第16話 いま黒髪ロングが熱い! と黒髪ロング女子本人が推してくる

 夕飯を終えたあと、かえではひとりでゲームをやり始めた。


 時刻はまだ、午後6時20分だ。

 このまま家にこもるのも、ちょっと退屈だった。


「かえで、俺ちょっと出てくる」


「どこへ?」


「駅ビル。別に用はないけれど」


「帰りにアイス買ってきて。ストロベリーね」


「オッケー」


 そう言って俺は外出し、駅ビルまでやってきたのだ。


 こういうとき、家が駅の近くにあってよかったと思う。


 駅ビルの中には、当たり前だがひとがたくさんいる。

 みんなで買い物をしたり外食をしているわけだ。


 俺は書店にやってきた。

 特に目的はないが、読んでいる漫画か、推し作家の新刊でもあれば買いたいもんだ。


 あるいは新規開拓も悪くない。

 と、そう思っていると、


「孝巳くん……?」


 名前を呼ばれたので、振り返ると、瑠々子が立っていた。


「瑠々子。どうしたんだよ、こんなところで」


「本を買いにきた。それと食事。今日、両親が留守だから」


 瑠々子は艶やかな黒髪ロングが映える、白のブラウスに赤いロングスカートといういでたちだ。


「制服姿じゃないってことは、俺同様、一度家に帰ってるな」


「そう。……孝巳くんに会うことが分かっていれば、ブレザー姿のままでいたのに」


「え? な、なんで」


「どうしてって」


 瑠々子は、ちょっと小首をかしげて、


「好きなんでしょう? 女子高生の制服姿」


「え!? いや、そう……かな?」


「中学のときに言っていた。うちの学校の、女子の制服は可愛いって」


「そういうことか。いや、まあ、そう……だけど、ははっ」


 制服姿が好きとか言ったら、ヤバいおじさんみたいじゃないか。


 いや、まあ……。

 制服姿の女の子、好きですけれど。


 可愛いから!

 なぜってめっちゃ可愛いから!!


「今度から、駅ビルに来るときはずっとブレザー姿で来る。また孝巳くんにばったり会って、喜んでもらいたいから」


「いや、そこまでしなくていいけれど。私服姿の瑠々子も、充分素敵だと思うぜ?」


 これは本音だった。

 清楚なブラウスと、明るめの赤いスカートが、クールフェイスの瑠々子によく似合っている。


 そのスカートも、足首のあたりまで伸びたロングなのが、背が高く足も長い瑠々子の佇まいにピッタリなのだ。


「…………」


 瑠々子は、じっと黙っていたが、やがて、少し赤くなって、


「ありがとう」


「おう」


 俺はニッコリ笑ったが、しかし瑠々子、よく覚えているなあ。


 うちの制服が可愛いなんて、俺自身も発言をすっかり忘れていたぜ。


 俺にとっては何気ない言葉でも、他人はしっかり記憶しているって、あるんだな。


 まあ、俺も他人のしょうもないことをよく覚えているって言われるから、ひとのことは言えないが。


 おもに歌音のパンチラとか。あとパンツとか。それと歌音のやらかしとかパンツとか告白とか。


「歌音さんのことを考えている顔をしている」


「う。わ、分かる?」


「なんとなくだけれど」


「いや、ちょっと昼休みに歌音と揉めたから、それを思い出したんだ」


「孝巳くんと歌音さん、いつも揉めている」


「だいたい、向こうが突っかかってくるんだよ」


「知ってる」


 瑠々子は、クスッと笑った。


「私も、歌音さんみたいに孝巳くんとケンカをしてみたい」


「よしてくれよ。あんなのが学校にふたりもいたら、俺はたまらないぜ」


「それもそう」


「そうなんかい!」


 俺は思わずツッコんだ。

 瑠々子は、またクスリと笑った。


 瑠々子は実によく笑うようになった。


 中学で初めて会ったときは、ろくにしゃべらず、笑いもせず、人形のような子だなと思っていたけどな。


 実はいまでも、そういう部分はあまり変わっていない。高校に入っても、瑠々子が俺たち以外の生徒としゃべっているのは見たことがないし、笑っているのはもっと見たことがない。心さえ開けば冗談だって飛ばす瑠々子なんだが、開くのに時間がかかる子なんだな。


 まあ、栞たち以外とあまり話さないのは俺も同じだが……。


「ところで、瑠々子はどんな本を買いにきたんだ?」


「推理小説の新刊。それと、他になにか面白そうなものがないか見にきた」


「そうなのか。いいのがあったら、教えてくれよ。新規開拓したいんだ」


 瑠々子のおすすめは信用できる。


 中学時代、ろくに本を読まなかった俺を、そこそこの読書好きにしてくれたのは瑠々子のおかげだ。


 漫画にラノベにライト文芸、推理小説に歴史小説に時代小説、SF、恋愛もの、ヒューマンドラマ、ノンフィクションまで。


 瑠々子がおすすめしてくれた本はどれも読みやすく、とっつきやすく、そして面白かった。


 瑠々子と出会わなかったら、1ヶ月で本屋に行く回数がいまの半分にも満たなかっただろうな。そうしたら、人生はいまよりずっと退屈だっただろうぜ。


 だから俺は、瑠々子の本のおすすめに全幅の信頼を寄せているのだ。

 

「おすすめ……。どんなジャンルをご希望?」


「なんでもいいぜ。いま本に飢えてるからな」


 俺は、笑いながら、


「瑠々子がおすすめしてくれた本なら、ずっぽりとはまる自信があるぜ」


「ずっぽり」


 瑠々子の目の色が変わった。


「と、はまる……」


「ああ、はまると思うよ」


「…………」


 瑠々子は、無言のまま、さっと黒髪をかきあげると、


「合点承知の助」


「はい? なんて?」


「了承した、という意味」


 瑠々子は、チラッと俺の目を見ると、


「私にお任せ」


 それだけ言い残して、本棚の海の中へと、猛烈な速度で、しかしあくまでも歩きながら溶け込んでいった。


 ひとにぶつかりそうになったら、スッスッスッと綺麗に避けていくあたりがすごい。でも本屋さんの中をあんなに急いじゃいけないぞ。


「お待たせ」


 さほど待ちもしないうちに、瑠々子は俺のもとへ戻ってきた。そして、本を何冊も俺のほうへと差し出してくる。


「これがおすすめ」




『いま黒髪ロングの女の子が可愛い! 改訂版』


『うちのクラスの黒髪ロング読書好き女子がかわいすぎるんだが?』


『読書好き彼女のススメ』


『あきらめよう! 遠距離恋愛だけはNGな理由ベスト100』


『別れて!! ~彼女持ち男子を好きになってはダメですか? 必死に片思いを続ける女子100人のけなげさを知れ!~』




「これが、瑠々子のおすすめ、なの?」


「そう。是非読んでほしい」


 なんていうか、いろいろと、ものすごい”圧”を感じるのは俺だけ?


 特に最後の本とか表紙のフォントがすごいし。別れて!! と、けなげさを知れ! の字体が、もう必死というか、著者の目が血走っているのが透けて見えるレベル。


「それと黒髪ロング多くない?」


「いま黒髪ロングが熱いから」


 しれっと言う瑠々子。

 本人が黒髪ロングなのは言うまでもない。


「おすすめ、ありがとう。けれど、いっぺんに5冊は読めないし買えないぜ。せめて、どれか1冊だな」


「できれば全部読んでほしいけれど。……あ」


「どうした?」


「名案を思いついた」


 瑠々子は、書店の隣で営業しているカフェを指さした。


「あのカフェは、この書店と提携している。この書店に置いてある本ならば、持ち込んで読むことができる」


「へえ、新品の本でもいいの?」


「近ごろはわりとよく見るサービス。このサービスを使えば、本を読むことができる」


「そっか。じゃ、2人であのカフェに行って飲み物とか注文して、本を読むとしようか」


「承知」


「じゃ、行こうぜ。……そういえば俺たち、ふたりきりでカフェとかに行くのは初めてだな」


「…………」


 瑠々子が目を見開いた。


「いつも栞や歌音がいっしょだったからな。ま、たまにはこういうのもいいだろ」


「……そう、たまには、いい」


 瑠々子の頬が、明らかに赤くなっていたが、……暑いのかな?


 駅ビルの中は、人が多いからな。


 さて俺たちは、5冊の本を抱えて、隣のカフェ、『スターフォックス』へとやってきた。


 俺はもう夕飯を済ませていたから、ブレンドコーヒーにしておいたが、瑠々子は夕飯も兼ねているということで、カフェラテの他に、ローストビーフのサンドイッチも頼んでいた。


「夜がサンドイッチだけで足りるか?」


「私にはこれで充分。むしろ多いくらい」


「少食だな。まあ、瑠々子は昔からそうか」


 中学時代も、給食をそんなに食べていたイメージはない。


「それよりも、孝巳くんと本を読みたい。私も中身が気になるから」


「この5冊、瑠々子も読んだことがないのか?」


 てっきり、全部読んだうえでおすすめしてくれていると思ったのに。


「それは、タイトルで選んできたか――いえ、ネットの書評やレビューで評価が良い本だったから、気になっていて」


「そういうことか。『別れて!!』の評判もいいのか。タイトルだけ見たら怖い本にしか見えないけれど、病んでるなあ、世の中……」


「ひとを見た目で判断するのはよくない。同じように、タイトルだけで本を判断するのもよくない。まずは中身を見てみるべき」


「それもそうだな」


 と、俺は明るく言ったけれど。


 しかし、昔俺に告白してきたけれどフッた女の子とふたりきりで、『別れろ!!』なんて本を読むのは、なにかヤバいような気もしたが……。


「孝巳くん」


 そのとき瑠々子が、ぽつりと言った。


「孝巳くんは、このカフェで本を読むのは初めて?」


「ああ、こうして本を持ち込めるのも知らなかったんだからな」


「……じゃあ、女の子と、ふたりで本を読むのも初めて?」


 瑠々子は、目をそらしながら、静かに尋ねてくる。


「小さいころに、栞さんや妹さんと読んだとか、そういうのはなしで。中学、……3年生以降で、こういう経験はあるの?」


 瑠々子の質問に、俺は一瞬、言葉に詰まったあと。


 小さく、かぶりを振った。


「いや、今年の初め……中3の1月に、図書館で本を読んだ」


「だれと?」


「織芽と」


 その名を出した瞬間、場の空気が少し重くなった。

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