新垣司/2
篠月原学園。
これが俺たちの通っている学校だ。中高一貫校で、第一地区の中でもかなり中心に存在している。比較的、他の9つの地区よりかは広い第一地区だからこその広さを誇っている。
「それじゃあ兄貴、私中等部の方に行くから」
「おう、また夜にな!」
「ぜっったい、早く帰ってきてよね」
そうやって再三の忠告を残して、遠目に見える友達の方へ歩いて行った。と、その友達がこっちに気づいたのか俺に会釈をしてきた。
にしても、初めて見る子だな。長い黒髪が特徴的で、すごく礼儀正しい子だな。いやぁ、あんな子が琴音の友達でお兄ちゃん嬉しいよ!
「朝から中学生見て頷いてんじゃねぇよクソガキ」
「いってぇ!?」
送り出した妹たちの後姿を見ていると、頭に強い衝撃が走った。こ、この容赦のなさすぎる拳骨と、凛とした声は……!
「いってぇな!なんでいきなり拳骨するんですか、このバカししょ──」
ゴツン!
さっきよりも更に強い衝撃が頭に走る。今度は指の関節を立てての拳骨だったぞこのバカ師匠!?
「学校では師匠って呼ぶなっつったろクソガキ。自分の生徒が性犯罪に走ったら矯正してやるのがあたしの仕事だ」
「とんでもねぇ誤解が生まれてるんですけど!」
振り向いたその先には、拳を握りしめたまま俺を見下す目で見つめる師匠─浅田美弥─が立っていた。
初めて会ったころと変わらず、長い髪を一房後ろでまとめるポニテスタイルは変わっていない。今は教師という立場もあってのスーツスタイルで、ぱっと見はバリバリのキャリアウーマンぽさを醸し出している。出るところは出ていて、まさにモデル体型と言える。俺よりは身長は低いが、女性としては長身の部類に入るだろうか。
「ほれ、仕事だバカ弟子。さっさと来い」
「はいはい」
師匠って呼ぶなって言ったくせに、自分は俺の事弟子って呼んでるじゃねぇか。なんて事を本人に言ったら今度は蹴りが飛んできそうなので、溜息と一緒に不満を飲み込んだ。
師匠の後をついていくように、校内を歩き出す。目的地は体育教官室で、ほぼこの人の私室となっている部屋だ。
「時にバカ弟子。今朝、お前が走ってるとこを見てたんだが」
手持無沙汰になったのか、師匠がそんなことを言いだす。確かに学校に近い場所も走っていたから、見られる可能性はなくはないけど……。
「それがどうしたんですか?」
俺がそう返すと、それはそれは不満そうな声音と目線だけをこっちに移す。
「ペースが遅い。あんなちんたら走ってても、準備運動にもならんぞ」
「えぇ……」
大体、20㎞を40分。それが毎朝の俺のペースだ。6年前、師匠に弟子入りした時から死ぬほど身体をしごかれてきて、それなりに強くなった。時には本当に死ぬ一歩手前まで行ったこともあったけど、それのお陰で今の俺がある。
「ランニングならあれくらいで良くないですか?」
「そんなので満足してるうちは、お前はあたしにはなれんぞ。あたしならお前の1.5倍のペースで走る」
とのこと。ぶっちゃけ朝のランニングならあれでいいとは思うのだが、師匠がそう言うなら俺はもっと早く走らなければならない。それがこの人との約束でもある。
俺は、いずれこの人を越えなければいけないのだから。
そんな話をしていると、いつの間にやら体育教官室に着いていた。少し古くなったドアを開け、師匠に続いて中に入る。中は相変わらず雑多としていて、そこかしこに教科書やら資料やらが置きっぱなしになっている。
「なぁししょ──、先生。いい加減この部屋の片づけを──」
「あたしは掃除が苦手だ」
いやいや、バッサリ切り捨てすぎだろう。本当に強さと面倒見以外はてんでダメだな。
「さて。お前、今朝のニュースは見たか?」
今朝のニュースというと、あれしかないだろう。第一地区でのファイントの被害が出たという話だ。だがその後は琴音を慰めることで精一杯で、碌にニュースを見れていなかった。
「一応見ましたよ。で、場所はどこら辺で?」
ペチッ!
俺の顔に何かが当たる。
それは“委員会”からの資料だった。
ファイント被害に関して、政府が秘密裏に動かす裏組織。師匠曰く、顔も見せない無能の集団。そして、そのファイント被害に対して動き、人と世界を守る人間を“調整者“──”クリーガー”という。
資料を掴んで見てみると、びっしりと文字が書き連なれている。そこには今朝のニュースと、その詳細。そしてニュースでは報道していなかった“裏側”の被害報告が記載されていた。
街はずれでのファイントの被害。死者は委員会から派遣されていた調整者が5人。幸いなことに、一般人の被害はない。追加で調整者が応援に来たが、陽が射してきた為ファイントは撤退。だが──。
「んー、委員会からの派遣調整者が8人死亡。それが今回の被害状況ですか」
「委員会の見立てではⅡ階梯。その程度に8人もやられるとは、委員会も堕ちたもんだ」
資料を俺に投げて、そのまま椅子に腰を下ろす師匠。そう言い放った顔はつまらなさそうにしていた。
太古より存在しているファイントという生命。
奴らに対してはまだ研究が進んでいないことも多く、人の血肉を好むこと、陽のある時には活動しないこと。そして、ファイントには階梯が存在していること。
ファイントの階梯はⅠ~Ⅳまで存在しており、階梯が上がれば強さは別次元になる。Ⅰ階梯が主に討伐対象で、Ⅱ、Ⅲ階梯は滅多に現れず、Ⅳ階梯に関しては過去に3体だけ現れた事があるだけらしい。
だからこそ、実質的にはⅢ階梯が頂点にあたる。おおまかには、これが奴らに対して分かっていることだ。それ以外は、どこから現れているかもどのくらいの数がいるのかも不明の分からない尽くし。
Ⅱ階梯だと、一般的な調整者が10人いてようやく勝負になるだろうか。
「その死んだ委員会のバカどものお鉢が回ってきた。お前なら問題ない、一人で行ってこい。あたしは別件がある」
「はぁ!?」
この女!8人でダメだった案件に俺1人で行かせるつもりか!?
「ちょっと待ってください師匠!それは──」
「別にⅡ階梯とやるのは初めてじゃないだろう。お前なら無傷で倒せる。それに──」
少し言葉を溜めつつ、こっちに向かってくる師匠。そして俺の顔前で止まって顔を除くように目の前まで顔を持ってきた。
「お前はあたしが育ててやったんだ。そう易々と死なねぇよ」
覗き込んできた顔はうっすら笑っているのに、その言葉と瞳の奥には確かな信頼と自信があった。お前は死なない、お前は強いという信頼と自信が。
この顔をされると、否が応でも自分を信じなければならなくなるからあまり好きじゃない。
「仕事前までに資料は読んどけ。後は全部いつも通りだ」
「分かりましたよ……」
まぁいいまぁいい。この人のこういう無茶ぶりにはもう慣れてるんだ、これくらいどうってことない。
学校のチャイムが鳴る。話し込んでいると、気づけばもう始業前30分になっていたようだ。
「よし、仕事の話は終わりだ。HRに送れんなよクソガキ」
ここで話は終わりと言わんばかりに教官室を出ていく師匠。相変わらず淡白というか、サッパリとした人だ。
資料をカバンの中に仕舞って教官室を出る。外に出ると師匠の後姿は遠く、もう職員室の方へ歩いている途中だった。
それを横目に、俺も教室へと歩き出した。
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