第5話 負けヒロインたちは主人公と疎遠の勝ちヒロインにNTRラインを送りたい

 瑠々子たちのスマホから、彼女にラインを送る。


 実のところ、そのアイデアは、俺も一度考えたことがあった。


 俺が連絡してもスルーされるんだから、栞たちが連絡してくれたら。


 女同士なら、返事がくるかもしれない、ってな。


 でも、それはできない。

 だって、俺は栞たちをフッたんだ。



 自分をフッた男が、『彼女と連絡が取れないから、ちょっと連絡してみてよ』なんて言ってきたら?


 いくらなんでもクズすぎるぜ。


 だから俺は、その手だけは使わなかったのだけれど。


 でも――


「私がラインを通じて呼びかければ、彼女はなにか反応をする。最低でも、既読にはなると思う。……孝巳くん、いかが」


「いかがもなにも……。いや、正直、してくれたら……。……助かるが……」


 と、口ではそう言ったが。

 正直に言えば、怖い。

 もし反応が来たら。


 俺は無視されているのに、瑠々子のラインには返事がくるなんて事態が起きたら。


 それはもう、100パーセント、失恋だ。


 俺の内心を理解してくれているのか、栞も歌音も無言のまま、じっと俺の顔色をうかがっている。


 俺は一度、大きく息を吸って、


「やってくれ」


 このままじゃ、俺は先に進めない。


 いつまでも彼女のことで宙ぶらりんは辛い。


 ダメならダメで、結果が出たほうがいい。


「分かった」


 瑠々子は、大きくうなずいた。

 そしておもむろにスマホを取り出すと、SNSを開き――


「ばっ」


「え?」


 突如、瑠々子は俺の左隣にやってきた。


 そして、右手で俺の右肩をつかむと、ほっぺたをぴったりをつけて叫ぶ。


「孝巳くん。両手でピース」


「え。こ、こう?」


 パシャリ。

 瑠々子のスマホカメラが光った。


 なんだ、これ。

 自撮りモード?

 俺、なにを撮られたの!?


「できた」


 瑠々子は得意げに、スマホの液晶を俺に見せてきた。


 そこには――


『いえ~い、彼女ちゃん見てるゥ~? 彼氏さん、私がとっちゃいました~★』


 そんな文面と共に、俺にほっぺたをくっつけているクールフェイスの瑠々子。


 そして、瑠々子の隣ではだらしねえ顔でダブルピースをかましている俺が映っていて――


「なんつうライン送ってんだよ瑠々子!?」


「だめ?」


「だめに決まってんだろ! どうしてこんなもん送ろうと思った!?」


「参考文献」


 そう言って瑠々子は、カバンから一冊の本を取り出した。


『寝取り大全 彼氏・彼女を奪ってやった実体験』


「この本によると、この手のメッセージを画像付きで送られたら、どんなに冷え込んでいる彼氏や彼女でも、反応せずにはいられないと」


「こんなライン送ったらフラれルート確定だろ! 消せ消せ消せ消せ消せ」


「……分かった」


 瑠々子は、意外、と言わんばかりの表情でライン上のメッセージと写真を消し(既読がつかなくて本当に良かった)、そして、


『扇原瑠々子です。最近は、

なにをしていますか。福岡は楽しいですか。ラーメンを食べていますか。お返事ください』


 と、極めて無難なメッセージを改めて送った。


「最初からそうしてくれ」


「失敗。反省。ごめんなさい」


 瑠々子はぺこりと頭を下げた。

 こりゃ参考にした本が良くないな、うん。


「るるちゃん……まさか、こんな不意打ちでツーショット写真を撮るなんて……」


「油断ならないわ……。まさか、そういうことなの? うかうかしてたら、瑠々子にしてやられる……」


 栞と歌音は、揃ってむむむとうめきながら。


 やがてふたりはジャンケンを始めた。


 ぽん。

 ぽん。

 ぽぽん。


 歌音が勝った。


 なにやってんだ?

 と思っていたら、歌音はすぐに俺の隣にやってきて、


「ヘイ、孝巳。あたしと指相撲しない!?」


 親指をサムズアップさせながら、クイクイさせてきた。


 これには困った。

 俺は指相撲には目がないのだ。


「望むところだ! いくぜぇ、歌音!」


「3分1本勝負。レディ、ゴー!」


 俺と歌音は右手指を絡ませ合い、クイクイクイクイと親指を激しくバトルさせる。


 勢いよく挑んできた歌音だったが、詰めが甘いぜ!


 幼いころから指相撲を妹&栞と繰り返して、鍛えてきた俺をナメるな!


 ぐいい――


「ワン、ツー、スリー。カンカンカーン! 勝った!」


 俺は歌音の親指を、グイグイと押さえつけて、高らかに勝利宣言をしたわけだが。


 その瞬間に、パシャリ。

 歌音の左手がスマホを操作し、俺たち2人を激写した。


『歌音よ。元気? いま孝巳と遊んじゃった。彼、すごく太くたくましくなってたわ! 元気すぎてビックリよ! お返事ちょうだいね!!』


 こんなメッセージと共に。

 俺と歌音がふたりで笑いながら、頬を紅潮させている。


 そしてお互いの右手の指を絡ませあっている画像が、彼女に向かって送られて、


「消せ消せ消せ消せ消せ」


「えー、なんでよ。なにも嘘は書いてないし、やらしい写真もないでしょ? これなら絶対に彼女だって反応せざるをえないし――」


「とにかく消せ!」


 こんな写真を送ったら、それですべてがジ・エンドだろ!


 歌音はブツブツ言いながら、画像を消して、メッセージも書き直した。


『歌音です。最近、孝巳と連絡とってないみたいだけれど、なにかあった?』


「……まあ、こんなもんだな」


「孝巳検閲つまんなーい。表現の自由を返しなさーい」


 歌音は不満たらたらみたいだったが、不満があるのは俺のほうだ。


 瑠々子も歌音も、妙なメッセージを彼女に送ろうとして。悪ふざけにもほどがある――


 むぎゅ。


「おうっ!?」


「えへへ~」


 栞が、俺の背後からいきなり抱き着いてきた。


 胸が、柔らかくてあったかい胸が、首筋に当たって――


「ちょっと、栞! なに抱きついてんのよ! もうえっちいのは禁止よ!?」


「えっちくないよ? たかくんとわたし、昔、こういうことよくしてたから。ね?」


「あ、ああ。……いやでも、それは、昔の話で……」


「ほら、昔の話って言ってるじゃないの」


「小6の夏くらいまでの話で」


「めっちゃ思春期入りかけじゃない! いつまで抱きついてんのよ!?」


「わたしはいいの。だってわたしとたかくん、幼馴染だし? ね?」


 幼馴染、というところを露骨に強調しながら栞は言った。


 お、幼馴染。

 そうだ、幼馴染だよな。

 だからこれは、ヤバくない。


 このままでいいんだ。

 未来永劫、このままで――


 そう思ってしまうほど、栞の胸は柔らかくて、あったかくて、大きくて、いい気持ちだった――


「たかくん、幸せ?」


「うん」


「ずっとこのままでいい?」


「うん」


「写真撮って、彼女に送っていい?」


「うん」


「なんで栞の言いなりなのよ! ママに抱っこされてる赤ちゃんみたい!」


「……羨ましい」


 歌音と瑠々子がなにか言っているが、俺の耳には入らない。


 こんなに可愛くて優しくてあったけえ、バブみ溢れる幼馴染がいる俺。幸せだ。ああ、最高……。


 パシャリ。

 栞のスマホが光った。


 ああ、撮影された。でも、構わない。もう、どうなってもいい――


『鈴木栞です。たかくんといっしょにいます。幼馴染同士、相変わらずです(笑) そっちはどんな感じ? お返事ちょうだい!』


 メッセージはこんな感じだったが。

 それについている画像は、


「……誰?」


「……なに?」


 歌音と瑠々子が思わずツッコミを入れたように。


 居眠りしている俺の上に、黒い髪の毛の塊が、のっかっているだけにしか見えない。


 見る人が見れば心霊写真。

 そんな画像だった。


「撮影しくじった~! たかくんを右手でギュッってするので精いっぱいだったから……慣れてないから~!!」


 栞はがく然としていたが、正気に戻っていた俺はホッと胸をなでおろしていた。


 まあ、この文面と謎写真なら、たぶん大丈夫だろう。彼女に送っても。


 そんなわけで、栞、歌音、瑠々子の3人が、彼女にラインでメッセージを送ってくれた。


 これに対して反応がくるかどうかは、分からないけれど――


 最初は手紙を書くつもりだったのに、やったことはずいぶん、当初の目的とズレちゃったなあ……。


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