第31話 勝ちヒロインと主人公、ついに電話をする
「た、たかくん。これ、これ」
栞が慌てふためいている。
俺も同じ気持ちだ。この着信、織芽からだ。間違いない!
「早く、早く出なきゃ~!」
「慌てるな、大丈夫だ」
なにが大丈夫なのか自分でもよく分からないが、とにかくそっとスマホを手に取り、電話に出た。
「も、もしもしゅ」
「たかくん、噛んでるよ。落ち着いて~」
と、栞は言うが、こんな状況で噛まないほうが無理だろ!
織芽……。
織芽だよな?
『孝巳……』
声が聞こえた。
俺を呼ぶ声。間違いない。
織芽だ。
これは織芽の声だ!
「織芽。織芽なんだな!?」
『織芽だよ。孝巳、孝巳……』
「おりちゃん。ちゃんとおりちゃんがかけてきたんだね? たかくん!」
「ああ、織芽だ! ……織芽、俺だよ、孝巳だよ。元気だったか?」
どんな話題を切り出せばいいか分からず、なんだか早口でしゃべってしまう。
落ち着け、俺。
織芽だって話すことがあるはずだ。とにかく慌てるな。
『うん、元気だよ。連絡、……連絡取れなくてごめんね。こんなことになるなんて、織芽も思わなくて――』
「あ、ああ。俺もだ。こんなに織芽と話もできなくなるなんて、思わなかった」
『……ええと、どういったらいいかな。なにから話そうか。そう、孝巳と会ったときに使ってた万国旗が、最近ついに破れてしまって』
「そ、その話はいまいるか?」
『いらないね。織芽は謝罪するよ。ソーリーソーリー』
「わ~、このしゃべり方、間違いなくおりちゃんだね。懐かしい……」
俺の電話に聞き耳を立てていた栞が言うように、間違いなく織芽からの電話だった。
『いまの声。栞も近くにいるのかい? 歌音と瑠々子も?』
「いや、いまは俺と栞だけだ。それより、……ああ、話すことがいっぱいあるんだけど、織芽。ええと――」
『ごめん、孝巳。あんまり長く話せないんだ。だから今日はこれまで……』
「なんだって?」
『理由があるんだ。本当にごめん。でも、これだけは言っておくよ』
織芽は、まじめな声音で、
『織芽は孝巳と別れたくない。織芽は孝巳とまた会いたい。
……もちろん、栞とも歌音とも瑠々子とも。みんなとまた会いたいって、心から思ってる』
「織芽」
『ごめん、タイムリミットだ。この電話はまた当分使えないけれど、絶対にまた連絡する――』
プツン。
……ツー、ツー、ツー。
「……切れた」
俺は自分のスマホを眺めて呆然とした。
「もう終わり? 3分も経ってないのに」
栞もあっけにとられている。
よく分からなかった。
肝心なところはなにも話せなかった。
織芽、なにをそんなに急いでいたんだ? なにがそっちで起きているんだ?
分からない。
ただひとつ、言えることがあった。
――織芽は孝巳と別れたくない。
――もちろん、栞とも歌音とも瑠々子とも。みんなとまた会いたいって、心から思ってる。
「織芽は俺たちが嫌いで離れたわけじゃないんだ。なにか事件が起きて、連絡が取れなかっただけなんだ」
「そう……そうだね。そうみたい。なにが起きたのか分からないけれど、でも」
栞は、ちょっとうつむいて、すぐに笑顔になって、両手を自分の胸の前でそっと合わせた。
「なんか……良かった~……」
心から、安心したような表情だった。
「ごめんね。さっきたかくんに、おりちゃんのことを悪く言っちゃったけれど、でもおりちゃんの声を聞いたら……。
やっぱりなにか理由があったんだって思って。わたしたちも嫌われたわけじゃないんだって分かって。
そうしたら、ちょっとホッとして……」
「分かるぜ、その気持ち」
栞にとって、織芽はライバルだが、同時に友達でもあった。
その友達が、自分を嫌って音信不通になったら、誰だって不安になるし不愉快にもなる。
けれども、その音信不通にはちゃんと事情があったんだ。自分は、自分たちは、嫌われたわけじゃなかった。それが分かれば、誰だってホッとする。
「俺だって、よかったと思うさ。織芽といちおう、話すことができた」
「……そう。そうだよね~」
と、今度は複雑そうに笑う栞。
栞からすれば、実に微妙なタイミングで、織芽からの電話がきたんだから、当然だろうけど。
「しかし織芽のやつ、万国旗の話なんかしている時間があるなら、もうちょっと大事なことを話せよな」
「それだけ慌てていたし、緊張もしていたんだよ。おりちゃんだって普通の女の子なんだから、それを分かってあげて~」
「……栞は本当に優しいな。織芽のフォローをするなんて」
「ん、……うん、そう、かもね」
栞はやっぱり複雑そうだった。
「とにかく織芽になにか、トラブルが起きたことは確実なわけだ。それで俺たちとは連絡がつかない状態にある」
「けれど、なんとかスキをついて携帯電話を奪って、連絡してきた~……」
「どういう状況だろうな。マジで分からん」
「おりちゃん、誘拐されていたとか!? そして携帯も犯人に取り上げられていたけれど、スキをついて奪い返したとか~!」
「だったら、まず警察を呼ぶだろ」
「……それもそうだね」
栞の天然ボケに対して、あっさりとツッコむ俺であった。
とはいえ、誘拐とはいかないまでも連絡不能な状態なのは間違いないみたいだな。
織芽になにが起きたのか。
そんな織芽のピンチに、俺はどうするべきか。
これは明日、歌音と瑠々子に相談――というか、会議だな。
織芽が俺たちを嫌ったわけじゃないってこと、歌音たちに知らせないといけないし。
ラインで報告しようかとも思ったが、こういう大事なことは面と向かってがいいだろうな。
そうしよう。
そう決めた。
「そういうことは、ラインでさっさと報告しなさいよ!」
ダメだったらしい。
翌朝、登校中に歌音と瑠々子が、俺と栞に合流したところで、織芽の件を話した瞬間にこれである。
「あー、もう。めちゃくちゃ気になるじゃない。なんなのよ、このモヤモヤ。昨日に4人のグループラインで話し合っておけば、こんなにゾワゾワした気分で登校しなくてすむのにっ!」
「私もラインで知らせてほしかった」
歌音はともかく、瑠々子まで不満を口にした。
瑠々子を傷つけると、罪悪感を覚えてしまう俺である。――「なに、あたしは傷ついてもいいの? こら、孝巳」――歌音が睨みつけてきた。相変わらず俺の心を読むのが得意な彼女のことはさて置いて、瑠々子までがラインで報告をご希望とは。
「夜、グループラインで友達と真剣会議。……やってみたかった。まだ、私たちの間でも、そうしたことはないはず」
「あ、そういうこと……」
瑠々子は、俺に濃厚な友情を求めていたようだ。
「それにしたって織芽よ。あたしたちを切ったわけじゃない、っていうのは分かったけれどさ、あの子になにが起きてるわけ?」
「それは昨日、俺と栞でいろいろ話したよ。でも、分からなかった」
「光京と福岡じゃ遠すぎるし、推理もできないよ。近くにいたら、おりちゃんに直接会いにいくんだけどな~」
栞がうめくように言った。
そのときである。
「……会いにいくのは、名案」
瑠々子がぽつりと言った。
何気ないふうにつぶやいた言葉に、俺たち3人はいっせいに「「「え?」」」と瑠々子に視線を送る。
「会いにいけばいい。織芽さんがいるところに。そう、福岡へ」
「……なに言ってんだよ。九州はめちゃくちゃ遠いんだぜ?」
「そうよ。それに織芽がいまどこにいるか分からないのよ? 北九州から福岡に引っ越してあとは行方が分からないって、この前、話したばっかりじゃない」
「だから、まずはその旧住所に行ってみる。北九州のほうの住所へ。そこにいけば、織芽さんのいまの場所も分かるかもしれない。……少なくとも、ここで延々と議論をしているよりは、ずっといい」
「いや、だけど……」
「……るるちゃん、すごい行動派になったね。なんだか信じられない感じ」
栞の言葉には内心俺も同感だ。
瑠々子はもっとインドアで、あまり動かない子だと思っていた。
「確かにその通り。でも、……それで一度、失敗したから」
瑠々子はちらっと、俺を見てきた。
失敗。それは俺にフラれたことを指すのだろう。
「成功するには、待っているだけじゃだめ。動かないと、いけない。……織芽さんともう一度会うならば、会いたいならば。……織芽さんが私たちのことを拒絶していないと分かった以上、こちらから会いに向かうべき。私はそう思う。
孝巳くん。……いかが」
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