第29話 二度目の失恋。そして負けヒロインたちに電撃走る
栞は赤面している。
けれども、その眼差しと声はマジだった。
幼馴染だから、分かる。
というかこういうときに、栞はふざけたりしない。そういう子だ。
「……その好きって」
それでも俺は確認する。
「幼馴染としての好きか?」
「ううん。ちゃんと好き。異性としての好き」
「付き合う、ってことか」
栞の告白は、冗談でもなく、幼馴染や友達としての好きでもなく、どうやら本当のものらしい。
中3のとき。
俺はこの告白にNOと答えた。
織芽がいたからだ。
当時の俺は、織芽とほとんど付き合ってんじゃないかってくらいいっしょにいたし、俺自身の心も完全に織芽に向かっていた。
けれど、いまは。
いま俺のそばには。
織芽はもういない。
だから。
あとは俺の気持ち。
それと返事ひとつ。
返事ひとつで、栞と付き合える。
隣にいるだけで、ドキドキするほど可愛い栞と――
「悪い」
俺は答えた。
「栞とは付き合えない」
それは本音だった。
「…………」
傷つくかと思ったが、栞は案外冷静な顔で、
「それはやっぱり、おりちゃんがいるから?」
「……そうだよ」
俺はうなずいた。
「栞に感謝しているのはマジだ。それに正直、その。……栞のこと、美人で優しい、と思う」
「……おお~」
栞がちょっとたじろいだ。
「映画のときもそうだったけれど、たかくんの口からそんな言葉が出てこようとは。お母さん、びっくりだ~……」
「お母さんっていうのはマジでよせ」
キツめにツッコんだ。
恋愛話をしているときに母親の顔が脳裏をチラつくほどキツいものはない。
「とにかくだ。……栞のことは大切だ。告白を、2度もしてくれたこと、本当に嬉しかった。でも」
「おりちゃん、か~……」
「俺と織芽は、まだ正式に別れていない。それなのに、他の子と付き合うなんて許されない」
「そうだけど。……そうだけど~」
栞は、納得がいくような、いかないようなという顔をしてから、
「あ~~~…………。
……もう。
負けちゃった。
わたし、また負けちゃった。
もう二度とフラれないって、負けヒロインになりたくないって決めてたのに。
もっとちゃんと、たかくんと近付いてから告白しようって決めてたのに……」
「近いかどうかでいえば、ずっと近いだろ。俺たちは」
「いまのわたしからは遠く見える。遠くに感じるよ~……」
栞は、笑いながら言う。
それが強がりの笑みなことは、俺にも分かった。
「手紙、嬉しかったから」
栞は、俺が書いた手紙を見つめながら、
「あんまり幸せだったから、告白しちゃった。こんなに早く。おりちゃんのことも、なにも終わってなかったのに。
……ほんと、なんでも、おりちゃん、おりちゃんだね。羨ましいな、本当に。
わたしはずっとたかくんといっしょにいたのに、どうしておりちゃんみたいになれなかったのかな~……」
栞は笑顔のまま。
しばらく、うなだれて、
「帰るね」
そう言って、窓に足をかけた。
なにか言おうかと思ったが、次の言葉が出てこない。手紙のときは、案外すらすらと言葉が出てきたのに――
「じゃあね。おやすみ」
栞はそう言って、自分の部屋へと戻っていった。
おやすみ、か。
まだ夕方なのにな。
少なくとも今夜は、絶対に俺の部屋に来ないってことだな。
というか、次から来ることがあるんだろうか。この窓から。
うんと小さいころから、互いに行き来していた窓の道。この道はもう、使われなくなるのかもしれない。
「でも、それも俺が選んだ道だよな」
織芽がいながら、栞と付き合うなんて絶対にできない。そりゃそうだ。
「でも、もし織芽がいなかったら……」
というか。
もう99%、織芽はいない。
いなくなってしまった。
それなら。
俺が栞と付き合っても――
「あああああ、なに考えてんだ俺! クソかよ! マジでクソかよ! この浮気野郎!! ああああああ!!」
「うるさい、アニキ! ゲームができねェ!」
かえでが部屋の扉をドンしてから叫んだ。こわ。俺はすぐに怒鳴るのをやめた。
しかしなあ……。
冷静になって、振り返る。
栞。
俺にフラれてから、もう俺のことなんかすっぱりあきらめたと思っていたけれど。……引きずってたんだなあ。
俺が織芽を引きずるように、栞も俺を引きずっていたわけだ。
この気持ち、いつか忘れることができるんだろうか。
引きずらずに生きられる日が、来るんだろうか。
……――
「……行くぜ」
翌朝である。
悩もうがわめこうが、朝は必ずやってくる。
かえでは一足早く中学に向かった。俺も準備をしてから家を出る。
いつもより5分早かった。
待っていると、栞が迎えに来るかもしれない。
だが、来ないかもしれない。
そのハラハラ感に、自分が耐えられなかったからだが、
すると、
「あ」
「お」
隣家から、栞もちょうど出てきたところだった。
「……お、おはよ~」
「お、おう。おはよう」
「今日、早くない? 普通はあと5分後でしょ」
「そうだっけ。あんまり意識してなかった」
「…………」
栞はじっと俺の顔を見つめていたが、
「とりあえず、行こっか」
「おう」
ふたり揃って、学校へと向かいはじめた。
「……たかくん、嘘つくのヘタだよね」
「な、なにが?」
「わたしのこと避けようとして、5分早く家を出たでしょ。……分かりますよ、そういうの~」
「う。あ、いや……」
そうだよな。
誰だってそう思うよな。
まして栞なら、嘘なんか通用するはずがない。幼馴染なんだから。
「あ~。こんなに気まずくなるなら、告白しなきゃよかった~。どうしよう、たかくん。なかったことにできないかな~!?」
「いや、俺に言われても……。そういうわけには、いかねえだろ……」
「ううう、そうだよね~。恥ずかしい。いたたまれません~」
こっちとしてもいたたまれない。
「なにが恥ずかしいってね、たかくん。
わたし、まだ朝ご飯作ってきたの~」
どん。
どん。
どどん。
サンドイッチが詰められたタッパーが、俺に向かって差し出された。
それも、みっつも。
「こんなの作っても、もう仕方が無いんだと思うんだけど。でも止められなかった~。どうしよう、これ~」
「どうって……」
なおタッパーは大型のものだ。
「……とりあえず、あるなら、食べるよ」
食べ物を粗末にしてはいけない。脇谷家家訓だ。
「よかった~。わたしだけじゃ絶対に食べきれなかったよ。うん、食べて食べて。そうしてくれると助かるから~」
「よし、じゃ、いただきます。……ん」
栞が作ったBLTサンドをパクつく。
すると、
「美味い」
なんだこれは。
美味すぎる。
栞はもともと料理が得意で、作る料理は前からずっと美味かった。
だけど今日のサンドイッチはなんだ。別格で美味い。店で売られているサンドイッチよりも何倍も美味いぞ!?
「わ、よかった。ちゃんと美味しいって言ってもらえた~」
「いや、今日のはめちゃくちゃ美味いぜ。どうしたんだ。パンが違うのか?」
「ううん、材料はいつもといっしょだけど。ん~、いつもとはちょっと気合いが違う、かな」
「気合い?」
「……たかくんにはもう、わたしの料理、食べてもらえないかもしれないって思って。
でも、そんなたかくんでも思わず手に取りたくなるような、もう一度だけでも食べてくれる料理になりますようにって、思いを込めたから。
……ごめんね。
あんなにはっきり断られたのに、わたし、こんなので~」
栞の申し訳なさそうな笑顔。
思わず、ぐっときてしまった。
やっぱり栞は、綺麗で優しい子なのだ。俺の幼馴染にはもったいないくらい。
本当に。
本当に、フッていいのか?
彼女とはいえ、まったく連絡がつかない織芽と付き合い続けると言って、こんなに近くで、俺のために朝食を作ってくれたり、気を遣ってくれる栞と、このまま離れてしまっていいのか?
ダメだ。
この思考はダメだ。
けれど、どう頑張っても俺の心の中に栞が入り込んでくる。
栞の笑顔が。
「……栞」
「うん?」
「あ、あのな」
俺はついに、何事かを口走ろうとした。
だが、そのときであった。
「おっはよー。なになに? また栞、孝巳にサンドイッチ作ってあげたの? うわ、今日はめっちゃ大量じゃん!」
「6人分は存在する」
歌音と瑠々子が登場したのだ。
俺と栞は思わず『びくっ!』とその場に飛び跳ね、凍りつく。
「か、かのちゃん、るるちゃん」
「い、いきなり来るなよ、びっくりするだろ」
「別にいきなりじゃないでしょ。いつもこのへんで合流してるじゃん」
「びっくりしているのはこちらのほう。サンドイッチの量がすごい」
「あ、よ、よかったらるるちゃんも食べる? たくさん作りすぎたから、その……」
「くれるというなら。……でも教室で食べる」
「そ、そうだよね。立ち食いなんてたかくんじゃないんだから、できないよね。あはは~」
「しれっと俺をディスるなよ」
「そうじゃなくて、女の子とアンタとじゃ、ものひとつ食べるのも周りの目が違うのよ。分かりなさいよ、それくらい」
「そ、それもそうか。はは」
「そうだよね、ふふ~」
「……? なんかヘンね、アンタたち」
歌音は俺と栞と交互に見比べていたが、
「お、脇谷軍団。朝から元気してるじゃん。おはようさん」
「お、おう。おはよう」
そこへ田名部が声をかけてきた。
以前から田名部もこの通学路を使っていたはずだが、俺たちに声をかけてくることはなかった。
それがあいさつしてきたのは、先日の体育でグループを組んだからだろう。
「あ、田名部くん、おはよう~」
栞たちも、田名部に朝のあいさつをする。
朝の風景だった。通学路はうちの学校の生徒でいっぱいだ。
なんとなく、栞たちとの会話が打ち切りになり、俺たちは教室へと向かったわけだが……。
最後の瞬間。
歌音たちが来なかったら、俺は栞になにを口走ろうとしていた?
やべえ。
このままなのは、なにかよくないぞ。
「で? アンタたち、なにがあったの?」
昼休みである。
4人で屋上に行き、人気のない片隅にてサンドイッチをパクつきはじめたとき、歌音が切り出してきた。
俺と栞は、思わず「「うぐむ」」とサンドイッチを詰まらせたが、瑠々子が水筒に入ったコーヒーを差し出してきたことで、事なきを得た。
「い、いや、なにがって」
「朝からずっとふたりとも、様子がおかしいじゃない。絶対になにかあったでしょ。あたしが分からないとでも思ってんの?」
「サンドイッチの量からして、通常とは違う」
瑠々子にまで言われた。
そうか、俺と栞はそこまで挙動不審になっていたか。
「いや、たいしたことじゃないんだけど……」
俺はなんとかごまかそうと思った。
そりゃそうだ。
栞から告白されました、なんてこと、歌音たちに言えるわけがない。
そもそもひとの告白を他人に漏らすなんて最低だが、それが俺たちの間なら、なおのことだ。
そう思っていたのだが、
「フラれちゃった」
栞が、さらっと言った。
歌音と瑠々子の顔が固まる。
「……フラれたって、誰が。誰に?」
「わたしが。たかくんに」
「おい、栞」
「かのちゃんとるるちゃんにはちゃんと伝えておかなきゃ。そうでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
「わたしがね、昨日、たかくんに告白したの。だけど、たかくんは、……おりちゃんがいるからって、断ったんだ。
……そういうことなんだ~」
風が吹く屋上にて。
栞ははっきりとそう言った。
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