第14話 ツンデレヒロイン、別の男に告白される

 月曜日である。

 朝から風の強い一日だった。

 晴れてはいるんだけどな。


 そんな日の昼休み。

 俺は中庭の自販機でエプシを買い、栞たちが待つ教室に戻ろうとしていたが、


「……歌音?」


 校舎裏に、歌音がいるのを目撃した。


 あの金髪の後ろ姿。

 間違いなく歌音だ。


 あいつ、今日は学食の気分だからとか言って、俺たちとは別行動をしていたくせに、なにやってんだ?


「好きだ! 付き合ってくれ!」


「おお!?」


 どこからともなく、男の声が聞こえてきて。


 俺は思わず、その場にあった木の陰に隠れてしまった。


 こっそりと、歌音のほうを見つめる。


 すると、歌音の前に背の高い男子生徒がいるのが分かった。


 あれは、うちの2年生。

 そうだ、確かバンドをやっている高橋とかいう先輩だ。


 イケメンで歌がうまいってことで、女子生徒の間ではけっこう人気があるらしい。


 まあ、これは栞から伝わってきた情報なんだけど。


 もっとも、俺の目から見ても、高橋先輩は確かに背が高くてイケメンで、いかにもモテそうな男だった。


 で、その高橋先輩を前にして。

 歌音は、それは冷たい声で、


「お断りします」


 一刀両断。

 告白を断った。


 すると高橋先輩は、まさかという顔をして、


「ま、マジで? え、なんで。なんでだよ、天照台」


「他に好きなひとがいますので。もういいですか? 失礼します」


「誰だよ、その好きなひとって」


「お答えする必要、ないと思いますけれど。……それじゃ」


 とことん塩対応である。

 高橋先輩は、まさかフラれるとは思っていなかったようで、顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。


 なんか、可哀想に見えてくるな。


 いや、だけど、昔から歌音を知っている俺から言わせれば、これでも優しいほうだ。


 ほとんどの呼び出しや告白は、完全無視を決め込むことが多いのが歌音だ。


 今回、呼び出しに応じたのは、仮にも相手が2年生で、先輩だったからだろう。


「待てよ、天照台。じゃあせめて、1日。1日でいいから、オレと休みの日に会ってくれ。1日でいいから」


「お断りします。それじゃ」


「おい、……ふざけんなよ。このオレがこんなに頼んでるのにか? 調子に乗んなよ!」


 うおっ。

 高橋先輩が歌音につかみかかった。


「ちょっと、なにするんですか!」


 歌音が、先輩を睨みつける。

 場の空気は、一触即発。そのまま殴り合いでも起きそうな険悪ムード。


 あーあ、始まっちまった。

 いつものことだけど……。

 くそっ、しょうがねえな。


「おーい、天照台さん」


 俺は、いかにも偶然通りがかったみたいな顔で、ふたりの前に姿を現した。


「……孝巳?」


「あん? なんだよ、てめえ」


「すみません、先輩。僕は天照台さんのクラスメイトで。今日、ふたりで日直なんですよ。先生から呼び出しされてまして。……行こう、天照台さん」


「……ええ」


「……くそっ。覚えてろよ!」


 悪役みたいな捨て台詞を吐いて、いなくなる先輩。


 俺は、ふうっと息を吐いた。

 歌音は腕を組んで、


「なによ、アンタ見てたの?」


「途中からな」


「なんなの? 天照台さんって。アンタにさん付けで呼ばれるなんて1年ぶりくらいじゃない?」


「あの状況で歌音を呼び捨てになんかしてみろ。まるで彼女じゃないか。先輩、マジギレするぜ」


「キレさせとけばいいじゃない」


「そういうわけにもいかねえだろ。歌音がひとりになったときに復讐に来るかもしれない」


「……心配してくれてるんだ」


「当たり前だろ」


 俺たちは、仲間なんだからな。

 そう思って言ったのだが、歌音は「はぁ~っ」と大きくため息をついて、


「それがいけないのよね」


「なにが」


「アンタ、彼女持ちでしょ。それなのに、……勘違いしちゃうじゃない。あたしのこと、少しは好きなのかな、とか……」


「お、おい」


「ああっ! ご、ごめん、いまのなし。忘れて、忘れてよね!? あ、ああ……もう、なんであたし……絶対に忘れなさいよ!?」


「お、おう」


「ああ……。……今日みたいなシチュエーション、久しぶりだったからつい昔みたいな気持ちになっちゃった。もう」


 歌音が言わんとすることは分かった。


 歌音が告白されていて、それを断って、相手が怒りだして、俺がそこを助ける。


 こういう状況は、中学時代にも何度も経験してきたのだ。


 助けに入ったときに、思わず彼女を『歌音』と呼び捨てにしたことで、事態がややこしくなったこともあった。


 それを経験しているから、今回はさん付けで対処できたんだけどな。


 故人曰く、愚者は経験に学ぶが、賢者は歴史に学ぶという。俺は別に賢くもないから、経験に学んだってわけだ。


「……ありがと」


「ん?」


「助けてくれて。感謝してるわ」


「どうしたんだよ、ずいぶんしおらしいな」


「あたし、なにかしてもらったらちゃんといつも、お礼を言ってるつもりよ? そこまで礼儀知らずじゃないわ。……アンタが相手なら、なおさらね」


 ちょっと顔を赤くしている歌音を前にして、俺はふと思い出す。




『……ありがと。助かったわ』


『あ、ああ。……てて、くそ、あいつ、思い切り胸ぐらつかんできやがって』


『あんなに興奮しているひとの前で、あたしを呼び捨てで呼ぶからよ、もう。……でも、嬉しかった』


『そ、そっか。助かって良かったな』


『違う! そうじゃなくて。……助けてもらったこともだけれど、あたしの名前、呼んでくれて。……嬉しかったの。


 ね、これからもあたしのこと、名前で呼んでね。絶対ね?』


『あ、ああ』


『絶対よ。……こんなの、孝巳だけだからね? ――』




「思い出すなあぁぁ!!」


 目の前で、いまの歌音が涙目になって叫んでいた。


「なんでアンタは、いつもいつも人の恥ずかしい過去を思い返すのよ! それも本人の見ている前で!」


「俺の考えていることがなんで分かるんだよ!? 歌音はエスパーか?」


「あたしだって、アンタとは1年以上の付き合いよ。いつだってアンタのことを見てるんだし、栞ほどじゃなくても、アンタの考えていることくらい顔を見たら分かるわ!」


 俺の考えていることが、顔を見たら分かる……?




(ドスコイドスコイ!


 のこったのこったのこった!


 あーっと孝巳山、寄り切り! 今場所8連勝~!!)




「アンタ馬鹿なの?」


 歌音が呆れ顔になった。

 心の中の相撲まで読んだのか。


 すごいな、歌音。

 今度、授業中に心の中で殺人事件でも起こしてみよう。


「だけど、高橋先輩から告白とはな。ちょっと前に、好きなひとがいるとか話してたから、もしかしたらそれかと思ったぜ」


「なんの話? ……あ、ああ、あれ? いや、あれは、つい勢いでついちゃった嘘、じゃなくて。


 もう!

 その話は終わったって言ったじゃない!

 アンタってホント、昔の話ばっかりね!」


「じいさんみたいに言うなよ。そんなに昔話ばかりじゃないだろ」


「ううん、昔のことばっかりよ。なにかにつけて中学のことばっかり思い出して、連絡もつかない織芽のことばかり考えて!」


「なんだよ、だったら悪いかよ!」


 売り言葉に買い言葉というか。

 歌音が罵倒してくるので、俺もついつい、口調が激しくなる。


「織芽は大事な彼女だし、中学時代だって、ただの昔話じゃない。大事な思い出だろ。それを大切にして悪いか!」


「また織芽の話。いいかげんに忘れなさいよ。ラインもスルーされるし、手紙だってまだ返ってこないでしょ? そんな関係、もう終わってるじゃない!」


「終わってねえよ。俺の中じゃまったく終わってねえんだ!」


「……もういい! アンタ、どうして、……あたしがなんで、高橋先輩や他のひとからの告白、いまでも断ってると思ってんの!?」


「なんでって! ……なんでだよ」


 歌音が、ぴたり。

 その動きを完全に止めた。


 顔が青くなる。

 かと思うと、一気に赤くなる。

 そして俺自身も、自分の体温が高くなっていくのを自覚していた。


 歌音が告白を断る理由?

 そりゃ、相手が気に入らなかったからだろう。


 だけど、きっとそれだけじゃない。

 歌音ほどの美少女が、何人もの男たちの告白を断る理由?


 そんなの――

 考えるまでもなく。

 俺は思った。


 歌音。

 もしかして。


「俺のことがまだ、好きなのか?」


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