第3話 完敗を経験したクール系、作戦を練り策を講じる
翌日の昼休み。
俺たち4人は学校の図書室にいた。
彼女に送る手紙が、どうにもうまく書けない。
なので、『手紙の書き方』みたいな本を見つけて、参考にするためにやってきたのだ。
外はよく晴れている。
だからなのか、図書室には誰も来ていない。
みんな外で遊んでいるんだろう。
「瑠々子が図書委員でよかったわね、孝巳。どんなエロ本でも借り放題よ」
「学校の図書室にそんな本があるかよ」
「官能描写がある小説なら、多少はある」
「あるんかい。いや借りないけれどさ」
「えっ、……か、借りてみてよ、たかくん! たかくんがどんな官能描写が好きなのか、今後の参考になるかもしれないから!」
「参考にするな、そんなもん」
変にもじもじしながら言ってきた栞を、やんわりとたしなめる。
「けれど、図書委員の瑠々子はともかく、栞と歌音は別に来なくてもよかったんだぜ? あの子に送る手紙を書くための本を探す、なんて、そんなこと、栞たちといっしょにやったら、……申し訳ないっていうか……」
フッた女の子たちといっしょに、彼女への手紙を書こうとするなんて、そんなド畜生なことはできない。
彼女たちを大切な友達だと思えばこそ、なおさらそう思う。
だから本当は、栞と歌音はもちろん、瑠々子に本探しを助けてもらうことさえ、するべきじゃないんだが、俺、ここの図書室の使い方、まるで知らないからなあ。
と、まあ、そういうわけで俺は栞たちを教室に帰そうとしたのだが、栞と歌音は「「ううん、大丈夫、大丈夫!!」」と綺麗にハモりつつかぶりを振った。
「だって、たかくんがどんな手紙を書くのか気になるし!」
「そうよ。アンタがどうしても送りたいなら仕方ないし、……場合によっては
「歌音、なにブツブツ言ってんだ」
「なんでもないってば!」
歌音の「場合によっては」のあとがよく聞こえなかったので尋ねたが、スルーされてしまった。
むう……。
妙な流れだが、栞たちがいいって言うなら、まあいいか。
「孝巳くん。手紙の書き方について書かれた本は、あっち」
瑠々子が、図書室の奥を指し示した。
「サンキュー。じゃあ、行こう」
俺たちは奥に向かった。
しかし、うちの高校の図書室は広い。
卒業生の中に金持ちがいて、学生たちにもっと本を読んでもらいたいと言って、多額の金銭と蔵書を寄附してきたらしい。
おかげで、生徒の俺たちはいろんな本を読めるわけだ。
瑠々子曰く、図書室の利用率はあまり高くないらしいので、それは残念なところだが。
俺も図書室、使わないとなあ。
「あ、かのちゃん! 見て見て、あそこ。鷺宮リコ先生の本が並んでる!」
「ウッソ、マジ!? 懐かしい! 子供のころめっちゃ読んでたやつじゃん!」
栞と歌音が騒ぎ出した。
本棚の中に、俺たちが小学生のころに流行った少女小説が並んでいるのを発見したからだが――図書室では静かにしなさい、キミたち。
「孝巳くん。あそこ」
「ん……」
栞たちを置いて、何メートルか先に進んで左に曲がると、瑠々子が本棚の上のほうを指さした。
棚の中には『手紙の書き方』と、それに類する書籍が並べられていた。
「ありがとう、瑠々子。あれだな。よし」
俺はせいいっぱい手を伸ばしたが、わずかに指先が本に届かない。
身長170センチの俺でも届かないなんて、なんて本棚だよ、まったく――
「孝巳くん。私がやる」
そのとき瑠々子が、踏み台を持ってきて、さっとその上に乗り、
「え、いやいいよ。踏み台があるなら俺が乗るよ」
「大丈夫」
瑠々子は踏み台に乗ったまま、指を精いっぱい伸ばす――
そのときであった。
「えい」
……えい?
え、いま小さな声が聞こえ――
ぐらり。
踏み台に乗っていた瑠々子がバランスを崩して、隣にいた俺の上に落ちて――危ねえ!
どたんっ!!
「っ……ててて……大丈夫か、瑠々子――え?」
「…………」
ぎゅうっ……。
瑠々子が、俺の上に乗って、思い切り、しがみついてきていた。
というか、抱きついてきている。
しなやかで、やわらかい身体。身長165センチといっていた、長身の、スレンダーな肉体がが、ぴったりと俺に。
俺の目の前にある艶やかな黒髪からは、シャンプーの良い匂いがして――
って。
いうか――
「い、いま、『えい』とか言わなかった? 瑠々子――」
いや、まさか、そんな。
おとなしい瑠々子が、わざと俺に向かって倒れこんできたとでも?
ははは、そんな馬鹿な。
でも、瑠々子の身体は、細くて、抱きしめ心地が最高で、――る、る、こ――
「たかくん?」
「なにやってんの? アンタ達……」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、栞と歌音が。
信じられないものを見るような目で、俺たちを見つめて、
「栞、歌音!? こ、これは、違う、俺はなにも!」
「……そう、私が転んだのを、孝巳くんが助けてくれただけ」
瑠々子は、さっと立ち上がった。
いつものクールな表情だ。
「ごめんなさい。私としたことが、こんなことになって。……はい、これ」
言いながら瑠々子は、踏み台の上にのぼり、『手紙の書き方』を手に取ると、俺のほうへと差し出してくれた。
「あ、ありがとう」
俺は本を受け取ると、ゆっくりと立ち上がった。
「これできっと、いい手紙が書ける。彼女に、気持ちが伝わるような」
「そ、そうだな。サンキュー。……ってわけだ。分かったか、栞、歌音」
「う、うん。分かった。そうだよね、るるちゃんとたかくんがこんなところで、ネチャネチャなんてしないよね……」
「イチャイチャでしょ。……ま、まああたしは分かってたけれどね。瑠々子と孝巳がそんなことするはずがないって、あはは。あはははは……」
えらくホッとしたような顔を見せる、栞と歌音。
歌音に至っては、なぜだか引きつったような笑顔で、「……ないわよね?」って誰かに向かってつぶやいている。
そして――俺たち3人に背中を向けて、無言で図書室のカウンターへと戻っていく瑠々子。……他に生徒もいないんだから、戻らなくてもよさそうなものだが、とりあえずその後ろ姿はなんだかサマになっていた。
……『えい』って言ったのは、気のせいだったのかな?
「るるちゃん……髪の毛……」
「ほ、ホコリ、ホコリっ!」
栞と歌音が言ったように。
瑠々子の黒髪ロングには、倒れたときに付着したホコリがびっちりこびりついていた。
これがなければもっとサマになっていたんだが……。微妙に残念である。
★☆★☆★
扇原瑠々子は、思う。
(うまくいった? 私なりの恋愛作戦。うまくいったの?)
自宅。
無表情のまま、ベッドの上でごろごろしながら、考える。
(大好きな彼といっしょに本屋に行って、本を取るために指を伸ばして、ぶつかって、そのままドターンと倒れて、ぎゅうって抱き着く。鷺宮リコ先生の恋愛小説によくあった展開。この展開をマネできたら、孝巳くんも少しは、私を見てくれると思ったんだけれど……)
結果は微妙だ。
最後は、ホコリまみれの髪の毛をさらすという、女子にあるまじき醜態を晒してしまった。
(私はいつもそう。周りからしっかりしてるとか、クールだとか言われるけれど、本当はただうまくしゃべれないだけ。女子力も、本当に低い……)
サラサラの黒髪と長身のおかげで、あまり人からは言われないが、『女の子らしい』と言われるようなことはすべて苦手だ。
コンディショナーとトリートメントの違いを、中3になって歌音と友達になるまで知らなかった。
メイクのやり方も知らない。チークと言われても漫画のタイトルかと思ったし、足の爪に塗るマニキュアをペディキュアと呼ぶことも知らなかった。
服についても無頓着で、休みの日の私服は、中2までジャージか母親のお下がり。
恋愛についてもまるで分からず、とりあえず、恋愛漫画か恋愛小説を参考にしてアプローチすることしか知らない。
瑠々子の本棚には、恋愛関係の漫画、小説、雑誌が溢れ返っている。
すべて参考文献だ。
(そんな私だから、孝巳くんにフラれた。もっと、もっと、女子としてレベルを上げないと、絶対にまた失恋する)
孝巳がいま、彼女とうまくいっていないのは、本当に幸運だった。
(今度こそ。絶対に、孝巳くんに告白して、付き合いたい。……でも、どうしたらいい? 今日みたいなやり方じゃ、ダメ? ……分からない。どうしたら)
布団を抱きしめて、ゴロゴロする。
やっぱり無表情のままに。
それでも、今日、孝巳と抱き合った事実を考えると、顔が、自分でも分かるほど、燃えるように真っ赤だった。
(孝巳くん。好き)
けれども、それをどうやって伝えるのか?
伝わったとして、孝巳は応えてくれるのだろうか?
こんなことで、彼女に勝てるのだろうか?
(でも、絶対にもっと恋愛がうまくなる。そして孝巳くんと付き合う。絶対に)
扇原瑠々子の決意は固かった。
(……だけど、孝巳くん。あの本で彼女に手紙をうまく書くことができる? ……うまく書けたら返事がくる? きたら……またあの子と、会えるの?)
孝巳の彼女。
中学時代、共に彼を巡り、それでも友情を結んだ友達。
恋敵ではある。
孝巳とは別れてほしい。
けれども、このまま彼女が、自分たちのグループからフェードアウトしていくのは、どうにも寂しかった。
引っ越ししたとはいえ、また友達として会いたかった。いっしょに遊びたかった。
(そんな彼女がいなくなった。孝巳くんからも離れてしまった)
友情にも愛情にも、永遠は有りえないのだろうか。
孝巳と付き合いたい。
けれど彼女とも、栞と歌音とも、ずっと仲良くやっていきたい。
5人で、いつまでも。
それは贅沢な話なんだろうか。
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