第22話 幕間・天照台歌音は彼のことが好きすぎる

 天照台歌音は、考える。


(……恥ずかし、すぎる……)


 温泉にて。

 孝巳の前に出てしまった。

 それも全裸で。


(なにやってんのよ、あたし!  どうしたのよ、あたし……!)


 ベッドの上にて。

 抱きマクラをぎゅっとしたまま、ジタジタ、ジタジタ。


(くっっっそ恥ずかしいんだけど!? あたし、のぼせていたのよ、そうとしか思わないわ! でも、でも、だけど)


 デモデモダッテ、を脳内でリフレインさせながら。


 けれどもあのときは、そうするしかなかった、とも思うのだ。


(だって栞も瑠々子も、出ていかないんだもん。あんな雰囲気じゃあたしだけ出ていけないでしょ!?)


 ……本当にそうなのか?

 場の雰囲気に流されただけか?


(……違う……)


 自分で思う。

 前に出たかったのだ。


 栞にも瑠々子にも負けたくない。


 もちろん、孝巳の記憶の中にいるであろう、織芽にも負けたくない。


 自分を前に出したかったのだ。


 孝巳に、自分を好きになってほしいから。


 ツンツンしているだけじゃ、ダメだから。


「だからって、裸さらしたのは、どうかと思うけどさぁ……」


 思い出すだけで、羞恥のために赤くなる。


 自分はそんなに安くない。

 あっさりと裸体を押しつけるような、そんなマネ、普通はしない。しないのだ。しないのだ。しないのだ。何度でも断言する。普通はしないのだ!


(あんなの、孝巳だけよ……)


 孝巳だからこそ。

 あんなことをしてもいいと思った。

 孝巳になら、見られてもいいと――


「んあああああああああああああああああああああああ!!」


「Kanon! Please be quiet!(歌音、静かになさい!)」


 絶叫。

 直後に、母親からの叱責。

 部屋のすぐ外にいたらしい。


「What happened.Did you find a cockroach in your room?(どうしたの。部屋でゴキブリでも見つけたの?)」


「It's nothing.Sorry mama(な、なんでもないわ。ごめんね、ママ)」


 イギリス人の母親に返事しながら、今日の自分の行動は、厳粛な両親がもし見ていたら、叱られるだけじゃ済まないだろうな、と思った。


 へたをすると、夏休み中、母方の祖父母の家に送られて、朝から晩までみっちりと、男女関係について教育されかねない。


 歌音は、孝巳と出会う前から、男子生徒からの告白をさんざん受けていた。それこそ小学生のころから、何度も何度も。


 それを断っていたのは、日ごろはおおらかでも、いざという部分、特に男女交際の面では極めて厳しい両親の教えがあったからだ。


 だけど。

 そんな自分が。

 孝巳のことになると、変になる。


 もう、どうなってもいいから、好きにしてほしいとさえ思う。


「このあたしを、こんな風にさせておいて……。織芽、織芽って。ばか孝巳……」


 ばか。

 ばか、ばか。

 本当に、ばかじゃないの?


 何度も脳内で、孝巳を罵倒しながら、それでも、この気持ちの高まりは消えない。


「……もっと、デレなきゃ」


 けっきょく。

 歌音は、そういう結論に達した。


 いつもツンツンしてしまう自分。

 もっと孝巳にデレないと。もっと優しくしないと。もっと、もっと。


「……でも、それでまたフラれたら、どうしたらいいのよ。優しくして、せいいっぱいデレて、……裸まで見せて、それでフラれるなんてことがあったら、あたし、あたし……」


 I can't marry you anymore.(もうお嫁にいけない)


 この言葉。

 最初に聞いたときは、なんだか嫌な言葉だと思った。


 結婚できないからなによ。嫁って漢字も差別的。

 まったく、くだらない。過去の遺物のような言葉だわ、と。


 それなのに。

 いま、その言葉の意味が、理屈ではなく感情で少しだけ理解できた。


 前に出たい。

 でも、出たら恥ずかしい。

 前に出て、ダメだったら、もう生きていられない。


 それくらいに。

 歌音は、孝巳が好きだった。


「孝巳。……少しでいいから、あたしの気持ち、気付いてよ。……受け止めてよ……」


 窓の外から射し込まれる、月の光を見つめながら。

 歌音はぼんやりと独りごちた。

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