第12話 幼馴染ヒロイン、ここぞとばかりに猛攻を仕掛ける

 今日は土曜日だ。

 学校は休みである。


 午前10時くらいに目を覚まして、窓の向こうをうかがってみると、人の気配がない。


「栞、出かけてるのかな」


 スマホを見たが、栞からの連絡はない。


 ついでに言うと歌音からも瑠々子からも。……あと、織芽からも。


「呼び出しなし、か」


 ため息をついてから、1階のリビングに下りていくと、制服姿のかえでがチョコフレークを食べていた。


「あれ、なんでそんなかっこうしてんだ?」


「は? アニキ馬鹿じゃない? ウチは部活やし。帰宅部ニートのアニキとは違うし」


「全国の帰宅部のみなさんに謝れよ。みんなが俺みたいなニート的帰宅部じゃない」


「自分がニートなのは認めるんだ……」


「ついでに妹として俺にも謝っておけ。大好きなレインボーフレークを買ってあるんだぞ」


「え? レインボーフレークあるの!? どこどこ!?」


 かえでの瞳が一気に光った。

 レインボーフレークとは、さまざまな味のチョコでフレークをコーティングしてある一品だ。


 イチゴチョコフレーク、バナナチョコフレーク、メロンチョコフレーク、などなどが混ざっている。


 かえではこれに目がないのだ。


 俺は妹相手に、精神的優位に立ったことを満足に感じつつ、レインボーフレークを用意してやってから、ひとつ尋ねた。


「なあ、聞きたいことがあるんだけど」


「ん? ふぁに?」


「いや、食べ終わってからでいいけどな。……あのさ、かえでって、昔の男友達から貰った手紙とか取ってるか?」


「なになに? 男から手紙貰ったことなんてないんですけど!?

 アニキ、モテないウチをディスってんのかメーン?」


「そのしゃべり方はやめろって……。昔のでいいんだ。小学生とか保育園のときに、貰った手紙とか」


「取ってるわけないよ。いつの話をしてんの?」


「やっぱり、そうだよな」


 俺も、昔、ひとから貰った手紙とかほとんど捨てているし。


 例えば、小学校のころに担任の先生から貰った年賀状とかな。いつ捨てたかも覚えてないけれど、どこかで捨てた。


 中学からのやつは、まだいくつか持っているけどな。歌音や瑠々子や、……織芽から貰ったもの。


 そして栞から貰ったものも。


 でも、保育園のときのものは――


「かえで、もしもだけれど」


「もしも?」


「保育園のときや、小学校のときに男から貰った手紙を、ずっと大事に取っている女の子って、……やっぱり、その男のことが好きなのかな?」


「そりゃそうでしょ。嫌いだったらとっくに捨ててるよ」


「そう、だよな……」


 俺はちょっとうなだれた。

 こんなこと、中学生の妹に聞くまでもないよな。


 いや、だけど。

 男と女じゃ、考え方も違うかな、と思ったりしてたんだが……。


「変なお兄ちゃん。……ウチ、もう行くから」


「ああ。鍵はかけていかなくていいぞ」


 俺も外に出よう。

 天気もいいみたいだしな。

 そんな気分だった。




 光京駅の正面に建っている駅ビル。


 その裏手に広がっている繁華街には、カフェにレストラン、ブディックにファンシーショップ、さらには映画館まである。


 そうかと思えば、映画館の裏には広い公園と、市設の体育館まで建っている。


 要するに、市の中心部だ。

 ここにはなんでもあるのだ。


 なにをしにきたわけじゃない散歩。


「けれど、これじゃ昨日の放課後と変わらんな」


 ダメだ。

 せめてなにか買うか食べるか映画を観るかしないと。


 そう思って、映画館の前に行くと、行列ができていた。


 並んで観るのも、どうもな。

 っていうか、なにをやっているんだ?


『幼馴染との恋 ~気付かなかった、隣にいる彼女の魅力~』


「なんつう映画だよ」


 これが行列するレベルの映画なのか? よく分からん。


 だけど、幼馴染との恋か。


 いやでも栞の顔を思い浮かべてしまうが……。あと、昨日見てしまった栞のからだ、


「たかくん?」


 そのとき背後から、聞き覚えのある声がした。振り返ると、


「し、栞っ……」


「たかくんだ、たかくんだ~。どうしたの、こんなところで?」


「あ、いや、ちょっと……」


 俺は口ごもってしまう。

 まずい。昨日のことを、謝罪しないといけないのに。


 けれども俺は恥ずかしくて、


「栞こそ、なにしてんだよ?」


 つい、まるで別の話題を出してしまった。


「お父さんとお母さんが、電車で東京まで行って買い物してくるんだって。そのお見送り」


「おじさんたちが? 栞はついていかないのか?」


「あはは、わたしはお邪魔虫。お父さんたちはデートで行くんだから、邪魔しちゃ悪いよ」


「マジか。仲がいいんだな、おじさんたち」


 そういえば、ここ最近、顔を合わせていなかったけれど、おじさんとおばさんは確かに仲が良かった。


 そして、ずいぶん昔に聞いた記憶がある。おじさんとおばさんって確か、


「学生のころから、付き合ってたんだって?」


「そうだよ~。出会ったのは幼稚園のときの、幼馴染。付き合い始めたのは、高校生のころからだけれど」


「そうか。ずっといっしょで、素晴らしいな」


「うんうん、そうだね。……」


 ん?

 栞がなにかを見ている。

 その視線の先には、……うわっ!


『幼馴染との恋 ~気付かなかった、隣にいる彼女の魅力~』


「たかくん、この映画、観たかったの?」


「い、いや、そういうわけじゃないぞ。これはたまたまだ! 暇だったから街へ出てきたら、偶然この映画があって」


「……ふ~ん」


 う。

 真実を告げたのに、信用されていない眼差し。


「……チャンスだ~」


「へ?」


 いま栞、なんて言った?

 チャンスって聞こえたけれど、なにがチャンスなんだ?


 そうかと思うと、栞はニッコリと笑って、


「まあ、いいや~。でも、本当に面白そうな映画だね。ね、たかくん。いっしょにこれ、観ない?」


「え!? こ、これをか? いや、でも」


「観ようよ。話題作だから、つまらなくても話の種にはなるよ。ね。暇なんでしょ?」


「確かに、……暇だよ」


「オッケー。決定だ。じゃ、行こう行こう」


 栞は俺の手を取って、列に並ぼうとする。


「おい、手を握るなよ」


「いいじゃん。わたしたち、幼馴染なんだから」


「だけど……」


「楽しみ! ふたりきりで映画を観るのって、中2の5月に『鬼刃乱舞』の映画版を観たとき以来じゃない?」


 よく覚えてるな。

 俺が無理やり、栞を連れていったあれか……。


 ひとりじゃ観られないからって、当時、唯一の友達だった栞を巻き込んで映画館に連れていったんだ。


「あのときは悪いことをしたな。なんか強引で、すまなかったなって」


「ううん、面白かったからいいんだよ~。……ね、最初は半分無理やりでも、観てみたら面白い映画ってあるから。『幼馴染との恋』はきっとそうだよ。行こう行こう!」


 そんなわけで、俺と栞は映画館に入ってしまった。


 こんな映画を、ガチの幼馴染みと2人で鑑賞するのもこっぱずかしいが、いくら栞とはいえ、女の子と2人で映画館ってのも、織芽への裏切りのような気がして俺は心臓をバクバクさせていた。


 不倫で炎上する芸能人ってたくさんいるけれど、案外、最初はこんな程度のノリで初めてしまうのかもしれない。女友達と、軽いノリで――


「い、いや違う!」


 俺と栞はそんな関係じゃないし、織芽のことも裏切ったつもりはないんだ。


「たかくん、なにが違うの?」


「あ、いや、なんでもないです、はい」


「ふふ、変なの。あ、そろそろ始まるね」


 映画館全体が、暗くなっていく。


 映画の始まりだ。

 と思った瞬間に、隣の栞が、そっと顔を近付けてきた。


「たかくん。昨日のことだけど」


「え……」


「ちゃんと、見てくれた?」


「見てくれた、って……?」


 いきなりなにを言い出すんだ!?


 耳に、栞の息が吹きかかる。

 隣にいる栞の気配も、確かに感じる。


 そして、昨日発見した保育園のころからの手紙と、……栞の身体が、俺の脳を支配する。


 さらに、


 ジャーン!


『幼馴染との恋 ~気付かなかった、隣にいる彼女の魅力~』


 目の前のスクリーンに、映画のタイトルが堂々と表示されてしまった。


 幼馴染、栞。

 幼馴染との恋。

 幼馴染、幼馴染、幼馴染。


 栞の両親も幼馴染。

 小さいころからの仲良し。

 高校生から付き合い始めた。


 洗脳されそうな勢いで、俺の頭が幼馴染でいっぱいになる。


「あとで感想聞かせてね」


 栞のささやき。

 なんの感想?

 いったいなんの……。


 俺の脳が溶けてしまいそうなほどの熱を帯びた瞬間、映画が始まった。

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