第35話 ツンデレヒロイン、また告白する

「とりあえず、バイトは無事終了ね」


 夕日の中、俺と歌音は歩いて家に戻っている。


「明日もちゃんと来なさいよ。バイト代、稼ぐんだから」


「分かってるよ。……この調子で稼いでいけば、福岡への移動費と宿泊費はなんとかなりそうだ」


「ちゃんと計算してるわけね?」


「まだ、大まかにだけどな。……俺としては、夏休みまでに金を貯めて、福岡に2泊3日くらいできたらいいと思っている」


 その3日で織芽と再会できるのか、おおいに疑問だが。

 それでも俺は、やらずにはいられないのだ。


「孝巳」


 歌音が口を開いた。

 横顔が、太陽で赤く染まっている。


「織芽のことばかりじゃなくて、あたしのことも見てよね」


「見て、って……」


 改めて歌音を見つめる。

 金髪が少しだけ濡れていて、それが初夏の風に揺られていて、美しかった。


「孝巳さ、今日、あたしといっしょにいて、楽しかったでしょ?」


「え。……あ、ああ」


「でしょ。……アンタの考えてることくらい、分かるんだから。アンタ、あたしと遊んだら、楽しいでしょ?」


「歌音。シャワーのときからなんか変だぞ」


「分かってる。変っていうか、……変わろうとしてるの。


 いまだけじゃない。……中3のときに、アンタにフラれたときからずっと。いまのあたしじゃダメだから、なんとか新しいあたしになりたいって。ツンツンしてるだけじゃなくて、もっと可愛い自分になろうって思ったの。……うまく変われたのかどうか、自分でも分からない。どう頑張っても、アンタに素直になれないあたしもいるし。でも、もっと変わらないとダメだって気付いた。


 だって、アンタ、いつまでも織芽のことばっかり。あたしがどんな話をしても、どんな行動をとっても、どんな思い出話をしても、けっきょくアンタは織芽、織芽。中学のときのスクール水着の思い出まで、織芽に繋げるんだもの。さすがにちょっと落ち込んだわ。


 でも、アンタ、シャワールームで遊んだら、ちゃんとあたしのこと考えてくれた。

 だったらあたしだって、可能性がゼロじゃない。そう思ったら、……あたしだって、グイグイいきたくもなるわよ。

 

 アンタの頭の中を、あたしでいっぱいにしてやりたいの。

 あたし、負けたくないから。織芽にも栞にも負けたくないから。

 もっともっと、頑張らないといけないって思うから。だから」


「おい、歌音」


「好き」


 歌音は、静かに。

 俺の目を一直線に見据えながら、言った。


「アンタのこと、好き。昔から好き。一度はフラれたけれど、やっぱり好き」


 告白だった。

 もしかして、うっすらと、そうじゃないかと思っていた。

 歌音はもしかしてまだ、俺のことが好きなんじゃないかっていう、そういう疑惑。


 やっぱり、そうだった。

 歌音はいまでも、俺のことを――


「歌音……」


「分かってる。いまのアンタは織芽のことで精一杯。……それはそれで、もう仕方がないかなって思う。でもね」


 歌音は、ちょっとだけ笑って、


「福岡に行って、織芽に会って、気持ちの整理をつけたら、……あの子とは別れてほしい。そしてあたしと、……付き合ってほしい」


 かすかに、震える声で。


「……そうしたい。そういう風にしたいの。あたしが。夏休みまでの1ヶ月半で、アンタにもっと、あたしを好きになってほしい。そして最後は織芽とケジメをつけて、あたしと付き合ってほしい」


「そ、そんなこと――」


「アンタだって、あたしといたら楽しいでしょ?」


 俺の心を見抜いたような、歌音の言葉。

 自信満々に聞こえる、その言葉は、……しかし、内心、本当は、怖くて仕方が無いセリフなんだ。


 俺には分かる。

 分かってしまう。

 歌音の考えていることは、俺にだってたいてい、お見通しなんだ。


 俺たちふたりは、お互いの考えていることが、不思議なくらい分かってしまう。

 これは織芽とも栞ともできない関係なんだ。なぜだか分からないが、それだけきっと俺たちは、人間としての相性がいい。


 ケンカもするし、冗談も飛ばすし、いっしょに遊ぶし。

 指相撲だって盛り上がる。ふたり揃ってエプシが好きだ。

 バイトをしたって、ふたり一緒なら時が経つのも忘れてしまう。


 それくらい。

 俺と歌音は、ふたりでいたら幸せなわけで。


「楽しいさ」


 俺は答えた。


「歌音といるのは、めちゃくちゃ楽しい。これからもずっと一緒にいたいと思う」


「でしょ? ……やった。……ふふ、素直になったじゃない、孝巳」


 勝ち誇ったように笑いながら、……それでも声が震えている歌音。

 分かっているはずだ。これだけ言ってもなお、俺の中には彼女が。

 遠くにいる織芽が、ずっといるってことが。


「だけど俺は、まだ歌音とは付き合えない」


「分かってるわ。だから言ったじゃない。福岡に行って、決着をつけてからだって。……ここで織芽と無理に別れたって、どうせアンタ、ぐちゃぐちゃと未練がましいことを言い続けるのよ。分かってる、アンタはそういうひとよ」


「それでも俺のことが好きなのか? 歌音」


「うん」


 はっきりと答えられた。


「好き。中3のときからこれまでずっと。……だから孝巳」


「ああ」


「夏が終わるころには、ちゃんと改めて返事をしてよね」


「……ああ」


「栞もそうだと思うけれど、今度が最後だから」


「…………」


「3度目の告白はさすがにないから。2度目の告白。……受け止めてくれるかどうか、……それまでに決めなさいよ」


「……分かった」


 俺は大きくうなずいた。


 すると、歌音はニコッと笑って、


「よし! それじゃ、そういうことで。……ね、それより帰りになんか食べていかない? あたし、クレープ食べたいんだけど」


「お、おい。……俺は貯金しなきゃいけないんだぞ? クレープ代なんて……」


「今日は人生初のバイトが終わった記念日なのよ? だったら買い食いくらい、全然オッケーでしょ! よし、決まりね。駅ビルのビッパーダン、イチゴクレープ!」


「お、おい。……まさかそうやって、福岡への旅費を貯めさせないつもりじゃないだろうな!?」


「あたしがそんなセコいマネ、すると思う? ……さ、急ぐわよ! あのお店、6時過ぎたらめちゃくちゃ並ぶからさ!」


 歌音に背中を押されながら、俺は駅ビルへと足を進める。




 夏が終わるころには、か。

 ……いや、違う。


 俺は織芽と会いたいんだ。

 織芽以外の女の子なんて、考えられない。

 それが栞だろうと、歌音だろうと。……そうだろう? 俺……。


 それなのに。

 なぜ俺は、歌音の告白にノーと言わなかった?

 分かった、なんて。夏の終わりまでに、なんて。


 俺の中に、織芽以外の女の子が入ってきているのか。

 そんなこと、あるはずがない。


 ……そんなこと。

 ……そんなことは――

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