第49話 電話ひとつで大騒ぎ→そして電話に彼女の親父が出る恐怖

 午後7時。

 俺たち4人は博多駅前にて、あらかじめ予約していたホテルに入り、チェックインした。


 そして荷物をホテルに預けると、外に出て、晩ご飯。


 夕食は博多名物のとんこつラーメンを食べることにした。

 博多駅の地下街に入っていた、レトロ感漂うお店に入店してラーメンをすすると、満腹になって気持ちが落ち着いていく――


「いや、待て。落ち着かん!」


 店を出た瞬間、俺は思わず叫んでしまった。

 通行人の皆さんが俺のほうをジロジロ見てくる。

 お騒がせしてスミマセン。


 いや、でも、だって、織芽に会えるんだぞ!?

 明日には、きっと。明日には――


「孝巳、緊張するのは分かるけれど、ここまできたらもうどうしようもないわよ?」


 歌音が声をかけてきた。

 いつものように俺の心を読める彼女は、俺の緊張を見抜いているんだろう。


「織芽に会って、話をしないと。あたしたちも落ち着かないし」


「それはもちろんそうだ。会うのは間違いない。し、しかし……」


「怖いんだね、たかくん。ハグしてあげようか~? わたしにぎゅっとされたら落ち着くよ~?」


「……ありがとう。いや、でも大丈夫だ……」


 どこの世界に、彼女に会う直前に他の女にハグされて落ち着く彼氏がいるんだ。

 いくら相手が栞でもそれはできないぜ。……したいけれど……。


「ところでアンタ、いつ神山家に電話するの?」


「う。……それも問題なんだ」


 神山家のおばあちゃんは、織芽と、織芽のお父さんに電話をしてくれると言っていた。

 けれどそれは、あくまでも『関東から友達が来たから会ってあげなさい』というだけの話であって。


 明日、何時頃、どこで会うか。

 そのアポを取るのは、自分でやらないといけないんだ。

 電話だ。……それも、家の電話番号だ。電話をかけても、向こうの誰が出てくるか、分からない。


 そんなところに、電話をかける。

 緊張なんてもんじゃない。想像するだけで、汗が両手のひらにダラダラとにじみ出る。


「怖いの分かるよ~。友達の家の電話にかけるなんて、めったにしないもんね~。本人が出てくるとは限らないし」


「小学生のときは、したことあるけれどね。中学からは友達と連絡をとるとき、ずっと携帯でやってたから」


「そうなんだよな。栞の家ならまだしも、他の家に電話なんて、俺も数えるほどしか……」


「そこで私の出番」


 瑠々子がすっと前へ出て、カバンから参考文献を取り出した。


『マナー 電話のかけ方』


「この本によれば、夜、友達の家の電話にかけて、家族が出てきたときは『夜分遅く申し訳ありません。私は●●さんと同じ学校に通っている○○と申しますが、●●さんをお願いできますか』と話すべき、……とある」


「「「おお~」」」


 俺と栞と歌音は揃って拍手をした。

 電話一本かけるだけでも、日ごろロクに経験をしないから、俺たちにとっては一大事なのだ。そこに瑠々子が参考文献を持ってきてくれていたのは本当に助かる。


「感謝するよ、瑠々子。夜分遅く、ヤブンオソク。……よし、よし……。……私は織芽さんと同じ学校に通っている脇谷と申しますが……」


「それはおかしいでしょ。いまは違う学校なんだから。同じ学校に通っていた、っていわないと」


「そ、そうか。サンキュー、歌音」


 テンプレート通りに喋ろうとして、トチってしまった。

 ガチガチだな、俺は。まったく……。


「たかくん。……わたしが代わりにかけようか~」


「栞が?」


「うん。たかくんは緊張しすぎてるし、それに向こうのお父さんだって、女友達からの電話のほうが、いろいろと心配しないだろうし」


 栞の申し出はありがたかった。

 思わず、じゃあ頼む、と言いたくなった。

 でも、……それはダメだ。


「ありがとう。でも、電話は俺がかける」


 俺は宣言した。


「織芽に会いたいのは俺だ。俺が直接、電話をするべきだ。どれだけトチっても、電話をするのは俺じゃないとダメなんだ」


「たかくん」


「……そうね、その通りよ」


「…………」


 栞も歌音も瑠々子も、小さく、うん、とうなずいた。

 そうと決まれば、電話だ。覚悟を決めたいまのうちに電話をかけるべきだ。


 俺たちは博多駅の地下街にいる。

 周囲がうるさい上に、地下だと電波が心配なので、地上に出ることにする。


 地上に上がると、オフィスビルが立ち並ぶ都会の景色が広がっていた。

 俺たちはビルの横を歩き抜け、やがて人気の少ない駐車場の入り口にまでやってきた。

 ここなら電話もしやすい。スマホを取り出した。電波は全開だ。


「……かけるぞ」


 栞たちが、……栞たちまでもが、緊迫の表情でうなずいた。

 俺はおばあちゃんに教えてもらった、神山家の電話番号をスマホで。

 かけた。


『RRRRR……RRRRR……』


 ――なんて緊張感だ。

 心臓がバクバクする。


 だ、誰が出る?

 織芽に出て欲しい。

 でも、できたらせめて、お母さん。

 あのお父さんとだけは、できることなら、電話はあまりしたくな、


『はい、神山です』


 野太いおじさんの声ェェェ!?

 出た。しかもこれはおそらく、お父さんの声……!?

 あ、ぐ。あぐあぐあぐ。ぐ――


「たかくん、頑張って」


 栞が小さい声で言った。

 そうだ、頑張るんだ。頑張らないと。いくぞ、俺!


「夜分遅く申し訳ありません。わ、私は織芽さんと同じ中学校に通っていた脇谷孝巳と申しますが、織芽さん、を、お願いできますか……?」


『…………』


 無言。

 1秒程度の無言。

 その無言が、俺にはビッグバンから現在に至るまでの宇宙の歴史と同じ時間の長さにさえ感じた。……早くなんとか言ってください、お父さん!


『君が、光京市からやってきた織芽の友達か?』


 どくん。

 お父さんがしゃべった。

 それだけで、心臓が破裂しそうなほどに脈打った。


「あ。は、はい、そうです」


『母さんから話は聞いたよ。わざわざ福岡まで追いかけてきたのか』


 お父さんは、ちょっと笑ってみるみたいな声で言った。

 怖ええよ! なんで笑うの!? 怒ってるの? なんなの!?


『そこまでして、織芽に会いたいのかい?』


「会いたいです」


 即答した。

 自分でも驚くほど、しっかりとした声で言えた。


『…………。……ふむ。……分かった』


「え」


 分かったってなにが?

 なにが分かったんですか、お父さん!?

 スマホを持つ手はもう、汗でべっとりだ。

 すべって地面に落としてしまいそうだ。


『じゃあ、織芽に代わろう。……織芽、友達から電話だ』


「お、おり――」


『孝巳! ……孝巳! 織芽だよ!』


「織芽!」


 俺は大声で叫んだ。

 栞が、歌音が、瑠々子が。

 それぞれ目を見開き、そして顔を見合わせた。


「織芽。……織芽っ……」


 繋がった。

 やっと繋がったんだ。

 俺と織芽の縁が、ここにきて、ようやくだ!


 光京市から遠く離れた福岡市博多の地で、俺はついに、誰にも妨害されることなく、思い切り喋ることができるようになったのだ――


 なにを、なにを話せばいい?

 どう話す!? これまでのことを。これからのことを。


 織芽……!


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