第5話 姫路駅の駅そばが取り持った縁
彼女の次は、隣の男性にカメラとマイクが向けられている。
「私も、岡山からです。今日は神戸に日帰りで、三ノ宮までこれで移動ですわ。それにしても、この電車は快適ですな。あまり揺れませんから、仕事が大いにはかどりますよ」
「それは素晴らしい。どうぞ、お気をつけて」
報道関係者らは、他の客へとそのマイクとカメラの向け先を変えている。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
岡山を出て1時間少々。電車は、定刻に姫路到着。
ここでは、宇野や岡山で行われたほどの式典はない。
これまでの停車時と異なり、乗車だけでなく幾分の降車客もある。
彼女はふと、ホームを見た。
何とも言えないにおいのもとは何だろうか?
程なく、彼女の眼には、多くの立ち食いそばを食べる客が飛び込んできた。
その向こうには、そばのブースがある。
そばだけでなく、駅弁も売られている。
現に、窓を開けて何人かの客が駅弁を購入している。駅そばの汁の匂いが、ますます車内に入ってくる。
「これが、堀田先生のおっしゃっていた、姫路の駅そば・・・」
彼女はふと、この数年来勤めてきた喫茶店での常連客でもあり、高校入学時から勤めてきた本屋の客でもある堀田繫太郎O大理学部物理学科教授が兼ねて話していたことを思い出した。彼の出身地は、この姫路駅のすぐ近くである。
「堀田先生? まさかあなた、O大学の堀田繫太郎教授のお知合いですか?」
彼女のぽつりと漏らした言葉を、隣の男性客はしっかりと聞き及んでいた。
「は、はい。岡山清美と申します。堀田先生の研究室に本を届けておりました。あと、大学前の喫茶店でも働いておりまして、そちらにもよく、来られていました」
「そうですか。私は、岡山市内で茶葉の卸売商をやっております、有賀幸作と申します。まことに偶然ですが、戦艦大和の最後の艦長と同姓同名です。人間の方は足元にも及びませんが、名前だけでもせめてってところです。ところで岡山さん、ひょっとして、窓ガラスにおられたウエイトレスのおねえさんじゃない?」
そう言われてみれば、見覚えのあるような顔では、ある。
観念するかのように、彼女は自らの身の上を明かした。
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