第32話 負けヒロインたち、主人公とバイトをすることをもくろむ

「福岡まで、織芽を探しにいく……」


 瑠々子の提案を復唱する。


「そう。会いにいく。……もちろん、孝巳くんだけを行かせない。私もいっしょに行く。福岡まで、織芽さんを探しにいく」


「瑠々子まで……」


 栞の言うとおり、瑠々子は確かに行動的になったようだ。


 けれど、引っ越し先の住所も分からない織芽を探しに福岡まで行くなんて。


 そんな探偵まがいのこと、俺にできるのか?


 と、思う。

 しかし、やってみる価値はあるかもしれない。


 こんな宙ぶらりんの状況で、ひたすら織芽からの連絡を待っているよりはいい。


 織芽が俺と別れたくないといっているなら、それも――


「ま、待ちなさいよ、瑠々子」


 そのとき歌音が会話に入ってきた。


「孝巳が福岡まで織芽に会いにいくって……織芽を探すって……瑠々子、アンタ、それでいいの?」


「それでいいの、とは」


「いや、だから。……それじゃ、孝巳と織芽が完全にヨリを戻す流れになるけれど、瑠々子はそれでいいの?」


 妙なことを言うな。

 確かに瑠々子は俺のことが昔、好きだったけれど、いまとなってはただの友達だ。


 俺と織芽がヨリを戻そうが戻すまいが、瑠々子にとってはどうでもいいこと――


 じゃ、ないのかな?

 と思ったが口を挟めない空気だからいったん黙っておこう。俺は空気を読む日本人だ。


「歌音さん。私は織芽さんに会いたい」


 瑠々子ははっきりと言った。


「確かにいろいろあったけれど、私は織芽さんと、友達だと思っている。だから会いたい。……もう一度会って、話がしたい」


「話がしたい、か」


 瑠々子の言葉には共感した。

 俺もだ。もっと、織芽と話がしたい。


 あんな短い電話じゃまるで足りない。

 織芽と会って、なにがあったか聞いて、そして、もっと話がしたいんだ。


 織芽は俺の、彼女なんだから。


「おりちゃんと会えるなら、わたしも会いたい、かな」


「栞」


「わたし、すっごい複雑な気持ちだけど。でも、やっぱりおりちゃんと会えるなら、もう一度会いたい。


 そして、どうしてこんなことになったのか、たかくんのことをどれくらい本気で、ちゃんと好きなのか、聞きたい。


 ちゃんと、わたしの耳で」


「……確かに、織芽の口から直接話を聞きたいっていうのはあるけれど。……福岡まで行って、織芽を探すっていうのは……手がかりもないのにさ。


 だいたい、福岡までは新幹線だか飛行機だかで行くわけでしょ? そのお金はどうするのよ」


「それは……」


 と、言いかけて、俺は口をつぐんだ。


 貯金、ほとんどないんだよな。

 だからって、親にねだることもできない。


 彼女が福岡のどこかにいるから、探すために金をくれ!


 そんなこと、言えないよな。

 となると、


「バイトするさ!」


「どこで!」


「どこかで!」


「したこともないくせに!」


「だからするんだろ、これから!」


「まあまあ……。たかくんもかのちゃんも落ち着いて」


 ケンカモードになる俺たちを、栞が仲裁する。


「とにかく。こうなったら、次は決まりだ。俺はバイトする。旅費を稼ぐ。そして福岡に行って、織芽を探すんだ!」


「私も参加する。理由はすでに述べた」


 瑠々子が俺に同意してくれた。


 すると、栞も寄ってきて、


「だったらわたしもやる、やる!

福岡、わたしも行くから~!」


 そういうことになった。

 どうやら目標は定まったようだ。


 バイトだ。

 みんなでバイトをするぞ!


「よし、やろう!」


「「お~」」


「ち、ちょっと待ちなさいよ! あ、あたしは!? あたしはどうなるの……ねえ、あたしも行く、行くってば! ……もう! ここであたしだけ外れたら、絶対にまた負けヒロインルート確定じゃないの。……絶対に負けない。あたし、まだ負けを認めてないんだから……!」


 なにやら小声でブツブツ言っていた歌音だったが、彼女も俺たちの旅に同行するのはこれで決まりだ。


 こうして俺たち4人は、福岡に行くために旅費を稼ぐことになった。




「そんなわけでバイト探しだ!!」


 昼休み。

 A組の教室である。


 昼飯を食べ終わった俺たち4人は、教室の片隅に集合してスマホを片手にバイトを探し始めた。


「条件は高校生可のやつ。できれば学校か家の近くで、時給が高ければなお良し!」


「もうすぐ6月だからね~。時期的に、どういうバイトがあるんだろ~」


「駅ビルを探せば、ファミレスかファーストフードのバイトがありそうだけど、あたしたちにできるかしら」


 俺たちはスマホをにらめっこしていたが、そのときだ。


 ひとり、無言でスマホを見つめていた瑠々子が、何度か首をひねってから、


「ちょっと、ものを取ってくる」


「もの?」


「すぐ戻る」


 そう言って、シタタタタ。

 いつかの本屋で見せたような、異様に早い徒歩で教室から出て行き、1分と経たずに戻ってきた。


 相変わらず、早いな。

 瑠々子は手に雑誌を持っている。


「図書室から借りてきた」


『学生に向いているアルバイト』


「「「おお~」」」


 俺たち3人は思わず拍手した。


 いまの俺たちには、うってつけの本じゃないか。


「さすが瑠々子、有能な図書委員だぜ!」


「お褒めにあずかり光栄」


 瑠々子は、ちょっと赤くなった。


「5年くらい前の雑誌ね。でも参考になるかもね」


「そう思って持ってきた。私も中身を見たことはないけれど、図書室にこの雑誌があることは知っていたから」


「ね、早く見てみようよ~! たかくん、開けてみて~」


「おう!」


 俺はなんの気なしに雑誌を開いて、




『いっしょのバイトで近付いた! 一緒に働いて仲良くなった学生たちの恋愛話★』



「「「「っ……!!」」」」


 場が凍りついた。

 一瞬、時が止まったかと思うほど、静まり返る女子3人。


 教室のどこかで田名部が「ざけんな、トンカツじゃなくてハムカツじゃねーか!」と叫んでいるのが聞こえた。


 ハムカツのほうが美味い。

 と、俺は思った。


「……はは、たまたまこんなページが開いたわ」


 俺は、へらっと笑って、


「バイトで仲良くか、そういうこともあるかもな。ま、俺たちには関係ない話か――」


『やっぱり家の近くが一番です。彼とは幼馴染だったんですが、ふたりで家の近くにあるコンビニで働いたら、すっごく仲良くなれました』


「たかくん、たかくん。緒方さんの家の裏にあるコンビニ、確かバイト募集してたよ。


 ね、わたしとふたりでアルバイト、よかったらそこで……」


「ちょっと待ちなさいよ、栞! 緒方さんって誰? 誰!?」


「緒方さんは小学校のときの子供会の会長さんだよ。思い出すなあ、たかくんとわたし、ふたりで緒方さんに竹馬教えてもらったんだよね~。ね、あのコンビニなら子供のころからよく行ってて勝手も分かるし、ぜひぜひわたしとふたりで」


「急に幼馴染風吹かして! 緒方さんなんて名前、初めて聞いたわよ!?」


「えへへ。わたしとたかくんにしか分からない話もあるんだよ。ね?」


「あ、ああ。まあ、緒方さんは、そうだけど……」


「だ、ダメッ。ダメダメ! 近所、そう家の近所でバイトなんかしたら、失敗して辞めたりするときに、あとが気まずいわよ!? 町内に『あいつらバイトもできない無能』って噂が広まって!」


 えらく激しい声で、近所バイトを拒絶する歌音。


 でも、近所の店で失敗したらあとが気まずいってのは分かる。


「栞の言い分も分かるけれど、他のも見てみようぜ」


「ちえ~」


「っていうか、露骨に孝巳との距離を詰めようとしないでよ。いくら告白したからって」


「するよ~。わたし、たかくんのことずっと好きだもん……」


 何気ないトークの中に挟まれる好き好きワード。


 くそっ、織芽に会うためのバイトを探しているのに、栞の存在が気になるとか相変わらず俺は浮気野郎か。


 いかん。

 集中、集中。

 バイトだ。バイトを探すんだ――


「孝巳くん」


「ん、どうした瑠々子」


「このバイトはいかが」



『気になる彼と、いっしょに暗黒占いの部屋でバイトしました。真っ暗な部屋の中で、ふたりきりで働いていたら、おしゃべりもしてないのになんだか仲良くなっちゃって……』



「しゃべらなくてもいい。しゃべらなくてもいい。そして仲良くなれるだなんて」


「真面目に働きなさいよ! どいつもこいつも給料貰ってるくせに盛っちゃってさあ、もう!」


 ブチギレツッコミをかます歌音。


「いや、でも、しゃべらなくていいっていうのはありがたいな。正直、接客ってするのを考えるだけで緊張するし……」


「そんなことでどうするのよ。どんな仕事をしたって、結局はひとと話をしなくちゃいけないんじゃないの?」


 歌音が社会人みたいなことを言う。いや、そりゃそうだけどさ。と思ったところで、


「ねえ、この占いの部屋、東京のバイトみたいだよ。このへんにはないと思うな~」


 栞が言った。

 それを聞いて、瑠々子はがくりとうなだれる。


「ないなら仕方ない。残念」


「望み通りの仕事って、なかなかないものね」


「歌音、さっきからえらく上から目線だけどな、そういう歌音はなにか意見はないのかよ。やりたいバイトはないのか?」


「あたし? そうね、あたしなら――」



『ツンデレカフェで働きました。どうしても大好きな彼に素直になれないわたし。ですがツンデレの女の子ばかり集めたツンデレカフェなら、いかにもキャラになりきった芝居をしながら、彼に本音を明かすことができたんです。おかげでわたしたちの距離は急接近。夏の終わりにはもうすっかり両想い、付き合うことができました!』



「っ………………!!」


「歌音、目の色がおかしいぞ」


「おかしくなんかないわよ! カン違いしないでよね!!?? でもでも、ねえねえ、このバイトよくない!? 孝巳の知らない世界が開けそうじゃない!? ツンデレカフェ……魅力的だと思わない!?」


「かのちゃん、やっぱりおかしい!」


「涙目で迫らなくても」


 栞と瑠々子にさえツッコまれる歌音の迫りように、俺もさすがに引いてしまう。ツンデレカフェってなんだよ。


 なお調べてみたところ、現在は男性のバイトを募集していないようなので俺はツンデレカフェでは働けなかった。光京市の駅ビルにツンデレカフェがあったことのほうが驚きだったが。


 そんなこんなで昼休みが終わった。


 けっきょくバイトはまるで意見がまとまらなかったが、こんなことで福岡に行く旅費は貯まるのだろうか……?

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