第34話 ツンデレヒロインさんとシャワールームで遊ぼう

「話があるんだけど」


 歌音は真剣な声をしている。


「なんだよ、改まって」


「アンタ、本当に織芽のことばかりだけどさ。……そこまでして、福岡を目指すの?」


「そうだよ。そのためにバイトしてるんだからな」


「織芽に会えるかどうかも、分からないのに? どこに住んでいるかも分からないのに?」


「だからそれは、探すって言ったじゃないか。その話、また繰り返す気か?」


「そ、そういうわけじゃないけれど。せっかく稼いだバイト代、ただ旅費だけで溶かさなくてもいいじゃない。少しくらい、この街であたしと、……あ、いや、あたしだけじゃなくて、栞と瑠々子もいていいんだけれど。


 だからさ、あんたも織芽のことばかり考えてないでさ。光京市で遊ぶことも、ちょっとは考えていいんじゃないかってこと」


「そりゃまあ、夏休みは長いし、基本はこの街で遊ぶけどさ」


 歌音にしては、妙に歯切れが悪い長台詞である。

 視線もあちこちをさまよっている。


 顔が赤い。

 バイトで疲れている、ってわけでもなさそうだ。


「あのさ、孝巳。あたしは――」


 と、歌音がなにかを言いかけたとき、


「おーい、バイトさん!」


 突如、声をかけられた。

 振り返ると、プールの運営会社のひとがこっちに手を振っている。

 ヤバい。おしゃべりをしているのを咎められたか!?


「もうバイト時間、終わりだよ。みんな、もう帰ってるから!」


「「え?」」


 俺と歌音は、顔を見合わせた。

 時計を見ると、もう夕方になっている。

 しゃべりながら掃除をしていたが、もうこんな時間だったのか。


「着替えて、帰っていいよ。また明日もお願いするから!」


「はい!」


 俺と歌音は、揃って頭を下げた。


「孝巳、もう着替える?」


「そりゃそうだろう。終わったんだから。……片付けてから、帰ろうぜ」


「う、うん。そうね」


 俺たちは慌ただしく掃除道具を片付けると、別れて更衣室に駆け戻った。


 終わった。

 とにかく人生初バイトが終了だ。


 緊張していたが、思っていたより楽に終わったな。なにより歌音といっしょだったのが大きかった。これが全然知らないひとといっしょだったら、もっと気疲れしていただろうし。


 しかし歌音。

 最後の瞬間、俺になにを言おうとしていたんだ?

 気になるが、とにかくいまは着替えだ。


「おっと、その前にシャワーでも浴びるか」


 指先とかけっこう汚れてるしな。

 ここの温水シャワー、使っていいって会社のひとも言っていたから。

 よく身体を洗ってから着替えよう。そう思った俺はシャツだけ脱いで水着姿になって、シャワールームに入った。


 シャワールームは、入るなり、左右にシャワーが10個ずつ取りつけられている。

 部屋の奥のほうには、恥ずかしいひとのためかな? 個室のシャワールームがさらに左右に6室、作られていた。


 他に誰もいないシャワールームだ。

 個室を使う必要もない。俺は共用のシャワーに近づき、お湯を出し始めた。


「おお、温かいシャワーがめっちゃ気持ちいいぜ!」


 プール掃除で身体がけっこう冷えていたらしい。

 熱いシャワーが体中を温めてくれる。

 疲れもふっとぶ。


「ついでに髪も洗えたら気持ちいいんだが……」


 そう思ってあたりを見回したが、ここは温水プールのシャワールームだ。

 さすがにシャンプーやソープは備え付けられていないか。


「仕方ねえか。風呂じゃないんだから――」


 ガチャリ。


「あ~、綺麗なシャワールーム! あるじゃんあるじゃん、こんなにいいところが――」


「…………」


「…………」


 目が合った。

 歌音が、水着姿でシャワールームにご登場だ。


「いっ、いやぁぁあああ!? なんで!? なんで孝巳がいるの!? ちょっと!! ありえないんですけど!?」


「いや先にいたのは俺のほうだぞ!? それにここは男子用シャワーだし、おまけにお互い水着だ! 落ち着け!!」


「だってだってだって、……え?」


 歌音は冷静さを取り戻した。

 振り返る。ドアには確かに『Gentleman』(紳士用)と書かれてある。

 歌音が間違えて入ってきたのは明白だ。……たちまち、歌音は赤くなる。


「み、見てなかったわ、入り口。……日本語で書いてないのが悪いのよ! 勘違いしちゃうじゃない!」


「親がイギリス人なのにそんな見落としするのかよ。ま、運営会社のひとに意見しとくんだな。間違えやすいですって」


「ええ、あとで言っておくわ。……おかげで水着、孝巳にばっちり見られちゃったじゃない……」


 本人が言うとおり、歌音はビキニ姿だった。

 明るい紫色、いわゆるパステルカラー風の、水着姿である。

 腰が細く足も長い、歌音のスタイルによく似合っている。

 これが歌音の言っていた一軍水着、か。


「俺に水着見られるの、初めてじゃないだろ。例のスク水事件もあったし」


「見せようと思って来るのと、ふいうちで見られるのじゃ心構えが違うのよ! 女の子には心の準備が必要なんだから!」


「ふいうちで見られたのはお互い様だ。気持ちよくシャワー浴びてたらいきなり飛び込んできやがって。俺が全裸だったら歌音は逮捕だぜ?」


「ぷっ、あははっ。あたしが捕まるほど素敵な全裸をお持ちなのかしら?」


「なんだと? そこまで言うなら見せてやろうか?」


「ちょっと、あははっ、やめてやめて! 見たくない見たくない!」


「だろ? 分かったらさっさと女子用に戻りな。帰れないとシャワーぶっかけるぜ?」


「かけられてもいいけど? あたし、水着だし?」


「言ったな? だったら……フゥー!!」


 ブシャー!!

 シャーシャー、シャワーッ!!

 俺は温水シャワーを全開にして、歌音に向けた。


「きゃ、きゃ、ちょ、ちょっと! マジでやった!? アンタ、本気でやったわね!?」


「されてもいいって言うからだよ! おらおら、次はマジで顔にいくぜ!?」


「だったらあたしもやってやるわ! 食らいなさい、シャワービーム!!」


 ブシューッ!!


「っぶ! くっそ、やりやがったな! マジで負けねえぞ、俺は!」


「ふっふーん。ガチでやりあってみる!? どっちが『参った!』って言うまでサドンデスでシャワー対決――」




 ガチャリ。




 ドアが開いた。

 会社のひとが、顔を出す。


「……気のせいか? ずいぶんうるさかったが。……誰もいませんかー?」


「あ、あの、すみません。います。バイトの脇谷です!」


 俺は個室のシャワールームから顔を出した。

 とっさの判断だったが、俺と歌音は揃って個室に身を隠したのだ。


 だって、男子用シャワールームで、女の子とはしゃいでいたんだぜ?

 どう言い訳しても、絶対に叱られる状況だ。

 だから俺たちは隠れたのだが。


 しくじったなあ。

 へたするとバイトをクビになるし、今日の給料も出ないかも。


 と思っていたが、会社のひとはノンキな声で、


「あれ? なんか騒いでなかった? ……まあいいや。早く着替えて、事務所で退勤処理してから帰ってね。給料は明日、渡すからね」


「はい。お疲れさまです!」


 会社のひとは出ていった。

 た、助かった。ユルい感じのひとでよかった!


「歌音、もういいぜ」


「あ、危なかったわ。……テンション上がりすぎたわね、あたしたち」


「まったくだ……」


 俺たちは揃って安堵の息を漏らしたが、ふと気が付くと、歌音の水着姿が目の前にある。

 それも温水シャワーを浴びて、濡れに濡れ、そのうえ、全身がうっすらと紅潮までしている。


 以前、温泉で混浴までした仲の歌音だが。

 水着を着ているのが、ある意味、裸体よりなんだか、……エロい。

 改めて至近距離で見ると、歌音はやっぱりすごく可愛い。モデルみたいな体型に、外国の芸能人みたいなルックスをしている。


 性格だって。

 口うるさいけれど、……俺と、合うんだよな。

 シャワーで遊んだの、短い時間だったけれど楽しかったし。

 バイトだって、気が付けば終わっていたくらいだ。いっしょに働いていると、時間を忘れるっていうか。


 ……いや。

 いやいや! 俺はなにを考えている!?

 俺は織芽に会うためにバイトをしているんだぞ。

 それなのに歌音を見て可愛いと思ってどうする!?


「歌音。……女子のほうのシャワールームにいけよ。またあのひとが戻ってくるぜ……」


 俺は照れ隠しのため、あさっての方向を見つめながらそう言ったのだが、……何秒経っても、歌音からの返事がない。


 なんだ?

 俺はそっと、歌音に目を向ける。


「…………」


 歌音が、やっぱり顔を赤くしながら、しかし上目遣いに俺のほうを見つめてきていた。


「な! ……なんだよ……」


「あたしのこと、考えてたでしょ」


「え。あ……」


「孝巳でも、織芽のことばかりじゃなくて、あたしのことを考えてくれるとき、あるのね」


「い、いや」


「いいわよ。アンタの考えてることくらい、お見通しなんだから。……そっか、そっか。孝巳はあたしの水着が気になるし、あたしと遊んで楽しかったわけね。……そっか、そっか」


 歌音は、ニヤニヤ笑っている。

 こんな雰囲気の歌音を、俺は初めて見た。

 いつもだったら『考えるな!』みたいにツッコんでくるのに。


「更衣室に戻るわ」


 歌音は、俺から離れて、


「20分後にプール前。先にひとりで帰ったりしないでよ」


 それだけ言うと、シャワールームから出ていった。

 な、なんだ? ……なんだよ、あいつ。……いきなり強気な感じになって。


「……着替えよう」


 とりあえず、そうするしかない。

 俺は、もう一度だけ温水シャワーを浴びて、ざっと全身を洗うと、男子更衣室に戻った。

 歌音の表情と、水着姿と、……声が、頭から消えない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る