第28話 幼馴染、また告白する

 ずいぶんと長いこと、昔のことを思い返してしまった。


 織芽と出会い、生徒会長選挙を応援したあのころ。楽しかったな。


「おい、脇谷。ボールを片付けようぜ」


 田名部から声をかけられて、俺は我に返った。


 もう体育の授業はおしまいだ。


「アンタ、熱でもあるの? ずっとボーッとしてたけど」


 歌音が心配そうに言ってきたが、


「いや、なんでもねえよ。それよりも、今日の放課後はひとりで帰るわ。隣町のスーパーが特売日だから、食材の買い出しに出かけるんだ」


 両親が共に多忙なので、我が家の食料買い出しは俺の仕事なのだ。


 その事情を知っている栞たちは、俺の言葉に対して、すぐにうなずいてくれた。


 そんなわけで、俺は今日、放課後、単独行動をすることになった。


 買い出しは嘘じゃない。

 けれど本当のことを言えば、ひとりになりたかった。


 織芽から完全にスルーされている現実を受け止めるために、ひとりの時間が欲しかったのだ。




「あーあ……」


 隣町のスーパーで、あれこれ食材を買ってから、ゆっくりと家に戻っている俺である。


 ふと右手を見ると、グラウンドが広がっていた。

 その奥には、夕日に染まっている中学校の校舎が見える。


 俺の母校だ。

 校門も見える。

 あそこで織芽と、会長選挙のあいさつをしたんだよな。


「はは、本当、昔のことばかり考えてるな、俺」


 独りごちながら、家に戻っていく。


「ただいま」


 と言っても、かえでは部活だから家の中には誰もいないけど。


 この家には織芽も来たことがあるんだよな。


 付き合う前にも、何度も何度も。


 しかし最初に織芽が家に来た日。

 栞と織芽が、俺の部屋で鉢合わせをしたときだ。


 あのとき栞は、どういう気持ちだったんだろうな。




 ――たかくんのこと、好きだよ。


 ずっとずっと昔から、小さいころから、大好きだよ。


 中学を出ても、これからも、離れたくないよ。


 たかくんと、いっしょにいたい。

 これからも、ずっと。




 栞から告白された日のことを、思い出してしまった。


 あれは中3の冬だった。


 あの告白を思えば、織芽と栞がうちで出くわしたとき、栞はもう俺のことが好きだったんだよな。


 けれど俺は織芽を選んだ。

 選んだ結果は、これだけどな。


 部屋のドアを開けた。


「……ぐぅ~……」


 栞が寝ていた。

 俺のベッドの上で。

 いつものように。


 思わず、笑みがこぼれる。

 俺は感謝しなきゃいけないよな。

 歌音や瑠々子にもそうだけど、栞は特に。


 ずっと昔から、俺のそばにいてくれるんだから。

 告白を断ったあとでさえ、世話を焼いてくれるんだから。

 今日だってたぶん、昼間のことがあるから、気を遣って来てくれたんだ。栞はそういう子だ。


「よし」


 俺は机に向かい始めた。

 背後で、栞がスースーと寝ている。


 寝息の音が、なんだか心地よい。

 俺は引き出しから、ペンを取り出して――




「……むにゃ?」


「よう、おはよう、栞」


「……あ~! たかくん、おはよう! 帰ってきたんだね~」


「おかげさんでな。麦茶でも飲むか?」


「ん~。……うん。たかくんが用意してくれたなら」


 俺は、準備していた麦茶をコップに注いで栞に渡しながら、ひとつ、小さく咳払いをして、


「それで栞。じつは君にプレゼントがあります」


「ふぇ!? なになに、どうしたの急に。誕生日じゃないよ?」


「分かってるよ。正確にいえば、プレゼントっていうより、これなんだけどさ」


 俺はそっと、栞に向けて封筒を差し出した。


「約束のやつだよ。遅れて悪かった」


 それは、栞に向けて書いた手紙だった。


 栞は、本当に予想外だったという顔で、目を見開いて封筒を見つめて、


「たかくん。……ありがとう。……読んでいい?」


「どうぞ」


 栞は封筒を、丁寧に開いて、中から1枚の便せんを取りだした。




『栞へ


 いつもありがとう。


 どれくらい、ありがとうって言ったらいいか分からないくらい、ありがとう。


 毎朝、サンドイッチやおにぎりを作ってくれて、感謝しているよ。あれ、すごく美味い。よかったら、これからも作ってくれ。


 子供のころからずっといっしょで、高校生になってもいっしょだ。俺はいつも栞の世話になってばかりで、なにもお返しできていないのが申し訳ないけれど、これからちょっとずつでも、なにかお返し、していくからな。


 字も文章も下手くそな手紙で悪いけれど、俺が栞に感謝していることは本当のことだ。マジマジだ。


 だからこれからも、いっしょにいてほしい。歌音や瑠々子もいっしょだけど、高校生活3年間、絶対に楽しもうぜ!


 15年間いっしょだった幼馴染へ。


 これからも、いっしょにいてください。


             孝巳』




「…………」


 栞は、ぼうっとした眼差しで俺の手紙を見つめている。

 頬が、ほんのりと赤い。


「手紙の書き方は本で勉強したけれどさ、やっぱりうまくは書けねえよ。次はもっと上手に書くからさ、今日のところはこれで勘弁してくれよな」


 俺もなんだか恥ずかしくなってきたので、栞から目をそらしながらそう言った。


「ありがとう」


 栞は、穏やかな声だった。


「ちゃんと手紙を書く約束、覚えていてくれたんだ。それだけでも嬉しい。


 でも、こんなに手紙を書いてくれて。たかくんからこんなに長い手紙を貰ったの、初めて……」


「そうか? 昔はもっと長い手紙、書いたような気がするけれど」


「ないよ~。たかくん、あんまり文章書かないから。頑張って書いてくれたんだね。ふふ……」


 栞……。


 笑った栞。

 目を細めた栞は、これまでよりもずっと大人っぽく見えた。


 可愛い、というより綺麗だった。


 栞がこんな風に見えるのは初めてだ。


 照れくさくて、直視できない。

 どうなってんだ、俺。

 栞相手に、ここまでドキドキするなんて。


「たかくん」


 栞と目が合った。


「おう」


 おう、じゃねえよ!

 内心バクバクのくせに。


 というか、俺よ。

 調子良すぎるぞ。

 さっきまで織芽にフラれたって落ち込んでいたくせに、栞に感謝していたくせに。


 栞が綺麗だからって、ここで乗り換えか!?

 栞にいこうっていうのか!?

 クソすぎるだろ、俺!


「あのね、たかくん。わたし、わたし」


 栞は、顔を赤くしながら、すうはあと何度も呼吸を繰り返して、そして言った。


「いまでもたかくんが好きだよ。断られたけれど、フラれちゃったけれど。


 でも、いまでもやっぱり、気持ち、変わらないよ。


 たかくんの手紙を貰って、読んで、……そう思ったの。




 たかくん。

 大好き。




 わたしと付き合って」




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