第27話 中学生編(後編)・勝ちヒロインが勝ちに至ったごくごく小さな最初のきっかけ

「神山さん……だよね? 生徒会で、書記をやってる……」


「イエッサ。そうだよ、鈴木さん。1年生のときは隣のクラスだったよね?」


 神山さんはすぐに栞のことを思い出したようだ。


 それほど交流が深いわけでもなさそうだが……。


 神山さんは俺のことも知っていたし、ひとの顔と名前を覚えるのが得意らしいな。


「というか……脇谷くん?」


「は、はい?」


「なんだい、キミは。窓から出入りする女子の友達がいたのかい? それでこの織芽を部屋に呼び込むなんて、案外手先が鋭いのだね?」


「ち、違う。栞はただの幼馴染だよ」


「そ、そうそう。だからわたしたち、いまは別にそんな、神山さんが誤解するような関係じゃ」


「かーっ! 窓から無許可でひとの部屋に入るような幼馴染を、ただの幼馴染とは言わないのだよ! それも下の名前を呼び捨て!


 そんな関係の男子なんて、この織芽には過去にも現在にもひとりだっていたことがないというのに。このリア充青春カップルどもめ。ぶーぶー!」


「だからカップルじゃないってば~」


 栞は困り顔を見せていたが、神山さんは口を尖らせるばかりだ。


 しかし神山さん、仲のいい男子が――つまり彼氏とか、これまでもいまも、ひとりもいなかったのか。めちゃくちゃ可愛くて人気者なのに。


 うちの中学で告白されている女子といえば、1に神山織芽、2に天照台歌音っていうのが男子生徒共通の認識なんだけどな。……栞も正直、このふたりに勝るとも劣らないほど可愛い子だけれど、おとなしめの性格のために、男子人気は劣っている印象だ。


「そ、それよりたかくん。神山さんとなにをしていたの? ふたりで漫画を読んでいた、だけ? ……」


「ああ、まあそうなんだけど。最初のきっかけは、生徒会のことでさ――」


 俺は、かくかくしかじかと、栞に事情を説明した。


 すると栞は、へぇ~と言って、


「そういうことか~。神山さんは会長を目指すんだね~」


「そういうこと。選挙当日には清き一票をよろしくね」


「うん、投票するよ~。……わたしもお手伝いしたいけれど、うち、共働きで。両親が最近忙しいから、放課後とか帰ってきて家事をしないといけないんだ。……じつはいまもそうなんだけれど、ちょっと抜け出してきちゃった」


 栞は、困ったように笑った。


「ケーキを食べる時間くらい、いいだろうよ。せっかくなら3人で食べようぜ」


「そうだね~。あ、でもケーキ、ふたつしかない……」


「だったら俺が遠慮するわ。神山さんと栞が食べなよ」


「おお~、脇谷くん、やっさしーい。これはキミ、大人になったら女の子にモテるぞ」


「できれば、いまモテたいんだがな」


「あはは、そりゃそうだね!」


 神山さんはケラケラ笑った。

 栞も笑っていたが、……俺には分かるぞ。栞、いまちょっと複雑そうな顔を見せたな?


 なんだ?

 栞の考えていることは、だいたい読めるつもりの俺だが、最近は分からないときがあるな。


「それよりケーキは、3人で分けよう。やっぱりひとりだけ食べられないひとがいるのは、悲しいかな」


「さすが神山さん。それでこそ会長の器だね~」


「でしょでしょ? お任せあれよ!」


 ――こうして、その日、俺は神山さんと栞と、3人でケーキを分けて食べた。イチゴのケーキは美味かった。


 神山さんが俺の部屋に遊びに来たのは、俺にとって、おそらく一生忘れられない日になるだろう。


 そして、これが最初で最後の日になるという予感も――




「脇谷くん、今日もキミの部屋にお邪魔していいかい!? いやあ、昨日は漫画を最後まで読めなかったからさぁ」


「ど、どうぞ……」


 最初で最後どころか、その日から3日連続で遊びに来た。


『鬼刃乱舞』は、最新刊はもちろん、既刊全巻とノベライズ版全2巻までしっかりと読まれてしまったのである。




 それはそれとして、俺は神山さんの選挙活動を手伝った。


 配るチラシの文面を考え、生徒会準備室でコピーし、選挙ポスターを作って、校内の至るところに貼り付ける。


 そして、生徒会選挙の前、2週間のあいだ、俺はずっと、神山さんと共に校門の前に立ち、


「生徒会長は神山織芽、神山織芽をよろしくお願いします!」


 本物の選挙さながらで、声を枯らして神山さんをアピールした。


 もちろん、生徒会長には他の生徒も立候補している。


 他の候補者と、そのお手伝いたちも声をあげている。


 俺は、神山さんのために、彼らに負けじと声を張り上げた。


「神山織芽、神山織芽をどうぞよろしくお願いします――」


「…………」


 そのときだ。

 俺の前を、金髪の女子生徒が通りすぎていった。


 天照台歌音。

 神山さんと並んで、この学校トップクラスの美少女。


 仲良くなれば気さくだが、そうでない人間にはツンツンとしており、やや冷たい印象もある。


 事実。

 天照台歌音は、俺と神山さんをチラッと一瞥しただけで、校内へと入っていってしまった。


 ちぇっ、ほとんど無視かよ。

 まあ、9割の生徒はそういうもんなんだけどな。


「落ち込まない、落ち込まない」


 俺の様子を見ていた神山さんが、ぽんと俺の腰を叩いて、


「去年、書記選挙のときもそうだったけれど、みんなが興味をもってくれるわけじゃないからさ。それでも頑張ることに意義があるわけさ。……でも、ありがとう」


「え、なにが」


「織芽の活動、本気で手伝ってくれて。去年手伝ってくれた友達も、今年は忙しいって来てくれなかったからさ。みんな2年生になって、いろいろあるんだよね」


 いっしょにいて気が付いたが、神山さんの友達は、すべてにおいての『一軍』が多い。


 学校でも家でも、塾に行ったり部活に行ったり、やることがたくさんあるのだ。ありすぎるのだ。


 だから今回の、神山さんの選挙活動には、友人たちがなかなか来てくれなかったのだが。


「脇谷くんを誘って良かった。ひとりぼっちで選挙活動、やらなきゃいけないところだったよ。


 織芽、ひとを見る目があったなあ。うっしっし」


 神山さんはニコニコ顔である。


「ただいっしょにいるだけで、見る目があるってのはどうかなあ……」


「いやいや、脇谷くんはいっぱい頑張ってくれたよ。自信を持ってくれたまえ。


 織芽が会長になるのは、脇谷くんみたいな素敵なひとの存在と巡り会って、もっともっと楽しい中学校にしたいからなのさ」


「……ありがとう」


 まったく、俺のほうこそありがとうだよ。


 俺を、俺なんかを、こんなに認めてくれて。


「さぁー、朝のホームルーム開始まであと5分。最後まで選挙活動、がんばろーう! 神山織芽です。よろしくお願いしまーす!!」


 明るい声を出す神山さんの横顔を見て、俺の体内はどんどん温度を増していく。


 可愛くて。

 優しくて。

 頑張り屋で。


 俺を。

 認めてくれて。


 その瞬間、心に稲妻が走ったような気がした。


 神山さん。好きだ。

 ……めちゃくちゃ、好きだ。




 生徒会長選挙は、神山さんが勝った。


 天性の人気者。

 であると同時に、1年生のときの生徒会書記としての活動実績がものを言ったのだ。


「おめでとう、神山さん!」


 神山さんが生徒会長になったその日の放課後。


 俺は神山さんがいる教室に出向いて、彼女を見つけると、すぐにお祝いの言葉をかけた。


「やあやあ、脇谷くん。どうも、どうも。いや織芽のほうこそありがとうだよ。ずっと手伝ってくれて」


「わきやくん、織芽にずっとつきっぱなしだったもんね」


「金魚のフンみたいだったよ、あはは」


 織芽の近くにいた女子生徒が、へらへらと笑いながら言ってきた。


 またこういうやつらか。

 ほんと、スキあらばすぐに馬鹿にしてくるな。無視だ、無視……。


「脇谷くんは、金魚のフンなんかじゃないよ」


 神山さんは、女子たちに目を向けて、はっきりと言った。


「会長選挙を、最初から最後まで手伝ってくれた、かけがえのない織芽の相棒さ。脇谷くんがいなかったら、会長にはなれなかったよ!」


 織芽が笑顔で、しかしそう断言したことで、女子生徒たちはぎょっとして、互いに顔を見合わせた。


「さ、行こうぜ行こうぜ、我が相棒。選挙が終わったから、またキミの家に遊びに行きたいな」


「あ、ああ。いつでもどうぞ」


 織芽のセリフは、また女子たちの間に波紋を広げた。


 あの織芽が、わきやくんの家に、また遊びに?


 どういうこと? ふたりはどうして、あんな関係に!?


 ざわつく女子たちの声を、背中で聞きながら俺は、


「本当におめでとう。今日から新会長だな。お似合いだよ。神山さんならきっと、いい学校にしてくれる」


「な、なんだよそんな、いきなりガチで褒めてきて。照れるじゃないかぁ」


 神山さんは、ちょっと赤くなって、俺の腰をパシパシ叩いてきた。


 校舎を出て、家路につく。

 川沿いの道をゆく。

 夕日が燃えるように赤い。


「ねえねえ」


 神山さんが、ふと言った。


「織芽さ、脇谷くんを最高の相棒だと思ってるんだけどさ。それなのに苗字で呼び合うってすごく他人行儀じゃないか?」


「え。……あ、ああ」


「それに鈴木さんとは名前で呼び合ってるんだろ? それ嫉妬。織芽、ヤキモチ焼いちゃうよ」


 ヤキモチ。

 神山さんの口から、そんな言葉が出るなんて。


 俺の心臓は一気に高鳴る。


「だからさ、脇谷くん。いや相棒。今日からさ、織芽たちはさ。……」


 そこで一瞬、声が切れる。

 彼女の顔を見つめる。


 赤い。

 夕日のためなのか。

 それとも――


「下の名前で呼び合わないかい? ……どうだい、孝巳?」


 恥ずかしかった。

 だけど、異論なんてない。

 あろうはずがない。


「じゃあ俺は、織芽、か? ……いいのかな、これ。織芽!」


「なんだい、孝巳。……う、うっふっふ……。相棒らしくなったねえ。バディだよ、バディ。……ふふ、孝巳。孝巳っ。これから学校でも、どこでも、何度でも呼ぶからね?


 ……孝巳!」


「……織芽!」


 俺は一生忘れないと思う。

 この日の嬉しさと、幸せを。


 神山織芽と、心が通じ合えたこの一瞬を。




 俺と織芽が付き合い始めるのは、じつにこれから、さらに1年以上も経ってからのことなのだが。


 それはまた、別の話だ。


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