第10話 感じるべき幼馴染ヒロインの成長(おもに外見一部)

「初志貫徹。手紙を送るべき」


 瑠々子の提案はそれだった。


「やっぱり、それしかないか」


「最初はそうするつもりだったのよね。そのためにわざわざ、図書室にまで行って本を借りたのに。いつまでウダウダやってたんだか」


「そうするつもりだったのに、みんなとラインを送ったりして、回り道になったんじゃないか」


 言いながら俺は、カバンから便せんと封筒、それに筆記用具を取り出す。


 実際、歌音の言うとおり、俺はダラダラやりすぎた。


「ここで一気に書いて、今日の放課後に郵便で出す。もう決めた」


 言いながら、手紙を書き始めた。


「『お久しぶり! 孝巳です。福岡ではなにをしていますか?  久しぶりに話がしたいです。電話かラインをください』……」


「だいぶんストレートだね、たかくん」


「手紙なんて、やめといたほうがいいと思うけどね。いまどき直筆の手紙なんて、愛が重すぎるっていうかさあ」


 歌音がまたダメ出しをしてきた。


「他の手段で連絡を取れないんだから、仕方ないだろ」


「だからそこはさあ、もう織芽のことなんか忘れて、もっとこう、目の前の現実を見なさいっていうか」


 歌音は冷たい眼差しを送ってきた。


 と同時に、頬がちょっと赤い。


 なんで照れてるんだよ、いまの会話で。


 不思議に思いながら、俺は、


「それができないから、手紙を書いてんだろ? それに直筆のほうが、けっきょく手っ取り早いし、なにより心が伝わる」


「ぷぷぷー! 伝わるわけないじゃん、そんな程度で! 自分の字でラブレター書いただけで恋愛がうまくいくなら、世の中はもっとカップル同士で」


 回想開始。

 俺たちが中3の冬。


『孝巳へ。


冬休みに入ったけれど、元気? 直接、手紙を送るなんて、あたしらしくないかな?


でも、自分の字で書きたくなったの。たまにはこういうのもいいでしょ?


別に用事はないんだけど、孝巳に手紙を書きたくなったの。それだけ――』


 回想終了。


「思い出すなぁっ!!」


 歌音が涙目になって怒鳴りつけてきた。


「なんだよ! 俺、なにも言ってないだろ!?」


「ううん、いま思い出してたわ。絶対に昔のことを思い出してた。あたしがアンタに手紙を送ったこと……わ、忘れなさいよ、そんな昔のこと! あ、でも本当に忘れられたらイヤ……!」


「どっちだよ」


 ひとりで騒いでいる歌音。

 忘れてほしいのか、そうでないのか。


 そんな歌音を横目に、俺は手紙をほとんど書き終えて、


「とにかく連絡をくれ、みたいな手紙になったが、もう、これでいいだろう。大丈夫だよな?」


「手紙は用件が伝わるのが一番。それで問題はないと思う」


「瑠々子がそう言ってくれるなら安心だ。図書室のときからずっと、いろいろありがとな」


「…………」


 瑠々子は、一瞬目尻を下げたが、すぐに複雑そうな顔を見せた。


 だが、その顔すら一瞬で終わり、またいつものクールフェイスに戻って、


「最後に、誤字脱字だけは見直したほうがいい。それと、お返事をください、と書き添えておけば、より返事が来やすくなると思う」


「そりゃそうだ」


 俺はうなずいて、ペンを持ち、


「……あれ。へんじ、って漢字でどう書くっけ、ど忘れした」


「こう」


 瑠々子がスマホの液晶を俺に見せてくれた。


 検索エンジンの中に『返事』と書かれてある。なるほど、こういう漢字だったな。


「……ん?」


 そこで俺は見てしまった。

 瑠々子のスマホ画面に、検索履歴が表示されているのだ。


『好きだったひと まだ好き』


『好きだと伝える 参考 本』


『好きだったひと 好きすぎる』


『好きなひと 彼女持ち 辛い』


『好きなひと 彼女 自分の友達 友情』


「ごっほ!」


 俺は思わず咳き込んだ。


「どうしたの、孝巳くん」


「なによアンタ、風邪?」


「ゴッホ? 画家?」


「な、なんでもねえよ!」


 栞の天然ボケはともかく。

 瑠々子のまっすぐな眼差しが直視できない。彼女の思考の一部を覗き見てしまったようで……。


 それは何度も、脳内を巡った思考。


 瑠々子って、もしかしてまだ、俺のことが好きなんじゃないかという……。


 い、いやいや。

 さっきの検索履歴は、好きだったひと、とあっただけで俺のこととは限らないだろう。


 なにより俺はいま、織芽への手紙を書いているんだ。いったん瑠々子のことは忘れろ。


 手紙に集中。

 集中だ!


「……できた」


 俺は織芽に向けた手紙を書き終えて、封筒には住所とあて名まで書き終えたのだ。


 その後、教室に戻って、封筒にノリ付け。これでよし。

 

「あとは放課後、ポストに投函するだけだ」


「本当に送っちゃうのね、手紙。……そう……」


「……返事が来たら、私たちにも知らせてほしい」


「もちろん」


 どこか残念そうな顔をしている歌音と瑠々子だが、もうここまで来たら、なにか異論を挟んでくることはなかった。


「手紙、か」


 しばらく黙っていた栞が、ちょっと微笑んで、


「いいなあ、おりちゃん。たかくんから手紙が貰えるなんて」


「俺の手紙なんかでいいなら、いつでも書くけどな」


「ホントに!? わ~、やったやった! うん、待ってる。めちゃくちゃ待ってるからね。お手紙、書いて、書いて!」


 栞は猛烈にテンションをあげて、満面の笑みとなった。おかげで教室中の注目の的だ。


 俺は慌てて、


「分かった、書く! 書くから静かにしろ、な!?」


「分かった、黙る。にこにこにこにこ。にこにこにこにこにこ」


 いちおう静かになった代わりにひたすらニコニコする栞。


 うっかり言ってしまったばかりにこれだ。


 俺は織芽に続いて、栞にも手紙を書かないといけなくなったのだ。


「な、なによ。栞にばっかり優しいんだから。……あたしにも送ってくれていいじゃない……」


「孝巳くんの手紙……。欲しい。……読書用、保存用、国会図書館寄贈用の3枚……」


 歌音と瑠々子まで、なにやらブツブツ言い始めたが、俺はこれ以上の手紙執筆はたまらんと思って、あえてスルーした。




「これでよし、と」


 夕方である。

 俺は郵便ポストに、織芽への手紙を投函した。


 珍しく、というべきか。

 俺はひとりだった。


 歌音は両親と約束が、瑠々子は図書館に借りていた本を返しにいくといって離脱。栞も今日は日直の仕事があったので、俺とは別行動になった。


 まあ、こういう日もあるよな。

 俺はなにやら、ひと仕事終えたような気分になって、あてもなく街を散歩したくなった。


 2時間ほど、歩いた。

 駅ビルにおもむいて、書店やゲーセン、家電量販店あたりを冷やかしでうろついたあと、特に収穫もなく自宅へ。


 そろそろ、かえでも帰ってくるころだ。

 晩ご飯を作ってやらないとな。

 そう思っていると、


「おっ、栞。いるな」


 隣家の2階に明かりがともっていた。


 俺の部屋と、窓がお互いに5センチも離れていない部屋。


 俺は、ニヤリと笑った。

 そうだ、あいつはいつも俺の部屋に無断で入ってくるけれど、今日はこっちから入ってやるぜ。


「ふっふっふ……」


 俺は自宅の2階に上がって、部屋の窓を開け、栞の部屋へと侵入を開始した。


 やっぱり鍵はかかっていないな。俺たちの間ではここは万年フリーパスだもんな。


 ……いや、でも。

 俺のほうから栞の部屋に入るのって、いつ以来だっけ。


 織芽と付き合ってからは、俺から行ったことは一度も――


 まあいいや。

 俺は、栞の部屋に入っていった。


「おーっす。栞、いるか? 入るぜ――あれ」


 部屋には誰もいなかった。


 白を基調としたシンプルな部屋の中、ところどころにパステルカラーの家具や置物が飾られている室内。


 俺が最後に訪れたときから、あまり変わっていない部屋。なんだかホッとしたが、


「ん?」


 部屋の中央に、小さな箱が置かれてあった。


 フタが開いている。

 俺は何気なく、その中身を覗いてみて、


「て、手紙? それも俺の!?」


 そう。

 箱の中に入っていたのは、この俺が保育園や小学校のころに、栞に向けて書いた手紙の数々だったのだ。


『しおりちゃんへ


 いつもあそんでくれてありがとう。

 これからもずっといっしょにいてね。

 だいすきだよ


 たかみ より』


 これは確か、俺が保育園のときに書いたものだ。


 青い折り紙の後ろに、クレヨンで書いた手紙……。


 そうだ。

 確か、青い紙に書いたほうが、男らしくてカッコいいとか、そんなことを考えていたような記憶がある。


「栞。こんな昔の手紙まで、持ったままにしていたのかよ」


 箱の中の手紙の数は、俺と栞の歴史そのものだった。


 あいつ、まさか、俺が織芽に手紙を書いたのを見て、昔の手紙を引っ張り出して眺めていたのか?


「栞……」


 そのときであった。


 がちゃ。


 部屋のドアが開いて、おそらく風呂上がりと思われる、頭からホッカホカの湯気を出した栞が登場した。


 栞の家は共働きだ。

 脇谷家同様、おそらくいま、家の中には誰もいない。


 だから、だろう。

 栞は一糸まとわぬ全裸を、惜しげもなく俺の前に晒して、


「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ……!!」


 栞はさすがに顔を真っ赤にして、両手で身体の前を隠す。


「い、いや、ごめん!」


 俺は慌てて立ち上がり、回れ右。そして自分の家の中へと飛び込んだ――


「あ、ちょ、たかくん! ごめん――」


「ごめんじゃねえよ、ごめんは俺だよ! マジですまん!」


 俺は窓をピシャリと閉めて、カーテンをかけた。


 窓の向こうで、まだ栞がなにか叫んでいたが、さすがにその声に聞き入る勇気はない。


「くそっ……くそ、くそ、クッソ……!」


 心臓のバクバクが止まらねえ!


 栞、育ちすぎだろ。

 いろいろと……!


「死。死。死ー……!!」


 手紙のことを思い出したら明らかに照れていた歌音。


 昔の恋への未練まみれな検索をしている瑠々子。


 そして、俺からの手紙を取っておいてくれた(のと、スタイルが良すぎる裸体を披露してくれた)栞。


 織芽への手紙を出した直後だっていうのに、俺の心には3人の顔(と身体)がチラつきまくっていた。


 やっぱり俺は、浮気野郎かもしれない……。

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