第42話 負けヒロインたちの明晰な頭脳と完璧なサポート(と、テスト勉強をしようの回)

 バイトに励んだおかげで、福岡への旅費は貯まった。

 だがしかし、俺としたことが失念していた事実がある。

 それは、


「期末テストに落ちたら意味がない!」


 朝である。

 いつもの4人で登校中、俺は叫んだ。


「期末テストで赤点を取ったら、夏休みの間、2週間も補習があるらしい。おまけにテストが赤点だったら、いくら寛容なうちの親でも、福岡行きを許してくれないだろう」


「もっともな話ね。学生の本分は勉強なんだから」


「たかくんのお父さん、いざとなったら怖いもんね~」


 歌音と栞が俺に同意する。

 今日から夏服に衣替えしたふたりだ。


 真っ白なカッターシャツ姿が、えるえる。

 ひそかにスタイルが抜群な栞と、サラサラ金髪ロングの歌音が夏服になっている姿は、正直俺でも照れてしまうほどで、


「あ。いまあたしたちのこと考えたでしょ」


 歌音が即座にツッコんできた。


「分かるのよ? アンタが考えていることくらい。ねえねえねえ、栞とあたしの夏服姿見てデレた? デレた? 可愛いって思っちゃった? 孝巳ったら相変わらず制服が好きなのね?」


「うるさいうるさい、俺はそんなこと考えていない!」


「近くにいるわたしなら、いつでも制服見せてあげるよ~? 真夜中だって指笛吹いたら、2分でたかくんの家に制服栞をムーバーイーツ~」


「犬か! しかもカップ麺より早いな!」


「……栞さんたち、ずるい。夏服は私のほうが先だったのに」


「あ、瑠々子。いや、瑠々子の夏服姿もしっかり可愛かったぜ――」


「……あ、ありがとう……」


「なによ、あたしたちには素直にデレないくせに、瑠々子にはデレるわけ? なにが違うの? 日ごろの行い!? 常からの態度!? ああそうか、そりゃダメね! ……そうね……」


「かのちゃん、ひとりで考えてひとりで落ち込むのやめようよ~」


「……孝巳くん。ところで私の夏服は、どこが可愛い……?」


「え? あ、いや、全体的に……っていうのは卑怯だな。うん、えっと、やっぱり、スカートが似合っていて可愛い――」


「こらそこ、瑠々子、抜け駆けしない! スカートなんてあたしも栞も同じなのにどうしてよ。違うのは中身よ、孝巳も中身を見なさいよ!」


「中身を見なさい、なんて。……かのちゃん、なんか大胆~……」


「えっ、あ、ち、違うからね? 中身ってのはそういう意味じゃなくて、……ああ、いくら孝巳でもそれはダメ――」


 と、いつものように気が付けばワイワイしながら学校にたどり着いたわけだが。

 これがいかんのだよなあ。4人揃うとまるで勉強モードにならないっていうか……。




「マジで勉強するぞ」


 昼休みである。

 屋上で栞が作った弁当を食べてから、俺は宣言した。


「バイトばかりで勉強してなかったから、授業から遅れはじめている。このままいけば、俺のテストは赤点間違いなしだ」


「けれどさあ、バイトは休みのときだけだったじゃないの。そもそも授業をちゃんと聞いていれば、赤点くらいは免れるでしょうよ。なんだってそんなにピンチなのよ」


「たかくん、もともとこの高校、合格点スレスレだったもんね~」


「そう。孝巳くんは中学時代、必死に受験勉強をやって合格した」


 栞と瑠々子の言葉通りだ。

 俺はもともと、地域トップクラスのこの高校に入れるような成績じゃなかった。

 けれどなんとか合格できたのは、織芽やみんながいたから。


 中3のころ、織芽はまだ引っ越しなんてする予定でなくて、この高校に進む予定だった。

 栞も歌音も瑠々子も、そうだった。だったら俺だって、この高校に入りたいとそう思った。

 仲間といっしょの学校に行きたかったからな。


 それに、織芽たちのような、……なんていうのか。

 可愛くて、賢くて、優しくて。……つまり、これは俺があまり好きな言葉じゃないが――『一軍』のひとたちと、友達で居続けるには、せめて成績や学歴だけでも釣り合う人間になりたかったんだ。


 もちろん、栞たちがそう言ったわけじゃない。

 俺個人の劣等感だ。


 いまでこそ、織芽を彼女にしたり、栞たちに告白されている俺だけど。

 中3の秋ごろまで、織芽たち以外には友達もろくにいなかった俺にとって、この劣等感は深刻だった。せめて、せめてなにかひとつでも、織芽たちと一緒にいてもおかしくないなにかを持たなければって、そう思って――


 その結果、成績が上がってこの学校に受かったのはよかった。

 中学時代のように周囲から無視されているような状態じゃなくなったしな。

 といっても、成績が赤点になるようじゃ意味がない。


「もう一度、あのときのテンションに戻るべきだな、俺は。勉強をするんだ」


 俺がそう言うと、歌音が、


「ねえねえ、だったらさ、テスト中にあたしの顔色、読みなさいよ。あたしたちならお互いに考えてること、分かるじゃない?」


「そんなにジロジロ見てたら先生に突っ込まれるから無理だろ。だいたい俺たちは、別にテレパシーが使えるわけじゃない。なんとなくお互いの気分を読み合ってるだけじゃないか」


「む。そりゃそうだけど。つまんないわ。テスト中に頭の中でお神輿担いで、アンタを笑わせてやろうと思ったのに」


 これだ。

 だから歌音は油断がならない。


「俺は本気で勉強をするつもりなんだからな。つまらん笑かしはやめてくれ」


「たかくん、それならわたしのノートを貸そうか~? なにかの参考になるかも」


「あ、それいいな。栞のノートなら俺のより綺麗だろ。授業中も熱心に書いてるからな。ぜひ貸してくれ!」


「は~い。さっそく貸しますよ。コピーもオッケー。たかくん相手なら著作権放棄」


 栞はそう言って、ノートを貸してくれた。

 これは数学のノートだな?

 中をパラパラをめくると、


「おお、さすがに整理されて書き込まれている。マーカーで色なんか塗られて。これは参考になるぜ」


 と思ってさらにページをめくると、


『たかくん好き★ たかくん好き★ たかくん好き★ たかくん好き★ たかくん好き★ たかくん好き★』


『BLTサンド→大好評、たかくんの好物超一軍! 毎週月曜日はBLTの日にしたい』


『脇谷栞 鈴木孝巳 子供の名前 しおみ? たかり? ←たかりはあんまり……』




「…………」


 俺は目をそらした。

 なにか見てはいけないものを見た。

 名前の組み合わせとか、これは将来の家族計画では……?


 で、でも数学の部分は使えそうだな。


「サンキュ、栞。今夜、スマホで撮ってコピーさせてもらう」


「どういたしまして~。返却はいつでもどうぞ~」


「栞さんが数学なら、わたしは国語を手伝いたい」


「おお、瑠々子が手伝ってくれたら百人力だ。実は俺さ、国語のテストで筆者の気持ちを答えよってところが毎回ピンとこなくてさ」


「そういう場合、問題文の中で『……と思った』とか『そのとき考えた』みたいにしっかりと答えが出ていることも多い。とにかく冷静に問題文を何度も読み返すことがコツ。……そう、例えばこの本を参考にすると」


 そう言って、瑠々子はカバンの中から文庫本を取りだして、


「『げへ。お嬢ちゃん、泣いても叫んでもここには助けはこねえぜ、と下卑た笑みを浮かべながら金蔵は腹巻きをずり下げた』という箇所がある。この文章を書いたときの筆者の気持ちを推理すると」


「なんの小説だ、それは!? やめろ、そんなので筆者の気持ちを知りたくない!」


 栞たちのサポートに向けてツッコみながら、……でも栞たちって、俺より成績ずっと上なんだよな、と思ったりもした。テレパシーだの家族計画だの腹巻きをずり下げるだの。


 この余裕こそが、成績優秀にもっとも必要なことなんだろうか……。


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