第21話 負けヒロインたち、混浴回でいっせいに突撃しはじめる

「ご、ごめん!」


 とにかく俺は謝った。


 叫ぶ歌音。

 目を見開く瑠々子。

 赤くなる栞。


 3人はそれぞれの反応を示していたが、俺はそんな栞たちに対して、


「出ていくタイミングがなかったんだ。悪かった。俺、すぐに出るから――」


 そう言って、お湯の外に出ようとしたが。


 がしっ。


 と、左腕を、つかまれた。

 栞に。


「……別に、出たくないなら、出なくてもいいんじゃない?」


「「え!?」」


「……!?」


 栞の発言に、びっくりする俺と歌音。……と、怪訝顔の瑠々子。


「先に入っていたのは、たかくんだし。気が付かなかったわたしも悪いし。……それに、わ、わた、わたし」


 栞は、何度も噛みながら、


「わたし、たかくんとだったら、いっしょに温泉に入っても、いいよ?」


「「!?」」


「……」


 俺と歌音、揃って感嘆符疑問符を出す。瑠々子は顔を赤くしはじめている。


「お、おかしいわよ、そんなの。栞、どうかしたんじゃないの? なんで、孝巳といっしょだなんて……」


「いいの。だってわたし、たかくんとは何度もお風呂に入ったことのある仲だから。


 ね? たかくん!」


「あ、ああ……」


「やった~。じゃ、久しぶりにたかくんとお風呂だよ~」


 そう言って、じゃぶじゃぶとお湯の中を移動する栞は、俺のすぐ右側までやってきて、ぎゅっと俺の腕をつかみ、


「こうしていると、昔を思い出すね」


「うん」


「幼馴染だからね。いっぱい、思い出あるもんね」


「うん」


「……ちなみに、おりちゃんといっしょにお風呂、入ったこと、ある?」


「ううん」


「ふ、ふふ、うふふふふ。……やった、やった、やった。……ね、もっといっしょに入ってよ。もっとこっちに来てもいいよ、たかくん」


「うん」


 温泉が熱すぎて、あとシチュエーションがおかしすぎて、のぼせてしまいそうだ。


 だがそんな状況でも俺は、右手に伝わる栞の手のひらの感触に、ついふらふらと、彼女に身も心も委ねそうになって、


「ま、待ちなさ――」


「待って」


 歌音がなにかを言いかけたが、それを瑠々子がさえぎった。


 瑠々子は、いつも通りの無表情だったが、しかし俺から目をそらしながら、明らかに温泉とは別の理由で顔を赤くさせつつ、


「私も、このまま、ここに残る。孝巳くんといっしょにいたい。思い出を、作りたい、から」


 もう充分すぎるほど思い出になっているが!?


 やがて瑠々子は、そっと俺の左側にやってきて、お湯の中で、俺に左手の甲に、人差し指をくっつけてきて、


「ごめん、なさい」


「え」


「いまは……これが、精一杯。……恥ずかしい……」


 蚊の鳴くようなという表現がピッタリなほど、小さな声だった。


「る、るるちゃん、大丈夫?」


「そ、そうだぜ。別に無理はしないほうが」


 俺と栞が、瑠々子の体調を気遣うが、瑠々子は無言のままである。どうしても、ここに居続けたいらしい。


「ちょ……ちょっとなによ、栞も瑠々子も、おかしいんじゃないの!? こんな狭い温泉で、こ、こぉ、混浴、なんて……!」


 歌音が、至極もっともなことを言う。


 俺もまったく同意見なのだが。


「た、たかくんに、アピールしたいから……」


「織芽さんにも栞さんにも負けないくらいの、思い出を……」


 両脇にいる栞と瑠々子の気持ちが伝わってくると、もう俺だけ出ていけるようなムードではなくなってきた。


「かのちゃんはいいよ。外に出ても」


「むしろ脱出を推奨。……暑いから」


「確かに……暑い。いろいろと暑すぎる」


「な、なによなによ、みんなしてあたしを仲間はずれにして!  あたし、拗ねるわよ!?」


「いつも拗ねてるじゃんか、歌音は」


「うっ……く、うう……」


 歌音は進退窮しんたいきわまったという様子で、次の言葉を出せないようだったが、やがて、


「そ、そうよね。こういうときに怒るからあたし、負けちゃうのよね。いつもそう……」


「え?」


「……いいわ。そうしたほうがいいのなら、あたし」


「歌音?」


 なにを言っているのか分からず、名を呼ぶが、歌音は俺の怪訝顔など意に介さず、


「あたしだって、本当はこうしたいから」


 決意したような表情で、俺の目の前に、……うええ!?


 眼前、目測30センチ。


 歌音がいる。

 まっさらな素肌を、俺の目の前にさらしている。


 それはもう、見るなというほうが無理な話で。


「……ど、どう?」


 歌音が上目遣いに尋ねてくる。


「ど、どうと言われても」


「これ以上は、しろって言われても無理よ? 無理、だけど。アンタが喜ぶなら、少しでもアンタの気を引けるなら、あ、あたし。あたし――」


 神は俺を殺したいのか!?(二度目)


 目の前には歌音が。

 右手には栞が。

 左手には瑠々子が。


 3人が、俺に全身を密着させんばかりだ。


 なんで!?

 3人とも、こんなキャラじゃなかっただろ!?


 栞はもっとホンワカした子だったし、瑠々子はおとなしかったし、歌音はもっとツンツンして、絶対にこんな、全裸をこすりつけてくるようなマネはしなかったはずだ。


 それなのに、それなのに!


「たかくん。気持ちいい?」


「感想くらい、言いなさいよ」


「……私は、とにかく、孝巳くん、と、混浴ができて、幸せ」


 紛うことなき美少女3人にぐるりと囲まれて、そのうえ、熱い温泉に体中を浸して。


 そこで俺は気が付いた。

 俺だけ、4人の中で入浴時間がちょっとだけ長いのだ。


 栞たちがここに来るよりも早く、入浴して、たっぷり肩まで浸かっていたんだからな。


 そのあとは、鼻のあたりまで浸かり、存在がバレるかバレないかで、そりゃもうヒヤヒヤして、心臓がバクバクで。


 そんな俺が、こんな状況に陥ったらどうなるか。


「はべっ」


「たかくん?」


 ……ぐにゃり。


 視界が歪んで、目の前が真っ暗になっていき――


「孝巳、ちょっと、孝巳!」


「のぼせている。早く湯の外へ」


「たかくん、しっかりして。いま助けてあげるからね~。たかく~ん!」


 そんなわけで。

 俺は意識を失った。




「牛乳うめぇー……」


「馬鹿じゃないの? こんなことになるくらいなら、もっと早くに温泉から出なさいよ」


 畳の上にヘタリこみ、冷たい牛乳をガブ飲みしている俺の目の前で、歌音が腕組みしている。


「そんなこと言ったって、グフ、歌音たちが、ゲップ、俺の前にくるから、おっぷ」


「あー、ちょっと、ゲップやめてよもう! 落ち着いてからしゃべりなさい。心配させないでよ……」


「でもたかくんが、たいしたことなくてよかったよ~」


「ゴーッ」


 最後の音は、瑠々子が長い黒髪をドライヤーで乾かしている音である。


「あ、アニキ~。それに先輩方も、ここにいたんスね~。ね、見て見て、クレーンゲームでこんなに人形とっちったァ~!」


 かえでが人形をいくつも抱えて戻ってきた。


 こいつが栞たちを、ここに案内しなければ、こんなことには……。


 と、一瞬思ったが、でもまあもみじに悪意があったわけじゃないし。そもそももみじは、たぶん俺を励まそうとして温泉に連れてきてくれたんだしな。


「よかったな、もみじ」


 俺は薄い笑みを浮かべた。


「うん!」


 もみじは、子供みたいにはにかんだ。


「それでどうするの? なんか強制脱出みたいになっちゃったけれど、あたしたち、もういっぺんお風呂入る?」


「私はいい。もう髪を乾かしたから」


「だったら、わたしはいこうかな。……たかくんも、もう一回入る? ふふ」


「い、いやいい、大丈夫だ!」


 栞の、ちょっといやらしい感じの笑みといざないに、俺は慌てふためいて、……ほんと、栞ってこういうキャラだったっけ!?


「栞さん……」


「ちょっと、栞。アンタなに言ってんの! 入り直すならさっさといくわよ、もう!」


 栞の変化に、瑠々子も歌音も少し戸惑っているようだったが、しかし歌音は、家族風呂から出ていく途中、すぐに思い直したように、


「で、でも、孝巳。……どうしても、もう一回あたしと入りたいなら、……入ってもいいんだからね」


 部屋から出ていく寸前に、俺にだけ小さな声でそう言った。


 入っていい!?

 な、なに言ってんだ。


 ここで改めて、栞と歌音と瑠々子。


 3人と混浴したときの、みんなの裸体を頭に思い浮かべ、俺は――


「ぎ、牛乳だ!」


「おお、アニキつえ~。やるゥ~」


「孝巳くん……。すごい」


 俺はますます頭に血が上り、グビグビグビと、冷たい牛乳を一気飲みするのであった。

 

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