第6話 勝ちヒロインからの連絡(と、JCの妹登場)


 栞たちが帰った。

 時刻は午後6時半。


 1階に下りると、玄関のドアがガチャガチャと音を立てて開き、妹のかえでが顔を出した。


「よう。おかえり、かえで」


 14歳の中学2年生。

 身長は153センチだが、本人の強い希望で女子バスケ部に入り、持ち前の運動神経ですでにレギュラーの座を獲得している。


 どこからの遺伝かは知らないが、運動系とは思えないほど真っ白な肌をしているうえに、髪は薄い赤色で、その髪をツインテールにしている。


 歌音に勝るとも劣らない西洋系美少女の外見は、俺とは似ても似つかない。


 実際、俺と兄妹だと初見で見抜くひとはまずいない。


 そんな我が妹は、部活帰りらしいダラッとしたジャージ姿のまま、


「あ、アニキじゃん。なぁんだ、家にいたんだぁ」


 いやに低い声で、俺をやぶにらみにしながらそう言った。


「ごめーん。もうウチ、ごはん食べちった。アニキが家にいるとは知らなかったからぁ~。アニキ、腹減ってるなら自分で晩ご飯作りなよ? ギャーハッハッハッ!」


「ごはんつぶ、ジャージのお腹んところについてるぞ」


「っ! ちょ、お兄ちゃん!」


 かえでは急に顔を真っ赤にして、みずからのジャージをこすり始めた。


「そんなことしたら、米粒がノリみたいに伸びるぜ。冷静に取れ、冷静に」


「お兄ちゃんがいきなり恥ずかしいこと言うからでしょ!? ま、まじクソアニキ。めっちゃイラつく。死ぬほどムカつく――」


「そんなにムカつくなら、ネットで見つけたヌプラトゥーンの攻略情報、教えてやらないぞ」


「っ! ちょお、お兄ちゃぁん!!」


 かえでは甲高い声を出して涙目になった。


 二重人格かと思うほどの変化ぶりだが、俺から見ると後者が素のかえでだ。


 ゲーム好きで、甘えん坊。

 いつもお腹をすかしている。

 それなのに、いきなり変なしゃべり方や態度になったのは、同級生の影響らしい。


 かえでは2年生に進級してから、程なくして、


『ウチ、今日からギャルになるから』


 いきなり、そんな宣言をした。


『いままでみたいにお兄ちゃんとか、ガキみたいな呼び方しないから。アニキって呼ぶし、ウチのこと馴れ馴れしく呼んだりしないでね? ギャハハハ!』


『なんだ、新発売のシャリオカートいっしょにやろうと思ったのに、馴れ馴れしいのはダメか』


『お兄ちゃ~ん!!』


 ……と、そういうわけだ。

 どうも、付き合う友達が悪いのか。


 もっとも、小さいころからすぐに、ハマっているなにかに染まりやすい妹なんだけど。


 まあ、そのうちギャルブームも終わって、元の妹に戻るだろう。


 いまの妹がギャルっぽいかというと、そうでもないけどさ。


 ただ口が悪い、というか妙な女の子になっているだけだし。


 かえではギャルを勘違いしてるよな、絶対。


「で、かえでは炊飯器の中のメシ、食べたんだな? なら、俺は冷凍のちゃんぽんでも作って食べるか」


 どうせ両親は仕事で今日も遅いんだ。


「かえでの分もあるけれど、どうする? 作ろうか?」


「ちゃんぽん~? ギャハハ、おっさん臭ぁい。せめてピッツァ・マル、ま、まるがめろんでも用意して」


「ピッツァ・マルゲリータって言いたいんだろ? 残念だがマルゲリータはない。で、ちゃんぽんを食べるのか食べないのか?」


「……食べる」


 かえでは素直に言った。


 そうだろう。

 中2の運動部員が、ごはんだけで足りるはずがないからな。


 そんなわけで、俺は冷凍ちゃんぽんを2人分作って、かえでとふたりで食べ始めた。


「……そういえばさぁ、今日、栞ちゃんがうちに来てたの?」


 俺と幼馴染の栞である。

 かえでとも当然、幼馴染だ。


「ああ、来てたよ。なんで分かった?」


「なんか、廊下で栞ちゃんの匂いがしたから」


「犬か、キミは」


「だって、……なんか分かるよ? そういう、他の女の匂いっていうか気配っていうか。栞ちゃんのほかにも、女の子、来てたでしょ?」


「歌音と瑠々子だよ。いつものメンバーだ」


 かえでが通っている市立光京中学には、俺も栞も、歌音も瑠々子も通っていた。


 だからかえでも、歌音と瑠々子のことは知っている。


 もっとも、栞ほどには親しくないようだけど。


「高校に入ってもオナ中のメンツでつるむとか最高~。友情ってマジ熱ぅ~、ゴホッ!」


「コショウが気管に入ったな。ほら、水だ、水」


 コップを勧めると、かえではグビグビやり始めた。


 通常モードとエセギャルモードを食事中に使い分けるからだ。


「……ちっ、ふざけんなっつーの。こんなことで負けるうちじゃねえし。次は絶対負けねえからな、このヤロウ!」


「よせよ、冷凍ちゃんぽんに逆襲を誓うのは」


 しかも昔のヤンキーみたいな口調になってるぞ。絶対これギャルじゃないわ。


 と言いながら、俺は自分のちゃんぽんを食べ終わってしまった。


 美味かった。

 ラーメンとはひと味違う美味しさがあるよな、ちゃんぽんって。


「ンでもさぁ~、栞ちゃんたち家に呼んでまで、アニキなにやってたの?」


「ん……。いや、あの子にライン送ったり、手紙を書いたりしようとしていた」


「あの子って、アニキの彼女? 連絡、まだつかないんだ?」


「そうだよ。……歌音たちはもう俺のこと、フラれたとか言うけれど、俺はまだあの子を、彼女だと思ってる」


「ん……そうなんだ。……そうだよね。……うん、ウチもそう思う」


「そう思ってくれるか?」


「だって、お兄ちゃんが好きになったひとだし。なんの連絡も無しに別れるなんてしないでしょ。……そう思う」


 真面目な顔で、かえではそう言ってくれた。


 なんか、嬉しいな。

 彼女のことを、妹が信じてくれたのが、素直に幸せだ。


 そうだよな。

 俺が好きになった彼女なんだ。


 連絡もせずにフェードアウトなんて不義理なこと、するわけないよな。


 きっと、なにか事情があるんだ。間違いない。


 かえでのおかげで、俺はそう思えるようになった。


「あ、でもさ、お兄ちゃん」


「うん?」


「お兄ちゃんの彼女って、あのひとだよね?


 去年、生徒会長だった神山織芽かみやまおりめ――」


「…………ああ」


 いきなりかえでから彼女の名前が出てきたので、俺はちょっと驚いてしまった。


 接点が多くなかったとはいえ、彼女とかえでは1年間、同じ中学にいたんだから、知っているのは当たり前なんだけど。


 おまけに。

 彼女は、生徒会長だったからな。


 俺と違って、中学校では有名人だったし。


「やっぱりそうだよね。だったらさ、……神山会長、この前、うちの中学にメッセージ寄せてたよ?」


「な……なんだと!?」


 俺は思わず、身を乗り出した。


「どういうことだ!?」


「ちょっと前に、うちの中学で生徒会の選挙が開かれたから。そこに、前会長からのメッセージってことで学年主任の先生が発表したの。


『皆さん、良い中学校にするために、頑張ってください』


 みたいな言葉、だったような。

 なんか普通のセリフだったからウチも記憶に薄いんだけど」


「織芽が……中学に、メッセージを……?」


 ってことは織芽、中学とは連絡を取っているわけか?


 だけど俺や栞たちとは連絡を取らない……。


 どういうことなんだ?

 織芽……。


 俺はモヤモヤしながら考えた。

 だがどれだけ思案を重ねても、分からなかった。


 その日の夜。

 ベッドの上で、天井を見上げながら、考えても考えても、分からなかった。


「織芽」


 俺のことが嫌いになったのか?

 それとも、もう光京市こっちのことは、どうでもいいのか?


「なにか不満があったなら、言ってくれよ」


 俺、察するとかそういうの、できねえよ。


「言ってくれなきゃ、分からねえんだよ。


 言葉に出してくれなきゃ……」


 だからラインに返事、くれよ。

 俺に、言葉をくれよ。


 頼むよ。

 織芽……。

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