第26話 中学生編(中編)・俺と勝ちヒロインがたったふたりの相棒になったその理由は

「俺が神山さんの生徒会長選挙を手伝う?」


「うん。脇谷くんなら学級委員だし、先生たちとも仲がいいし」


 仲がいいっていうか。

 教室に居づらいから、なにかにつけて職員室に出向いたり、先生の横にいることが多いだけだよ。


 先生の隣が好きってわけでもないけれど、クラスのやつらといっしょにいるよりはなんぼかマシだから。


「それに脇谷くん、成績もいいからさ。いてくれると助かること、絶対にあるわけさ。


 お願い、織芽を助けておくれよ、大将!」


 両手を合わせて拝んでくる神山さんを見ると、とても断りにくかった。


 それに、別に断る理由もない。

 生徒会選挙の手伝いをすれば、先生の覚えがめでたくなり、内申書の点数も上がる。生徒会に友達もできるかもしれない。そうすれば、いまほど周囲に馬鹿にされることも、なくなるかもしれない。


 自分でも嫌になるほど、打算的だった。けれども、人間って大なり小なり行動にメリットデメリットを考えるもんだろ?


「じゃあ、手伝うよ!」


「やっほー! サンキューベリーマッチだよ、脇谷くん! 頑張ろう! 11月の選挙まで、織芽の相棒でいてくれよっ!」


 相棒か。

 学校一の美少女の相棒認定とはありがたくて涙が出るね。実際、ちょっと心が弾むね。


 まあ、人気者の神山さんのことだ。

 他にもたくさん、手伝ってくれるひとはいるんだろうけれど。

 そのひとたちとも、うまく友達になれたらいいな。

 俺はそんな風に思っていた。




 その翌日である。


 給食時間が終わり、さあいまから昼休み。


 とはいえ、そんなに楽しい時間でもない。


 嫌なクラスメイトのひとりが、さっそく俺をからかってきた。


「おーい、わきやくくん。今日はなにするの? 寝たふりするの? 先生のところにいくの?」


 にやにやしながら、俺の顔を覗き込んでくる。


「……なんでもいいだろ」


「よくない、よくない。みんな友達とバスケとかするのに、なんでわきやくんはしないの? ねえ、なんで? 友達いないから? そうなんだろ? そうなんだろ?」


 俺を見て、笑っているのは、そいつだけじゃない。


 そいつの取り巻きまで、俺を眺めながらヘラヘラ笑っている。


 他のクラスメイトは見て見ぬふり。一部の女子が、眉をひそめているようにも見えたが、別に助けてくれるわけでもない。孤立無援とはこのことだ。


 俺はため息をつき、教室から出ようかと思った。


 もう、いい。

 もう、うんざりだ。

 そう思っていた、そのときだ。


「脇谷くーん!」


 教室の外から、神山さんが明るい声と共に呼びかけてきて、そのまま俺の前にやってきたのだ。


「やあやあ、相談があってきたよ。いま大丈夫? お話しましょう」


「え? あ、ああ……」


 俺は呆然としていたが、クラスのみんなはもっと唖然としていた。


 なんで?

 あの脇谷に、どうして神山織芽が話しかける?

 しかも、あんなに親しそうに。


 無理もない。

 学校のどこにも、ほとんど友達がおらず、まして俺に話しかける女子なんて、栞くらいしかいないというのがみんなの共通認識だった。


 それが、まさか。

 脇谷と神山織芽が友達?

 全員、驚愕していたのだ。


 大げさだが。

 人間関係って、そういうもんだ。


「か、神山さん。脇谷くんと友達なの?」


 俺をからかっていた男子生徒が、神山さんに尋ねる。


 いくらなんでも嘘だろう、という雰囲気で。


 すると、神山さんは小首をかしげて、


「んん、友達っていうのとは、ちょっと違うかなぁ」


 なんてことを言った。


 ……そうだよな。

 まだ知り合ってろくに時間も経ってないんだし、友達なんて言うのはおこがましいよな。俺もそう思うぜ、神山さん。


 からかい男子も、神山さんの答えを聞いて、満足したように口角を上げ、


「そうだよな、そうだよな。まさか神山さんが、わきやくんと仲良くするとかないよな! わきやくん、哀れ~!」


 また、男子生徒たちが

ヘラヘラ笑い出した。


 だが、すぐに神山さんは、笑顔のまま、


「相棒、かな」


「え?」


「脇谷くんは、織芽の相棒だよ。いっしょにいようって約束を交わした仲。……ね?」


「……あ、ああ。うん」


 どっ――

 教室がいよいよざわついた。


 神山織芽の相棒宣言。

 それは間違いなく、俺のクラス内の立ち位置を大きく動かす発言だったのだ。


「脇谷くん。なんかみんなが騒ぐから、ふたりで外にいかない?」


「う、うん。分かった」


「よし、レッツゴー」


 俺は神山さんとふたりで教室を出ていく。


 はぁぁぁ!? みたいな声が、教室から出てきて、俺の背中に突き刺さった。俺をからかってきていた男子だろう。


「いいの? 神山さん」


「なにが?」


「あんなこと言って」


「んん? 織芽、なんか変なこと言ったかな? ……あ、ここがいいや。こっちで生徒会選挙のことを話そう」


 生徒会準備室だ。

 この中にはきっと神山さんの友達が、何人もいるはずだ。そう思って俺は、覚悟を決めて入室したのだが、


「……あれ」


 誰もいないぞ。


「神山さん、他のひとたちは?」


「他のひと? んーん、誰もいないよ?」


「え? 選挙の手伝いをするの、俺だけ?」


「いまのところはね。さあ、この白紙に織芽たちの未来を書き込んでいこう!」


 そう言って、神山さんがA4用紙を差し出してきた。


『おりめとたかみの 会長選挙 勝利計画書』


「ちょっ……な、なにこれ!?」


「昨日、作ってきたんだけど。あれ、脇谷くんの下の名前って孝巳じゃなかった? 違ったかな?」


「いや、合ってるけれど。俺の名前を知っているなんて思いもしなかったし、それに」


 計画書のタイトルは蛍光マーカーとカラーペンで可愛く書かれてある。かなりの気合いの入りようがうかがわれた。


「だって脇谷くんとふたりで、頑張ろうと思ったんだよ。ふたりで生徒会選挙に勝って、楽しい学校にしようじゃないか!」


 また、白い八重歯を見せる神山さん。


 その明るい顔が素敵で、俺は思わず、笑顔になる。


 俺が学校で、こんな風に笑えるなんて、いつ以来だろう。


「さぁ、生徒会選挙に勝つための会議その1。どんなアイデアがありますかな? 出しちゃえ出しちゃえ~!」


 神山さんの明るい声音に、俺はすっかり気持ちが前向きになっていた。


 もう、打算はなかった。

 ただ純粋に、神山さんの力になりたい。

 そして、彼女を生徒会長にしたい。


 そう思い始めていた。




 その日の放課後。

 俺は神山さんとふたりで、家路についていた。


「脇谷くんと織芽の住む街って、隣町だったんだね。こんなに近くに住んでたとは思わなかったな」


「俺もだよ。……あ、ここだ。ここが俺の家」


 気が付けば自宅の前だった。


「へー、ここが脇谷くんのマイホーム。……休みの日とかここにいるんだね。普段、なにしてるの?」


「たいしたことはしてないよ。せいぜい漫画を読むくらいで」


「漫画読むんだ! なに読む? なに読む?


 織芽はね、あれ好き。『鬼刃乱舞』!」


「あっ、神山さんも『鬼刃乱舞』好きなんだな。俺もだよ。最新刊まで持ってる」


「マジで!? いいなー! 織芽ね、『鬼刃乱舞』大好きなんだけれど、親がうるさくてさ。あんなバトルだらけの漫画、読んじゃいけませんって言われて。だから友達の家でいつも読んでるんだけど……最新刊って21巻でしょ? 脇谷くん、持ってるの?」


「持ってるぜ。よかったら貸そうか?」


「ああ……借りたいけれど、めっちゃ借りたいけれどー。織芽の家、貸し借り禁止なんだよね。友達と貸し借りするのは、トラブルのもとになるからって」


「マジか。本当に厳しい家なんだなあ」


「……ねえ、脇谷くん。時間、まだある? よかったらさ、脇谷くんの家で『鬼刃乱舞』、読ませてくれない?」


「え! 俺の家で!?」


「そう。……ダメ?」


 神山さんが、困ったように笑いながらお願いしてくる。


 これは断れないな。

 断る理由もないし。


「分かった。でも親はいないけれど、妹はいるかもしれないぜ」


「大丈夫、大丈夫。ありがとね。じゃ、レッツゴー」


 そんなわけで俺は、神山さんを自室に招待してしまった。


 ほんの数日前まで、こっちが一方的に知っているだけの学校一の美少女を、家に呼びこむなんて。


 なんだか、俺のほうが緊張するぜ。


「ただいま」


 帰宅すると、妹の置き手紙がリビングの机の上に置かれてあった。


 近所に住む友達の家に、遊びに行っているらしい。あいつめ、こんな時間まで遊びか。でもいまは好都合だな。


「妹、いないや。じゃ、俺の部屋にいこう」


「オッケーオッケー」


 2人で俺の部屋に着く。

 昨日、たまたまだが掃除したばかりでよかった。変なものもないし。


「おお、これが脇谷くんの部屋ですか。いろいろ揃ってますなぁ。……あ、『鬼刃乱舞』発見!」


「さっそく見つけたね。いいよ、最新刊読んで」


「はい、読みまーす。……どこか座るところ、ある?」


「あ。……ええと、そこのベッドの上しかない、な。座布団も椅子もないし」


「じゃあ、ここに座るね。お気遣いなく」


 神山さんが、俺のベッドの上でくつろぎながら漫画を読んでいる。


 なんだか、不思議な気持ちだ。


 夢でも見ているようだな。


 神山さんは、テンポよくページをめくっていく。


 俺も、とりあえず『鬼刃乱舞』の1巻を手に取って、読むフリをしはじめたが、内心はなんだか気が気でない。


 俺、なんでこんなに落ち着かないんだ……。


「ねえねえ、脇谷くん」


「え? どうしたの」


「このページなんだけど、意味、分かる?」


 神山さんが『鬼刃乱舞』の最新刊について説明を求めてきた。


 俺は、彼女の隣に座り込み、本を覗きこんで、


「あ、ここね。ちょっと分かりにくいんだよな。ここはさ、炎の属性を持った敵が、水の属性に覚醒した味方キャラにやられかけるところでさ」


「ふむふむ」


「実はその覚醒には伏線があったんだよね。20巻で、大王サヴォロニカが負けたときがあっただろ? そのとき、サヴォロニカの腰のあたりについていた傷がさあ――」


 と、そのときであった。


「たかく~ん! お久しぶりだよ~! ねえねえ、今日家にイチゴのケーキがあったからさ、いまからいっしょに食べよ――」


 栞が。

 窓から入ってきた。


 そして。

 目が合った。

 俺たちふたりと。


 栞の目には。

 俺と神山さんが、ベッドの上でぴったりと足を密着させ、一冊の本を仲良く読んでいる景色が映っただろう――


「……!?」


 栞の目が大きく見開いた。


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