第24話 過去とトラウマといまの幸せ
「孝巳くん。その推理、途中までは正解」
翌朝。
A組の教室で、栞、歌音、瑠々子といういつものメンバーに囲まれた俺は、昨晩の出来事をみんなに報告した。
すなわち、織芽はまた引っ越した。
だから、俺の手紙が届かなかったのだという推理も披露した。
しかしその推理を聞いた瑠々子は、ゆっくりと首を振り、「半分まで正解」と告げたのだ。
「半分までって、どういうことだよ、瑠々子」
「織芽さんが、北九州市から福岡市にまた引っ越したのは、そうだと思う。けれども、孝巳くんが出した手紙が、それで届いていなかったと考えるのは、悪いけれども推理ミス」
「どうして? るるちゃん」
「そういう理由でもし、孝巳くんの手紙が向こうに届いていなかったのであれば。
……そうなれば、孝巳くんの手紙は、普通、あて所不明で返ってくるはず」
「そう……そうね。郵便が受け取られなかったら、普通は返送されてくるわよね」
歌音が、うんうんとうなずく。
「そう、なのか?」
俺はキョトンとした。
ハガキや郵便を送ることがほとんどないから、俺にはそのへんの知識がまるでない。
「私は一時期、遠方に住むイトコと手紙のやりとりをしたことがある。だから、少しだけ知っている」
「るるちゃん、文章を書くのが好きだもんね。でも、そうか~。そうだよね。届かなかった郵便、まさか郵便局が捨てるわけないもんね。どこかに届くはずだもんね」
「織芽さんの家がどうしているかは分からないけれど。
転送届というものがある。引っ越しをしたときに、転送届を郵便局に出しておけば、古い住所に届いた郵便は、新しい住所に転送されるようになる」
「便利なのね。……じゃあ、北九州の神山家に届いた孝巳の手紙は、たぶん、福岡市の新しい神山家に転送されたわけね?」
「可能性はある」
「……そうか……」
俺は、小さくうめいた。
すると、瑠々子は気持ち高めの声を出して、
「いちおう、郵送事故ということも考えられる。郵便が、郵便局のどこかに眠っていたり、あるいは郵便局の人間が、配達をさぼっていたり。ときどき、ニュースにもなっている」
瑠々子はそう言ってくれたが、それが俺に対するフォローであることは痛いほど分かった。
郵送事故なんて、そうそうありえるもんじゃない。
俺の手紙は、やっぱり織芽の家に届いているんだ。
だけど、返事は来ない。
……分かりきっていたことだ。
電話もラインも完全スルー。
栞たちのラインさえスルー。
手紙も、届いているはずなのに返事をよこさず。
この事実から、導き出される答えなんて、たったひとつじゃないか。
「会いたくないってことだな」
「たかくん」
「もう、俺とは……」
はは、と乾いた笑いが出てくる。
それしか考えられない。
新しいところに行って、新しい友達なり、新しい彼氏なりができて。
それで、遠くにいる元カレのことなんか、どうでもよくなって。
だからすべてをスルーした。
分かりやすい話だ。
恋愛漫画で、何度か見た流れだ。
でも。
それが。
自分に起きるとはなあ。
ははっ……。
「先生が来たぞー」
田名部の声が、どこからか聞こえた。
その声を合図に、クラスメイトたちはいっせいに自席へと戻る。
栞たちも戻った。
やがて先生が教室に入ってきて、ホームルームが開始される。
そして1時間目の授業も始まったが、俺の頭は上の空だった。
3時間目の授業は、体育だった。
着替えは当然、男女で別れる。
栞たちは隣の教室へ。
俺たちの教室には、隣のクラスの男子生徒たちがやってきた。
そのときである。
田名部が声をかけてきた。
「よう。お前さん、なんかあったのか?」
「なんでだよ」
「どうも今日のお前さん、朝から暗かったからな」
悪かったな、と毒づきたくなったが、田名部なりに心配してくれているのに、毒を吐いたらいけないと思った。
「前に、遠距離の彼女がいるっていっただろ? その彼女に、いよいよフラれたらしいんだ」
「お前さんが?」
「そう、俺が」
「あっははは、そうかそうか、お前さん、やっとオレのほうに来やがったか。これで親友になれるってもんだ、あはははは」
「そんなに笑うことねえだろ」
俺は、さすがにちょっと嫌な顔をしたが、
「まあまあまあ。いいだろうが。いつもお前さんの周囲には可愛い女子がいたからなあ。これで彼女ともうまくいってたら、お前さん、可愛げがなさすぎるぜ」
田名部はげらげら笑う。
しゃべりながらも、着替え終わった。
俺たちは、体育館へと移動する。今日は体育館内でバレーボールをするらしい。
体育館にたどり着くと、女子たちの何人かがもう到着していて、倉庫からボールを出してきたりしていた。
栞たち3人も、もうやってきていた。
他の女子生徒たちといっしょに、バレー用具を準備している。
「ま、いいんじゃないの?」
田名部がふいに言った。
「お前さんは、他に彼女候補がいくらでもいるだろ。鈴木さんに、天照台さんに、扇原さん。みんな可愛いし、お前さんに優しいだろ。誰か適当にくっついたらいいじゃん。うらやましいぜ」
「適当にって、そういうわけにはいかねえよ」
そんな軽い気持ちで、栞たちと付き合うわけにはいかない。
そういえば、田名部は知らないんだったな。昔、俺が栞たちをフッたことを。
知られたらまたえらいことになりそうだから、言わないけどさ。
栞たちだってそんなこと、クラスの男子に言いふらされたくないだろうしな。
「ぜいたくな話なんだぜ? 彼女にフラれたと思ったら、すぐ近くに仲の良い女の子が何人もいるなんて。いいよなあ、オレ、そういうのねえもんなあ」
「気持ちは分かるけれどな。俺だって、中学2年生の秋までは、まともにしゃべれる女子なんて、栞だけだった。
その栞だって、中2のときは別のクラスだったから、本当にしゃべる相手がいなくて困ったもんだ」
「ぼっちだったってことか」
「ああ。スーパーぼっちだった」
そんなことをしゃべっていると、他の男子や女子たちも体育館に集まりだした。
そして栞たちが、俺のことに気が付いて、こっちのほうへやってくる。
「たかくん、こっちこっち。今日のバレーは男女混合で、メンバー分けは自由にやっていいらしいよ。いっしょにやろう?」
栞はいつもの笑顔だが、よく考えると、体育のときに『好きなひととチーム作って』で確実にあぶれないのってマジでありがたいよな。
本当にトラウマなんだが、中2のときは、マジで……ああ、思い出すの、やめよう。胃が痛くなる。
「栞、バレーは男女3人ずつの合計6人でやるそうよ。男をあとふたり、連れてこないと」
歌音がそんなことを言ったので、
「じゃあ、田名部。俺たちといっしょにやるか?」
「マージか!? いいの? マジでいいの? サンキュー。天照台さんたちと組めるなんて、感激すぎるぜ。よーし、男子はあとひとりだな。適当に連れてくるから待ってろ!」
また適当か。
田名部はマジで適当が好きだな。
「孝巳くん。田名部くんと、親しい?」
「ん? ああ、まあまあかな。みんなほどじゃないけれどな」
瑠々子の言葉に応えながら、俺は改めて、周囲に友達がいるありがたみに感謝しなければと思った。昔を思えば、これは本当に涙が出るほどありがたいことなのだ。
……昔、か。
また俺は、昔のことを考えている。
いけないな。
いいかげん、前を見ないと。
それでも――
「おーい、仲間を連れてきたぜ」
そういって田名部が、男子生徒をひとり連れてきた。
こうしてチームは決まった。体育の授業が始まる。
授業中、俺はそれなりにバレーボールへ集中しながらも。
心は、あの時代に。
織芽がいた中学時代に飛んでいた。
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