第25話 中学生編(前編)・俺が勝ちヒロインと出会ったあの日
中学2年生。
それは俺の人生でもっとも苦痛な時間だった。
昔から友達が少なかった俺だが、中2のときはその友達が完全に全滅。
クラスの中に誰も、仲がいいやつがいなかった。
むしろ、俺と険悪な人間ばかりが教室の中に揃っていた。
俺はなにかにつけて、
「わきやく」
「わきやく君」
「わきやくさん」
なんて、クラスの連中から笑われる始末。
授業中、先生から当てられたので、立ち上がって答えたところ、
「おっ、わきやく君がしゃべったぜー!!」
なんて、クラスのお調子者に茶化されて。
ここで怒りをぶちまけようものなら、逆に俺が悪者にされる。
先生からさえ「その程度で怒るな」なんて注意される。
だから黙っているしかない。
いいのか悪いのか、こいつらは俺に対して暴力を振るったり、ものを取ったりはしなかったので、いわゆる『イジメ』になるかどうかは際どいところだった。
少なくとも教師は、ときどきお調子者を注意するくらいで、俺を助けたりはしなかった。
助けようもなかったんだと思う。
なにしろ俺に、被害はないわけだからな。
あるのは精神的な苦痛と、孤独だけだった。
話す相手がいなかった。
1年生のときは、栞が話し相手だったが、2年生に昇級してから、俺は2年1組。栞は2年5組。教室も離れていた。
学校にいる間、会う機会はとことん減っていた。
昼食も給食だったから、なおさらだ。
そして、かえではまだ小学6年生だった。
歌音は確か4組で、俺と知り合ってさえいない。
瑠々子はこの年の冬に、3組へと転入してくる。
要するにこの時期の俺は、完全無欠のぼっち学生だったわけだ。
そんな生活を送っていた、中学2年生の秋だった。
俺はクラスで学級委員を押しつけられていたため、担任からいろんな雑務を申しつけられる。
その日の昼休みも、コピー用紙を生徒会準備室に届けるように頼まれていた。
校舎の窓から外を見ると、仲の悪いクラスメイトたちが、みんなでサッカーをして遊んでいる。
あっちは仲良く青春を謳歌って感じなのに。
なんで俺だけ、こんな目に……。
そう思いながら、生徒会準備室のドアを開けると、
「よーし、それじゃスタート。楽しい楽しい光京中学生徒会へ、ようこそ~っ!! …………」
「…………」
女の子が、笑顔でくるくる回りながらしゃべっていた。
それも、ひとりで。
くしゃくしゃのクセっ毛をセミロングにしている。やや吊り目気味の、猫を思わせる顔つきは、よく見ると充分整っていて、美少女といっていいルックスだ。
「…………」
「…………」
目が合った。
俺は黙って、コピー用紙を室内の机上にぽんと置くと、彼女と目を合わせずに、
「お邪魔しました。すみません」
「待って待って待って!! ねえ、いま変な子だと思ったでしょ? 違うからね? いろいろ事情ってもんがあるわけなのさ!」
女の子は、顔を真っ赤にしながら俺との距離を詰めてきた。
ち、近い近い近い。
栞以外の女子とこんなに接近したことがなかった俺は、思わず何歩も後ずさったが、
「お願いお願い、引かないで。ご心配なく。怪しいものでは決してございませんから。
ほーら、凶器なんか持ってなーい。これでこっちの潔白が証明できたかな?」
彼女は両手を開いて、くるりとまたひと回転。
確かになにも持っていない。
武器なんか、なにもない。
というか、別にこちらは武器を持ってるだろうとか一言も言っていないわけだが。
「種も仕掛けもございません。どこにでもいる普通のJCでございます。だから変なひとだと思ったりしないで、ヴァッ!?」
しゅるるる!
彼女の、長袖シャツ右手首から、万国旗が噴き出してきた。
「ち、違うんだよ? これは練習のために仕込んでおいただけで、いつも万国旗を持っているわけじゃ、ヴァッ!?」
しゅるるるる!
今度はシャツの左手首から万国旗が飛び出してきた。
「どどどどど、どうしよう。脇谷くん、なんとか、なんとかして!」
「なんとかって言われても……ん? ……いま、俺の名前、呼んだ?」
「? 呼んだよ。1組の脇谷くんでしょ」
「俺のこと、知ってるの?」
「そりゃまあキミは、学級委員をやっておられるからねえ。それに1年生のとき、ちょっとだけしゃべったことあるんだよ? 覚えてない?」
「いや。……お、覚えているよ」
そう。
冷静になると、俺は彼女のことを知っていた。
彼女は1年生のときから目立っていた。
生徒会の書記に立候補して、見事当選したってこともあるが、それ以上に、ルックスが。
うちの中学校で一番の美少女として、その顔と名前は多くの生徒が知っているのだ。
「
「覚えててくれたあ! ヒャッホー、サンキュー! よかったぁ。織芽のこと、忘れられていたらショックだったよー!」
ニッコニッコニッコ。
神山さんは、吊り目を細めて、本当に嬉しそうに笑った。
白い八重歯が印象的な笑顔だった。
「あのね、織芽ね、今度の生徒会長選に立候補するつもりなんだよね。だからここで、あいさつの練習してたわけで。あいさつをするならやっぱりインパクト! というわけでこういうことをしていたわけでね。……決して妙なことをしようとしていたわけではございません。そのへん、どうか分かってくださいな」
「そうなんだ。事情は分かったよ」
妙なのは間違いないと思うけれどな。
シャツの両袖から万国旗を出している神山さんを見つめながら、俺はジト目になった。
このあいさつで生徒全員の心をつかむつもりか、神山さん。
しかし、会長選挙か。
さすが神山さんだ。そんなのに出るなんて、積極的だなあ。
とはいえ。
俺とは関係のない話だ。
「……じゃ、俺はこれで。選挙、頑張ってね」
そう言って、回れ右したのだが、
「えー、待って待って。ちょい待ちだよ、脇谷くん」
「え?」
「キミがこうして織芽の秘密を知ったのも、なにかの縁」
知りたくて知ったわけじゃ……。
「ぜひぜひ、今度の生徒会長選挙。織芽のことを手伝ってくれないかな?」
「え!?」
俺が!?
神山さんの選挙を……!?
――思い返すと、なんだかアホらしい出会いというか。
厳密に言うとこれが初対面ではないのだが、1年生のときのおしゃべりなんて、したかどうかも記憶にない話だ。
俺にとって印象深い記憶は、間違いなくこの瞬間だった。
そう、これが。
俺と織芽が出会った、事実上、最初の瞬間だった。
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