第39話 エロ回(勝ちヒロインとの再会フラグその1)

「こういうの、元の木阿弥っていうんだっけ?」


 放課後である。

 俺の部屋に4人が集まった。


 言うまでもなく。

 俺、栞、歌音、瑠々子の4人であった。


「なにもかも中学時代と同じじゃないの。3人揃って、孝巳のことが好きになって、告白して――」


「違うのは、織芽さんがこの場にいないことくらい」


「るるちゃんまで、たかくんに告白するとは思わなかったな~。……たぶん、まだ好きなんだろうなって、うっすら想像はしてたけれど~……」


 座布団の上で正座しながら、栞は複雑そうな笑みを浮かべている。

 ちなみに、俺の部屋のベッドの上に歌音が腕組みして座っており、栞は床の上に座布団。瑠々子は俺の机の前にある椅子に座っており、俺だけ床に直座りである。


 誰に言うでもなく、こういう状態になった。

 レディーファーストというか、なんというか。

 いや不満ってわけじゃないんだけどね。ただ、なぜかこの場では、俺が一番小さくなっているわけで。


「でもま、状況は変わらないのよね。


 孝巳は福岡にいる織芽に会いたい。

 会って、話をして、できれば付き合い続けたい。


 あたしたちは、福岡にいる織芽と孝巳を会わせて。

 その上で、織芽と別れを選んで、あたしたちと付き合ってほしい。


 ……これで合ってるわよね?」


「ああ」


「うん」


「合っている」


「……そして織芽は、相変わらず、こっちから電話をしようがラインをしようが反応なし、ね?」


「ああ」


 俺は小さくうなずいた。

 そう、先日、織芽と電話をしてから、また何度か電話をかけたりラインをしてみたが、やっぱり反応はなにも返ってこないのだ。


「もう、あの子はなにを考えてるのよ! そもそも織芽が孝巳に返事をしていれば、こんなことにはならないのに!」


「そう言うなよ。織芽にも、なにか事情があるんだって」


「その優しさ、少しはあたしたちにも向けてほしいわね」


「たかくんは充分優しいよ、かのちゃん」


 と、いつものようなやり取りが交わされる。


 そのときだった。

 瑠々子が、右手を挙げて、


「とにかく私は告白した。そして夏休みに福岡に行くまでの間で、私は孝巳くんに、私のことを好きになってほしい」


「お、おお……」


 目の前ではっきりと、好きになってほしいと言われると、やっぱり俺も照れてしまう。

 ただでさえ、髪型と服装がいつもと違って、可愛く見えている瑠々子なのだから。


「私なりに考えた。孝巳くんに私をアピールするためにはどうするか。私なりに、私らしく、私を好きになってもらうには。……考えたところ、やっぱり書籍を参考にするしかないと思った」


「出たわ。瑠々子の参考文献シリーズね」


「こ、今度はなにを参考にするのかな。また雑誌?」


「雑誌ではない。……図書室で借りてきた」


 そう言って、瑠々子はカバンから文庫本を取り出した。

 なんだ? 恋愛小説か、ライトノベルかな?


「この本が参考になると考えた。『美少女言いなり官能天国』――」


「エロ小説じゃないか!」


 思い切りツッコんだ。


「まだタイトルを読み上げただけ。中身も読んでいないのに、どうして分かる――」


「いやいや、タイトルで分かるわ。よく見たら背表紙にもオフラン文庫のロゴマークがついてるし。オフラン文庫といえば老舗のエロ小説レーベルで有名だ――」


「なんでそんなの知ってるのよ、孝巳は」


「たかくん、一時期えっちな文章に凝っていたんだよ。漫画とかネットと違って、お母さんたちにバレにくいし履歴も残らないから。ほら、そこのベッド横の棚にカバーを外した状態でしれっと並んでる文庫本があるでしょ」


「マジね。なに普通のラノベの横にエロ小説、並べてんのよ。『美少女生徒会長淫乱編』……うわ最悪。これ絶対、織芽を意識して買ってるでしょ」


「チェックするな! 栞もチクるな! あと織芽は関係ねえから、エロ小説とは絶対関係ねえから!」


「エロ小説ではなく、できれば官能小説と呼んでほしい。似ているが、ニュアンスが異なる」


「そんなところにこだわるな! っていうか、なんで図書室に官能小説があるんだよ、うちの学校は!」


「そういえば図書室にエロいのあるって言ってたわね。この前、図書室に4人で行ったときに」


「エロ小説をさらりと官能小説って言い換えてあげるたかくんが、わたしは好きだよ~」


「とりあえず、読みあげる。『陽も暮れた。太平洋学園の校舎が紅色に染まっていく。二年A組のクラス委員、鈴木悠菜は長い黒髪を翻し』――」


「読むな読むな。もうそのへんでやめといてくれ。あと官能小説を参考文献にするのはやめろ。そんな自己アピールをされても、俺はちっとも嬉しくない!」


「嬉しそうに見えるけどね、アンタ」


「この小説はお気に召さない? ……ならば『美少女生徒会長淫乱編』を朗読したほうがいい?」


「嫌がらせか!? やめろ。俺に失礼だし織芽にも失礼だ!」


「やっぱりおりちゃんのこと考えながら、その小説、読んでたんだ。……似てるもんね。その小説のヒロインとおりちゃん……」


「なんで栞もチェック済みなんだ! やめろやめろ。みんな、エロからちょっと外れてくれ!」


 と、叫びながら俺は思い出した。




 中3のときだ。

 歌音がいきなり、大きなタブレットを持って俺の家までやってきて、


『ねえ、このタブレット、イトコから借りたんだけれど。制限がかかってないのよね。ふたりでちょっと、グロい動画とか見てみない?』


 なんて言いながら、嬉々として動画サイトにアクセスする歌音。

 その結果、……まあ、お察しの通りである。動画サイトのトップページには、いわゆるエロい動画が表示されていたもんだから、しかもその動画が勝手に再生され始めたものだから、俺たちは阿鼻叫喚、満面赤面の自体に陥って、


『忘れて! これは忘れなさい! ……ちょっと、この動画、どうやったら停止するの!? ねえねえ孝巳、教えてよ! あああん、もう、エロ動画が停まらないぃっ……!』


『たかくん、どうしたの!? なんだか変な声と嫌な予感がしたから鈴木栞参上だよっ! あっ、かのちゃんもなぜかいる。ふたりでなにをしてるの~!?』


『『なにもしてない、帰っていいよ!』』




「思い出すなああっ!!」


 俺が中3時代のことを思い出していると、歌音が涙目になって噛みついてきた。


 ――だが、歌音はすぐに、ぴたりと動きを停止し、


「……もとい。思い出していいわ!」


「なんで!?」


「思い出しなさい。あたしとの思い出ならたくさん、遠慮なしに思い出して。……え、えっちい思い出でもオーケーよ」


「どうした、急に。悪い空気でも吸ったのか」


「孝巳の中に、それで少しでもあたしのことが残るなら。……いっぱい、思い出しなさい。むしろ毎晩あたしを夢に見なさい」


「うっ……!?」


 歌音から突然の回想許可。

 顔を赤らめながらも、微妙にドヤ顔でエロ回想までオーケーされると、さすがにドギマギしてしまう。


 くそっ。

 瑠々子といい歌音といい、エロ攻撃はズルい。

 俺の理性が、吹っ飛んでしまいそうになる。


「やめて、るるちゃん、かのちゃん。たかくんは照れ屋さんなんだから~」


 そのときだ。

 栞がぎゅっと、俺を抱きしめてきた。

 ああ、柔らかな感触と共に、ふんわりとした癒やし系の良い匂いが。


「男の子だって、えっちい話ばかりされたら戸惑っちゃうよ。たかくんはもっと、穏やかな男女関係が好きなの。ね?」


「うん」


「ふふふ~、そうでしょそうでしょ。よしよし。お母さんが優しくしてあげる。いい子、いい子。……気持ちいい?」


「うん」


「幸せ?」


「うん」


 栞に抱きしめられていると、なんだか心の傷がすべて癒えていく気がする。

 ああ、癒やされる……。


「やめなさいよ、栞! それこそエロいでしょ!」


 歌音が、俺と栞を引き剥がした。

 ああん。気持ちよかったのに。


「かのちゃん、暴力反対~。そういうのやめて~」


「やめてはこっちのセリフよ! 孝巳のどこが穏やかな男女関係を求めているわけ? 生徒会長だった彼女がいるくせに、『美少女生徒会長淫乱編』を愛読するような男よ!? めちゃくちゃムッツリでしょ、このひとは!」


「そう言われると一言もないが……」


「考え方次第だよ。穏やかな心を持つムッツリスケベなんだよ、たかくんは~」


「穏やかで煩悩持ち。これはもはや悟りの境地」


「ちょっと瑠々子、アンタのせいで酷い流れになってるのよ!? ぼそっとコメントしてないで話をまとめなさいよ!」


 そのときだ。

 ガチャッとドアが開いて、


「どうも、かえででーす。まだ会議が終わりませんか? お腹が減ってきたんですけれど。ピザでも取ります?」


「わたし、コーンマヨ~」


「あたし、マルゲリータね」


「猛烈激辛ピッツァ、ハラペーニョ2倍乗せ」


「食うんかい、君たち」


 しかもひとり1枚。


 瑠々子の告白から始まった会議だったが(そもそもなんで会議をしているのだろう)、別に話し合いの結果も出ず、よくよく冷静になると俺の持っていた官能小説(しかもヒロインが彼女似)のことがみんなに知られるという、晒しあげみたいな結果になってしまった。


 いずれ織芽とうまく再会できたとき、『美少女生徒会長淫乱編』の話が向こうに伝わったりしないかどうか、その点が極めて不安な俺なのであった。


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