運命
「なぁ師匠。師匠はなんでそんなに強いんだ?」
これは、いつの頃だろう。懐かしい記憶の夢を見てる。
「そんなもん知るか。あたしは生まれた時からこんなんだ」
その言葉にはどんな意味と感情が乗っていたのか。当時は分からなかったけど、今はその表情を思い出すと少し分かる気がする。
「お前も、いずれあたしと同じくらい強くなるさ。お前は━━━━なんだから」
師匠の言葉が、途中から全く知らない言語に聞こえた。
「え?師匠、今なんて言ったの?」
「……1つ、この仕事をするにあたっての心構えを教えてやる」
俺の質問を流して、俺の頭を撫でながらおもむろに口を開く師匠。
「仕事と思うな。あたしらは戦えない奴らの代表者だ。ファイントと人間の、生存競争のな」
「……い。……い司!……おい司!」
「……んえ?」
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。時計を見ると、もう放課後になってしまっている。昼食後から記憶がないから、かなり長い間眠っていたらしい。
「悪い悪い。すっかり寝ちゃってたんだな」
「おうよ。もう教室誰も残ってねーぞ」
「なに!?」
「自業自得だからな。お前、どんだけ呼んでも起きねーから」
「そうなのか……」
な、なにはともあれ、放課後になったのなら仕事の時間だ。琴音にも早く帰るって約束したし、さっさと片付けないと。
「よし、そんじゃあ俺帰るわ。待っててくれてさんきゅ」
「気にすんな。俺もバイトだから、そろそろ行くわ」
「おう。また明日な」
「おう。死ぬなよー」
そうやって、晃紀と校門前で別れる。あいつは中心街のほうへ、俺は対ファイント特区方面へ。というか、ただのバイトとしか言ってないのに死ぬなよって。俺はどんだけ貧弱に見えてるんだよ。
晃紀が見えなくなったあたりで、制服に隠していたネックレスをつけなおす。あの学校、小物については厳しいんだよなぁ。
このネックレスこそが、俺の仕事道具だ。
太古の昔から存在するファイント。奴らには、銃弾や刃物といった物は効かない。じゃあ何をもって奴らを殺すかというと簡単だ。自身の血と魂を自分の最も大切な無機物に分け、それを使役して思うままの物に変換する能力。名をルーベンという。それが唯一、ファイントに対しての対抗手段だ。
世界でこの能力を持つ人間は限られている。だからこそ、この能力を持つ人間はこういわれるのだ。生存競争の代表者、と。
そんな事を考えていると、対ファイント特区の前に着いていた。
「おっと、坊主じゃねぇか。今日はお前一人か?」
地区外の警備員に話しかけられる。小倉さん。顔見知りの警備員だった。
「ああ、お久しぶりです小倉さん。そうなんですよ、今日は俺だけです」
「はははっ、そうかいそうかい!お前ももうベテランだな!」
「なんだかんだ、仕事を始めて6年ですからね」
そう、もうこの仕事を始めてから6年だ。
6年、この仕事をして生き残れている。何度も同業者の死に目にあった。そのたびに、名前も知らない人たちに思いを託されてきた。お前は死ぬな、あいつを殺してくれ、家族に伝言を──。うんざりする程聞いた遺言だ。
「そういや坊主、さっきお前より若い嬢ちゃんが入ってったぞ。委員会からの派遣だそうだが、知ってるか?」
「委員会から?」
委員会からの派遣で調整者が来るなんて、資料にはなかった。どういうことだ?
「ありがとうございます!すぐ確認してきます!」
なんだか胸騒ぎがする。事前情報にない事が起こるときは、いつだって凶兆の前触れだ。
陽はもうじき堕ちる。これからは、奴らが活動する時間だ。昨日の遺体がある以上、奴らは陽が堕ちたらすぐに戻ってくるはずだ。
特区に入る。資料にあった、囮として使われている昨日の調整者の遺体。場所は頭に入っている。その調整者がどれほど強いかは分からないけど、最悪に備えなければならない。荷物を置いて、全速力で走る。
「……もう、遺言はうんざりだ」
△
「はっ、はっ、はっ……!」
死にたくないと、思ってしまった。
昼休みのことだ。いつもどおりに学校で過ごしていると、委員会からの要請が入った。メールに目を通すと、昨日殉職した調整者の遺体からルーベンを回収するようにとの事だった。
『あやか、どうかしたの?顔色悪いよ?』
『う、ううん、何でもないよ琴音』
顔色が悪くなってしまったのだろう。そんなわたしを心配して、わたしの親友は色々と手を焼いてくれた。いつもはこっちが世話をするのに、こういう時は頼もしい。
きっと、お兄さんの愛情のお陰だろう。
今朝に初めて話した琴音のお兄さん。琴音が普段から自慢してくるのも良くわかる。とても優しくて、愛情深くて、でも可愛い部分も不真面目な部分もあって。簡単に好きとか言って、わたしの心を乱してきたお兄さん。
ちょっとだけ、ううん、すごく。すごく、琴音が羨ましいと思ってしまった。わたしも、あんなお兄さんが居てくれたらなって。
そんな思考をしてしまうと、死にたくないと思ってしまう。
まだ琴音や友達と遊びたい。お兄さんと仲良くなって、色々なことを話したい。わたしの能力を知って、この仕事を始めたときに覚悟は決まっていたはずなのに。
「きゃっ!?」
足が絡まって転ぶ。わたしでは敵わないと悟って、逃げた先にあったのは絶望だった。転んだ先には、後ろから追ってきていたはずのファイントが居た。
「いや……」
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!まだやり残したことが、やりたいことが沢山あるのに。こんなところでなんて……!
ファイントの腕が振り下ろされる様がスローモーションに見える。
誰か、誰かわたしを……
「助け──」
そこから先の言葉は、耳をつんざくような大きな音にかき消された。
その大きな音と衝撃に思わず顔を伏せる。しばらくの爆風の後、衝撃の正体を探る為に顔を上げる。そこに、わたしを助けたものがあった。
地面に刀が一振り刺さっている。ファイントの血に濡れており、それが刀を艶めかしく光らせる。そのまま魅入ってしまっていると、刀の柄をごつごつとした手が握る。
「おう、大丈夫かお嬢さん」
刀を握っている手の先を辿っていくと、わたしと目線を合わせるようにその人がしゃがんでいた。短く切った黒色の髪を血に濡らし、わたしを見る双眸は温かいものだった。
ただ、わたしを助けてくれたその人は、ここにいて欲しくない人だった。
「……お兄さん?」
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