第2話 フラれたツンデレ、過去のデレ告白を回想されて悶えまくる
「手紙、まだ書いてないの? おっそ! なにしてんの?」
学校帰りである。
現在地は、駅ビルの中に入っているファミレスだ。
俺、栞、歌音、瑠々子は空腹を満たすためにこの店にやってきたわけだが。
俺が彼女への手紙をまだ書いていないことを知ると、歌音は呆れたような顔でこう言ったのだ。
「昨日、書こうと決めたんだから仕方ないだろうよ。ふだん手紙なんて書かねえし」
「愛があれば手紙なんて、考えなくても書けるものじゃない? それをいちいち悩むってことは、孝巳、もうあの子のこと、好きじゃないのよ。うん、きっとそう。もう手紙なんて送るのやめたら?」
「そうはいかねえよ」
店員さんが運んできた山盛りポテトを、ひとつまみ。
口の中に放り込みながら、しゃべる。……美味いな、このポテト。揚げたてだ。ナイスだ。
「音信不通になった理由、ちゃんと確かめないと。それだけはちゃんと……しておきたい」
「そういうのを、しつこい男って言うのよね。返事するのも面倒なときってあるのよ?」
「かのちゃん、中学のときから何度も男の子に告白されてたもんね。ちゃんと返事をして断ったの、どれくらい?」
「さあ……2割くらいかしら。ほとんどはスルー。面と向かって告白してきた相手ならさすがに返事せざるをえないけれど……手紙とかラインで告白してきたひとは、確実に無視ね」
強気なことだぜ。
ポテトをほおばりながら、俺は思う。
歌音は確かに昔、告白されまくってたな。
サラサラの長い金髪に、スラリとしたスタイル。
腰は細いし、足は長いし、……胸だって、栞ほどじゃないけれど、わりとあるし……。
それに、気さくで明るい性格だ。男にモテるのも当たり前だと俺でも思う。――もっとも、
「あ! 孝巳、よく見たらあたしとアンタ、同じエプシコーラ飲んでるじゃん! うーわ、かぶっちゃった。最悪。キャラカブり最悪!」
その気さくさも一歩踏み込めば、ただの悪口女だが。
「エプシはあたしの専売特許なの。孝巳、そのコーラさっさと飲んで、ウーロン茶にしてきてよ」
「なんで、俺が変えるんだよ。歌音がお茶にしたらいいだろ」
「男はこういうとき譲るものよ?そんな気の利かなさだからあの子にフラれるのよ。やっぱり手紙なんか送るのやめなさい」
「だからまだフラれてねえって。便せんまで買ったんだ。書かずに終わるなんて、できるかよ」
「セコッ。便せん代まで計算に入れてるんだ。
やだやだ、ケチな男は。
……分かったわ。じゃあ、あたしが文面を考えてあげる。『こんにちは。いつまでも会えませんね。別れましょう、さようなら』。これでよし」
「俺から別れを告げてどうするんだよ! 俺はもっと、こう、別れるなら別れるなりに、段階っていうか……このままはあんまりだろ、話し合いだけでもしたい、っていう……」
「あー、ウザいウザい。そういうの、女は一番ウザいから。音信不通なのはそれが答えだから。空気読めってことだから」
「歌音はそうかもしれないけれどさ、あの子はそういう感じの子じゃないだろ。いくら高校生になったからって、そこまで冷たくはならない。絶対に」
「おーお、信じてるわけね?」
「当たり前だ。彼女だからな」
「……たかくんは、優しいね」
栞は、ちょっと困ったように笑いながら言った。
「あの子、幸せ者だなあ~」
「私も……なにか理由がある、と思う」
瑠々子が、下を向いたまま言った。
トマトジュースを、ストローで少しだけ飲んでから、
「あの子が、うっとうしいから連絡しなくなるなんて、そういうことは、多分しない。そういう子だから」
「…………。……ま、いい子だったからね、彼女は。……そう言いたくなるのも、分かるけれど……」
歌音は、俺から目をそらしながらそう言うと、
「エプシ、おかわりしてくる」
「あ、俺も」
俺のドリンクも空になっていたのだ。
俺と歌音は、空っぽのグラスを持って、ドリンクバーへ向かう。
「アンタ、今度こそウーロン茶にしなさい。エプシはあたしなんだから」
「いいじゃんか、2人で同じもの飲んでも」
「嫌なものはイーヤ。孝巳と同じものを飲んでいるなんて、周りの人に思われるのがダメなの!」
「なんだって、そこまで俺と同じが嫌なんだよ。理由を言ってみろよ、理由を」
「そんなのないわ。生理的、そう生理的に無理ってやつよ」
そこまで言われると、俺もついカッとなって、
「よく言うぜ! 中3の冬には、あんなにウルトラガチの告白してきたくせに!」
「っ! ……~~~~~~」
かぁぁぁぁぁ。
歌音は前を向いたまま、だがヤバいくらい、顔を赤くした。
「ぃゃ……ぁ、あのときは……」
――孝巳のことが好きなの。好きで好きでどうしようもないの。毎日、アンタのこと考えちゃうの。
孝巳と話がしたい。
孝巳と手を繋ぎたい。
孝巳にギュッてしてほしい。
孝巳と、孝巳と……
大好き。
夜も眠れないくらい。
好きすぎるの。
孝巳がこの世にいなかったら、あたし、きっと死んじゃう。
孝巳とそばにいてくれなかったら、あたし、生きていけない。
ね。
お願い……。
あたしと、付き合って――
「風と雪がピュウピュウ降る中、こんな風に言ってきたのは、いったいどこの誰で――」
「あぅあぅあぅあぅあぅ! あぁぁぁ……」
歌音は、目に涙まで浮かべて、
「やめて、やめて、言わないで! じ、時効……そう、時効よ。そんな昔のこと……!」
歌音が真っ赤になっているを見ると、悪い気がしてきた。
昔の話を蒸し返すほど、罪深いことはないが……。
歌音があんまり、俺をディスるもんだから、つい言ってしまった。
「…………」
「…………」
俺たちは、ドリンクバーにやってきた。
そして黙ってエプシコーラ。
氷も入れる。
「……ま、よかったじゃん」
「なにがよ」
「好きなひと、できたんだろ? 昨日言ってたし」
「え!? あ……あ、ああ、それ……んん……」
「俺が言うのもなんだけれど、頑張れよ。歌音、口は悪いけれど、さっぱりした良いやつなんだから」
「な、なによそれ。褒めてるの、けなしてるの、どっち……」
「どっちもだよ」
俺は、歌音に背を向けて、一足早く、栞たちのところへ戻ろうとしたが、
「待ちなさいよ!」
歌音が追いついてきた。
そして、
「もう、いないわ」
「なにがだよ」
「好きなひと。昨日は新しいひとがいたけれど、もう好きじゃないわ。忘れた。過去よ過去」
「はあ? なんだそれ……」
「女は三日どころか三時間で刮目よ。怖い生き物よ?」
「…………マジかよ」
「だから、……孝巳もさっさと未来に進みなさい?」
歌音はニコニコ顔で、俺を見つめてきた。
相変わらず、顔立ちは本当に綺麗だよな。
彼女や栞たちがいなくて、世界に俺と歌音だけしかいなかったら、あるいは――
ああ、くっそ!
まただ。俺はなんてことを考えてる!?
彼女がダメなら栞とか。
栞がいなければ歌音とか。
なんて浮気性だ。ダメだダメだ、てんでダメだ。最悪だ。
「あ、かのちゃん、たかくん、おかえり~。けっきょくふたりともエプシなんだね~」
「そ。孝巳があたしと同じものが飲みたいってゴネちゃってさ」
「誰が!」
俺と歌音は、隣同士に座って、皿の上に残っていたポテトをがっつき、それからエプシをふたりで飲もうとして、
「孝巳。歌音。……グラスを間違えている。そのままじゃ、……間接キスになる」
「「ぐ!?」」
瑠々子に指摘され、俺と歌音は、いままさに飲もうとしていたグラスを止めて、――揃って、ポテトを喉に詰まらせかけながら、赤面した。
ちらり。
俺は歌音を見つめた。
すると、歌音のほうも、俺のことを見つめてきていて。
やべっ。
俺は目をそらした。
意識する。
歌音を意識してしまう。
やっぱり俺は、浮気野郎かもしれない。
★☆★☆★
天照台歌音は、思う。
(覚えていてくれたんだ! あたしの告白……!)
今日、放課後についていったファミレスにて。
孝巳が自分の告白を覚えていたことが分かった。
恥ずかしくもあり、嬉しくもあり――
(だって、あんなに細かいところまで、覚えていてくれて――)
だから。
怖い。
(あのときの告白より、想いを伝える言葉なんて、思いつかないわよ。あれでフラれたんだから、あれ以上の告白なんて、あたしには……)
自室で、机の上に伏せながら、考える。
(どうしたら、 孝巳はあたしを好きになってくれるの? ……いつも、心にもないこと言っちゃうけれど……それで今日だって、ちょっとケンカみたいになったけれど……。
そりゃ、素直になるべきよ。ケンカなんかしないで、優しい女の子になるべきよ。そうしないと、また昔と同じことの繰り返しだわ。
でも、怖いのよ。もしも、素直になって、……孝巳に優しいあたしになって……それで、もう一度フラれたら……どんなあたしになっても、孝巳が振り向いてくれないって分かったら……もうそれ、絶対無理じゃん)
それでも。
友達のままなんて、絶対に嫌だ。
(絶対に……孝巳と、付き合えるようになりたい。絶対に……)
天照台歌音の決意は固かった。
(……それにしても、孝巳ってば、いつまでも、あの子のことばかり。手紙も本当に送るつもりなの? ……あの子はいい子だったけれど、でも……)
彼女は友達だった。
だが、……もうこのまま、いなくなってほしい。フェードアウトしてほしい。福岡で彼氏を作っていてほしい。
そして孝巳にも、彼女のことは忘れて、できれば手紙なんか送らずに、連絡も取らずに、……自分を、自分だけを見てほしい。
(今度こそ、あたし……)
友情よりも、自分だ。
歌音はそう思っていた。
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