第47話 主人公、勝ちヒロインの家(?)に到着する

「やってきたわね、九州! 初上陸よ!」


 小倉駅に降り立った瞬間、歌音が威勢の良い声をあげる。

 新幹線のホームは大勢の人たちでごった返している。

 俺たちと同じように、キャリーバッグを引っ張っている人も大勢いた。おそらく旅行者だろう。歌音はそんな旅行者の皆さんに視線を送りながら、


「なるほど。あれが全員、あたしたちのライバルね!」


「なんでライバル宣言なんだ」


「どっちが北九州を楽しめるか、勝負するわけよ。心配はいらないわ。こんなこともあろうかと、北九州のことは瑠々子に頼んで調べてもらっているから」


「ばっちり。旅行前に、インターネットだけではなく、図書館にあった北九州の情報も調べてきている」


 そう言いながら、瑠々子はどこからか『北九州市 戦後50年のあゆみ』なる書籍をヌッと取り出した。


 いつの間にこんな本を。

 しかも、辞書みたいに分厚いんだが。


「孝巳くん、任せて。いまの私ならば北九州の歴史をそらんじることも可能。初版1996年の本なので、ちょっと情報が古いのが難点だけれども」


「いや、別に……。歴史はいらないんだ……悪いけど……」


「それにかのちゃん、るるちゃん。……おりちゃんは福岡市に引っ越したみたいだから、北九州でやることは、おりちゃんの前の住所のところに行って、手がかりを探すことだけだよ」


 栞のもっともな指摘に、歌音と瑠々子は「え」「う」とそれぞれ声を上げ、


「……なによなによ。ライバル宣言したあたしがバカみたいじゃないの。う、う、う……」


「無駄。……この日のために、この瞬間のために、『北九州市 戦後50年のあゆみ』をここまで持ってきた努力が、無駄……」


「いや、まあ……二人とも、そう落ち込むなよ。いいことあるぜ、きっと」


 なぜ俺が励ましているんだろうか。


「そうね。戦いは福岡市でやればいいわ! 福岡市を誰よりも楽しむのよ、孝巳!」


「調べた知識が人生のどこかで必ず生きてくる。読書とはそういうもの。私の人生の中で、北九州の3文字が輝く日が、いつの日かきっと」


 ふたりとも、あっさり立ち直った。

 元気でいいなあ。


「ねえ、たかくん。ところでおりちゃんの住んでいたところはどこ? 北九州っていっても広いから」


「ん、ああ。えっとな、いまここが小倉駅で、北九州市の……このへんだ。で、織芽が光京市から引っ越して、最初に住んでいたであろう場所は」


 俺はスマホを取り出して地図アプリを開き、目的地を指さした。


「ここだな。北九州市八幡西区折尾……」


「ちょっと。小倉駅からまたずいぶん遠いじゃない? 北九州市の中でも西の果て」


「だから、ここから電車に乗り換えて、また進むんだよ。新幹線じゃなくて在来線だな。えっと、乗り換え先はどこだっけ」


「それならば、あちら」


 瑠々子がビッと、ホームの彼方を指さした。


「こんなこともあろうかと、小倉駅の構造は事前に調べていた」


「お~、さすがるるちゃん!」


「助かるぜ。よし、乗り換えだ!」


 俺たちは小倉駅の中をぞろぞろと移動し、在来線に乗り換えて折尾駅に向かった。

 折尾おりお、か。なんだか織芽と名前が似ているな、なんて駄洒落みたいなことを考えてしまったが、とにかく俺は少しずつだが織芽に近付いているのだ。そう思いたい。




 在来線に乗り換えると、幸いなことに快速電車が来たので、それに乗って俺たち4人は西へ、西へ。八幡西区折尾へと向かう。初めて見た北九州の町並みだったが、あまり光京市と変わらない印象だった。……まあ、同じ日本だからな。


 ただ、空がとにかく青かった。

 7月の九州。陽射しも少しだけ、関東より強めに感じる。


 やがて電車が折尾駅に着いた。

 昼間ということもあってか、降りる客はあまり多くない。

 そんな中、俺たちはまた、ゾロゾロと電車を降りて、駅のホームに降り立った。


「着いたぜ。いよいよあと少しだ」


「この街が、おりちゃんが引っ越した先の街なんだね~……」


「ホテルは福岡市にとったんでしょ? となると、夜までにこの街を立ち去らないといけないわけね。……さて、どうするの? 織芽が住んでいた住所に、さっそく向かう?」


「そうしたいな。みんな、疲れてないか? このまま行けそうか?」


 俺は栞たちを振り返って尋ねたが、誰も疲れていないというので、そのまま目的地に向かうことにした。


 駅の改札口を出てすぐのところにコインロッカーがあったので、荷物を放り込む。

 さすがにキャリーバッグを引っ張りながら、知らない土地を歩くのはくたびれるからね。

 そしてスマホを取り出して、地図アプリに織芽の旧住所を打ち込むと、駅から徒歩、


「……4分のところにあった」


「ちっか。もう、さっさと行きましょう。しゃべってる時間がなんだか惜しいわ」


「あと4分で、おりちゃんの住んでいた家に着いちゃうんだね。なんだか怖い……」


「殺されることはない。でも万が一に備えて、常にスマホは構えておくべき」


 強気なんだか弱気なんだか分からない瑠々子の言葉を聞きながら、駅から北に向かう。

 路地裏があった。地図アプリはこの道を示している。俺はそのまま奥へと進んでいく。

 すると、昭和の終わりごろに建てられたものだろうか。少し古めの、二階建て、和風一戸建てが俺たちの前に登場する。


 ブロック塀に、小さな門。

 門の向こうには、雑草がわずかに生い茂った庭があって、庭の向こうには玄関が。

 そして門にはインターホンが取りつけられていて、その上には表札で『神山』と書かれてある。


「……ドンピシャだな」


「ここだね~」


「織芽のおじいちゃんの家、ってところかしら」


「バブル直前の日本家屋という印象。確かに織芽さんの祖父母の家となるとしっくりくる」


 俺たちは呆然と、神山家の一戸建てを見上げていたが、やがて全員の視線がインターホンに向かう。


「……いきなさいよ、孝巳」


「お、俺がか」


「たかくんが押さなきゃ、誰が押すの~」


「私が押してもいいけれど」


「待て、瑠々子。……栞の言う通りだ。ここは俺が行くべきだ。けれどちょっと待ってくれ、心の準備が、……準備が。……深呼吸を……」


「イライラするわね! さっさとやりなさいよ。ここまで来たんだから心の準備もなにも――」


 と、揉めていたそのときだ。

 ガチャリ、と音を立てて、玄関ドアが開いた。

 中から、人が出てくる――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る