚えたからー、おねいちゃそれみて言ってねー」


 …これがここで唱える呪文か…胡散臭さMAX…。


「…ねえこれマジでやるの?バカっぽいけど」


「嘘ならだいじょーぶだろーやるぞー」


 …意思を変える気はないっぽい。まあそうだよね…結局は嘘だし!一瞬だし!仕方ない付き合うか…お母さんに怒られる面倒臭さと天秤にかけ、仕方なくやることにした。


「…いいー?読むよー…」


 息を合わせて二人で呪文を唱える。



「「我、世界の壁を越えんとする者。汝、我が呼びかけに応え、楽園への扉を開きたまえ」」



 …沈黙、何もない。失敗だ…よかった…。安堵で崩れそうになった。


「…ちぇ、やっぱ嘘かー…かえろおねいちゃー」


 残念そうな陽葵。散々怖い思いさせといて結局それか!でもま、何もなくてよかった…。


「ちなみに、二人でやらなきゃダメってのは嘘だよー」


「…は?」


「だっておねいちゃ、そう言わないとゼーったい来ないんだもんー」


「…こんのおおおお!!」


 陽葵が笑いながら走り出す。私も大声上げながら追いかけた。


 その時


『導かん、楽園へ…』


 突然、どこからか声が聞こえる。…全身から血の気が引くのが分かった。陽葵も困惑した顔をする。


「…おねいちゃ…これって…」


『下へ参りまーす♪』


 その声と同時に落下する感覚が襲ってくる。いや、私たちは落ちている!


「陽葵!!」


 私はとっさに陽葵の腕を掴み、自分の方に抱き寄せ、そして気を失った…。




 …騒がしい話し声が聞こえる…私はゆっくりと目を覚ました。あたりを見渡してみる。

 一面ただっぴろい草原、みたことない場所…どこ来ちまったんだ…?

 …そうだ陽葵!自分の近くを探す。陽葵は私のすぐそばで気を失っていた。怪我とかはなさそうだった…よかった。

 そして目の前には人だかりが。…人…?よくみると翼生えてたり耳尖ってたり…ん?…んん⁉︎


「なんだこれ⁉︎」


 不意に声が出てしまった。明らかにおかしいだろって!夢?天国?私死んだんか?


「…目を覚まされたようですな」


 人だかりから、耳が尖った老人が出てくる。いやもう何が何だかわからないよ…。その老人は地面に座ったままの私に目を合わせて、こう言った。


「突然のお呼び出し大変申し訳ございません、勇者様。ようこそ夢の世界へ」



  第二話へ続く

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