妹の親友と

 少しだけ憂鬱になった気持ちを晴らすように、いつもの自販機に寄り道をする。そりゃあ顔も知らない同業者だけど、それでも人が死んだのだ。朝からそんな報告を聞いて心が動かないほど、俺は薄情にはなれない。


「はぁ……」


 こんな時にはいちごミルクを飲むに限る。こんな時でなくともいちごミルクに限るのだが、やっぱりあの甘さは俺の動力源だ。


 と、自販機の前に見たことのある女子生徒が1人、特徴的な長い黒髪を揺らしている。さっき、琴音と合流して俺に会釈をしてくれた子だった。

その子が、何かを探すように自分のポケットを探している。財布でも忘れたのだろうか、探し終わると少し落胆した顔でうなだれる。


「えぇっと、どうかしたのか?」


 やばい、思わず声をかけてしまった。このままだと、下手なナンパに捉えられないだろうか?

 が、そんな俺の心配とは裏腹に、こっちを見た瞬間にその琴音の友達は笑顔になった。


「あ!えっと、琴音のお兄さん……ですよね!」

「お、おう」


 その思ったより好感触な態度に、少しだけ驚いた。というか、俺の事をそこまで知ってるのか。てっきり、今朝が初めての邂逅だと思ってたけど……。


「初めまして。琴音と同じクラスで友達の、乃木あやかです」


 そうやって、ペコリとお辞儀をする乃木ちゃん。なんて礼儀正しい子なのだろうか。

 大きな瞳と、黒髪の長髪がとても目を引く。顔は琴音と比べて大人びているだろうか、中等部にこんな美人な子がいたのか。


「ははっ、ご丁寧にどうも。俺は新垣司、高校2年生だ。よろしく頼む!えっと……」

「あやかで大丈夫です。よろしくお願いしますね、お兄さん」


 そうやって満面の笑顔を向けてくるあやか。ははぁ、これはクラスの男子にはモテモテだぞ。きっと琴音と同じくらいにモテモテだ。


「ああ。それで、あやかは財布を忘れたのか?」

「うっ……。は、はい。多分家に……」


 おっと、見る見るうちに顔が赤くなっていくなぁこの子。正解だったんだろうが、そんなに恥ずかしいことなのだろうか。


 仕方ない、ここは俺が買ってあげるしかないか!琴音の友人なら、俺にとっても大切にしたい存在だ。


「図星だったんだな。何が飲みたいんだ?買ってやるよ!」

「え!?そ、そんな悪いです!わたし達、ちゃんと話すのも今が初めてなのに!」

「気にしない気にしない。それじゃあ、俺はお先にっと」


 500円を入れて、予定通りにいちごミルクを買う。と、俺といちごミルクをポーっと見るあやかが目に入った。


「どうした?」

「いえ、お兄さんって甘いもの好きなんですね?」


 ぐっ、確かによく言われるけど!別にいいと思うんだけどなぁ、だっていちごミルク美味しいだろ!?


「あっ、別に悪い意味じゃないんです。ただ……、ふふっ。琴音から聞いていたのとイメージが少し違ったので」


 はたして、我が妹は俺の事をどういう風に話しているのだろうか。かっこよくて自慢のお兄ちゃん!なんて語ってはくれないだろうしなぁ。


「どんなイメージなんだか……。ほら、好きなの選んでくれ」

「……本当に、イメージどおりですね。それじゃあ、わたしもいちごミルクをお願いしていいですか?」

「おうよ」


 再度ボタンを押し、いちごミルクを購入してさやかに渡す。受け取ったあやかは微笑んでいて、なかなか絵になる可愛さだなと感じてしまった。


「ありがとうございます、お兄さん。後でお金を返しに行くので、お兄さんのクラスを教えてもらっていいですか?」


 なるほど、かなり真面目なタイプか。……いや、本当にいい子だな?俺なら同じ状況だったらお礼を言うだけになるけどな。本当に琴音の友達をやってくれて嬉しいな。


「いいって、気にすんな。そうだな……、じゃあ代わりに学校での琴音の事を教えてくれないか?」

「琴音の事……、ですか?」

「そう!あいつ、学校の事あんまり話さないからさ。兄貴としては気になるもんがあって!」


 まぁ、学校で何かあったという事も本人からも師匠からも聞かないし、それなりに上手くやってるだろうけど。あやかは貸し借りとか気にするタイプだろうから、こうやって簡単なお願いでチャラにするのが一番だろう。


「……ふふっ、分かりました。何でも聞いてください、お兄さん!」


 声音と表情から見るに、それでこちらの意図を悟って乗っかってくれたようだ。なんだかキザな事をしたようで少し恥ずかしいが、あやかの笑顔でお釣りがくる。


「それじゃあまずは、琴音はクラスで上手くやってるか?無駄に敵とか作ってないか?」


 普段のいおりに対する態度を見てると、そこが一番心配になるんだよなぁ。あいつ、幼いころから知ってるいおりにだけああなのだろうか。


「敵ですか?いえ、そんな事ないですよ。琴音は人当たりがいいですし。むしろ人気者ですよ?」



 なるほど。やっぱりいおりに対する態度は、気心知れてるゆえの物だったか。それにしても嫌いすぎだとは思うけど。


「琴音、家ではお兄さんにきつく当たる事が……?」

「ん?ああ、そうじゃないよ。あいつ、気心知れた相手には甘えがちだから」

「ふふっ、確かに。なんとなくそんな気がします!」


 なにか思い当たる節があったのか、あやかはうんうんと頷いて楽しそうにする。


「だろう?そういうところが可愛いんだけどな!」


 生意気盛りにも関わらず、家事も手伝ってくれる。おまけに家ではよくくっついてくる。本当に、目に入れても問題ないくらい可愛い妹だ。


「本当に、琴音の事が好きなんですね。なんだか少し羨ましいです」

「羨ましい?」

「はい。……わたし、両親とは離れて寮暮らしなので」

「そうなのか」


 この学園は中高一貫という事もあり、一応寮も完備している。俺と琴音は学校から家が近いから利用はしないが、基本は寮に入る人が多い。


「なら、ホームシックになったときはうちに来るといいさ!歓迎するよ!」

「……いいんですか?」


 なんだ、遠慮しているのか。琴音がいるし、俺も簡単な料理くらいなら出せるし。それに、親と離れてるってのは辛いだろうしな。


「もちろん!少し話しただけだけど、俺、あやかの事が好きになったしな!」

「好きって……っ!そ、その……」


 ……おっと、これは非常にまずいかもしれない。さっきの言葉は間違いなく勘違いを生む。というか下手したらセクハラになりかねない!

 見る見るうちに顔が赤くなっていくあやかも面白い光景ではあるが、これは下手したら家族会議になりかねない!!


「ちょ、ちょっとまっ」

「わ、わたし失礼しますね!いちごミルク、ありがとうございました!」


 こっちが言い終わる前に、びっくりするくらいの速さで走り去っていくあやか。

 あぁ、あやかは走るの早いんだなぁ。ほんと、びっくりするくらい早い。これは、うん。詰んだな。


 琴音にどう弁解するか。そのことだけを考えて、再び教室に歩き出した。



「よっす司。これ、昨日言ってた女優。な、エロイだろ!」


 朝からエッチな女優さんについていきなり話題を振ってきたこいつ。俺の無二の親友であり、無二の悪友の戸塚晃紀だ。

いつも通りの赤毛はセンターパートにし、非常に快活な印象を与えてくる。ぱっと見だと、男の俺から見てもかなり男前な顔をしている。まぁ、その印象を一瞬でぶち壊せるのがこいつなんだが。


「おいおい晃紀くん、朝っぱらから何を言ってるんだよ。そんな話した覚えはないぜ?」

「じゃあ見なくていいのか?」

「馬鹿野郎!見るに決まってるだろうが!」


 ここで見ない男とかいないから!面倒くさい朝の活力源といったらこういう話題で盛り上がるのが一番だろ!


「ほうほう、これは中々……」

「だろう!?俺的には、ここの部分がだな……」


 うん、こいつにしてはいい目の付け所だ。まだ見ぬ開拓していない領域をこうやって見つけられるのも、心の友の力あってこそだよな!


 そうやって少し教室の後ろで話していると、横からもう一人の親友の声が聞こえてきた。


「やっほー、司くんに戸塚くん!なーに盛り上がってんのさ!」


 朝に分かれた以来の、小金井いおりの声だった。声の主を把握し、晃紀がスマホをサッとポケットに仕舞う。いくら親友でも、いおりは女の子だ。バレるのは色んな意味でまずい!


「よ、よう小金井!今日も元気そうだな!」

 やめろバカ!動揺してるのが目に見えて分かるじゃねぇか!


「よ、よういおり!テニス部の朝練は終わったんだな!」

 やめろ俺!晃紀の事を言えないくらい動揺してるじゃねぇか!


「う、うん。どしたの2人とも?何かあった?」

「「なんでもないよ!!」」


 こんなところで息ピッタリになるあたり、男っていう生き物は悲しい生き物だ。


「へー、まぁいっか。ほれほれ2人とも、もうHR始まっちゃうよ」

「そうだぞクソガキども。とっとと席に着け。発情すんなら家でしろ」


 なんて、いおりの後ろから来た師匠が俺たちの行動を見ていたかのような発言を言い放つ。別に発情なんてしてないけどね?晃紀は知らないけど、俺はそんな事全然してないけどね?


「……ふーん」


 ほら見ろ!師匠がそういう事言うから、いおりがゴミを見るような目で見つめてくる!


「待て待て、誤解だぞいおり?俺はただ、美術的な観点からだな」

「琴音ちゃんはどう思うかなー?」

「勘弁してください」


 そうやってすぐ琴音の名前出すの良くないと思うよ!?前もこういうことがあった時、琴音が2日口聞いてくれなかったんだよなぁ。兄のそういう話聞いても気持ち悪いだけだし、それはそうなんだけどなぁ。


「おら、とっとと座れっつったろ。夫婦漫才も家でしろ」

「も、もぉ、夫婦は言いすぎだよ美弥ちゃんせんせ!ね、ねぇ司くん?」


 なにやら照れつつこっちを見るいおりを横目に、俺も晃紀も席に座る。それを見て肩を落としたいおりも席に座った。


「よーし、HR始めるぞー。今日の休みは──」


 HRを聞き流しつつ、机の下の資料に目を落とす。


 Ⅱ階梯のファイント。確かにそれ自体はあまり問題はない、と思う。今までは師匠について仕事をしていたが、そろそろ1人立ちをしなければとも思っていたしな。


 街はずれ。正確には、対ファイント特区。ファイントが何故かよく発生する地域を隔離して、地区ごとに分けた場所。あそこは確か他よりも一般人の居住区に近かったから、戦闘の余波が漏れてしまったんだろう。そこをニュースにされてしまった形か。


「ふむふむ……、げっ」


 委員会で対処が難しいと判断されたファイントには、俺たちのような民間の対ファイント組織に要請が出る。とりわけ師匠はこの業界ではその高い実力から有名で、よく重い案件を回されることが多い。


 報奨金650万。基本的に、Ⅰ階梯のファイント1体で20万ほどが相場だ。Ⅱ階梯だと400万ほどだろうか?それを基に考えると、この金額はⅡ階梯でも上澄みかそれ以上じゃないか?Ⅱ階梯以上になると群れることがなくなることも考えると、1体でこれだもんなぁ。


 まぁ、この仕事は結局は出たとこ勝負なんだ。それに、Ⅱ階梯だろうが攻撃を喰らわなければ問題はないんだし。体力温存の意味を込めて、放課後の為に今日は学校は寝て過ごそう。

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