欲望の渦

『ルーベンを使うⅢ階梯?それ本気か?』

「本気だよ。おかげで滅茶苦茶手こずったけどな」


 電話越しにさっきの戦いを晃紀に報告する。幸いにもまだ家で寝ていたようで、着信で叩き起こされた怠け声で返される。

一応、まぁ本当に一応。こいつには教えといてやった方がいいからな。


『おうおう、白い死神がそこまで言うか。確かにそれは警戒しといて損は──』

「おいちょっと待て、なんだその白い死神って」

『なんだ知らないのか?お前、委員会とか他の区の調律者からそう呼ばれてるんだぞ?』

「その名前で2度と呼ぶなよ!?」


 中二病にもほどがないか!?しかも白い死神って、俺の髪色からとってるのか!?白色じゃなくて一応銀髪なんですけど!


『情報さんきゅ。そんで、妹ちゃんとは話したのか?』

「……まだ話してねぇよ」


 泣きじゃくる琴音とあやかをあやしながら家に着いて30分ほど。

汚れてしまった服を変える為にあやかは一旦寮に帰り、琴音はシャワーを浴びて部屋から出てきていない。あやかが家に来る前に、琴音と2人で話したいところではあるんだけど……。


『ならさっさと話してこい。それじゃ』

「ちょ、おい!待って、もうちょっと心の準備の時間が──」

『知らん。早くいけチキン』


 その無慈悲な言葉だけを残して電話が切られた。いやまぁね?実際話に行けてないのは、俺がチキン故なんだけどさぁ。


 携帯をベッドに放る。あやかから連絡はないし、このまま話さないままだと、最悪琴音の負の感情の行き先があやかに行ってしまう可能性がある。そうならない為にも、俺がちゃんと話さないといけない。


「……行くか」


 バカな親友にも発破をかけられたし、そろそろ覚悟を決めなければ。隠していたのは俺なんだから、怒られるくらいは甘んじて受け入れないと。


 腹を括ったら話は早い。部屋を出て、目の前にある琴音の部屋のドアノブに手を当てる。ほら、ここで手が止まっちゃうのがチキンだっていうんだ!


「あ、あー。琴音、入っていいか?」


 10秒待ったが返答無し。これはもしかして……。


「入るぞー」


 琴音の部屋に入る。

やっぱりというかなんというか、琴音はベッドで寝息を立てていた。そりゃあんな事に巻き込まれた後だ。緊張が解けて泣いたのもあって、疲れ切ってしまっていたんだろう。


 ベッドの縁に座って琴音の顔を見下ろしながら、綺麗な髪を撫でる。大きく綺麗な瞳は閉じられて、長いまつ毛の上には俺と同じ銀髪が重なっている。そういえば、小さい頃は髪色の事でよくからかわれてたんだっけ。珍しい銀色の髪、俺は嫌いじゃないけど琴音は気にしてたもんなぁ。


 今日の事をちゃんと謝りたいのに、思考はそんな事にばかり流される。


「なんだかんだ、お前と本音で話した事なかったもんなぁ」


 調整者の事、ファイントの事を隠して。隠したまま不安にさせて泣かせて、危うく命すらも。


「……本当にごめんな」


 謝ってすむことじゃないし、そもそも琴音が寝ているんだから謝れてもいない。けど、気持ちの整理の為にも必要なプロセスだと思った。


「……何に対してのごめん?」

「うっ!……っと、起きてたのか」

「誰かさんのせいでね」


 もぞもぞと布団の中で動いてそっぽを向いて、顔が見えない状態で皮肉を言われる。


確かに声かけながら部屋入ったり髪の毛触ったり、起こしちゃうには十分だよなぁ。いやほんと申し訳ないけど、起きたなら話は早い。しっかりと向き合わないと。


「それで、何に対して?さっきの戦いの事?それを今まで黙ってたこと?……あやかの事?」

「え、ええと……」


 戦闘に関してとそれを黙っていた事なんだけど、あやかの事とは……?やべぇ、また何か預かり知らぬところでやっちゃってたか!?


「とりあえずは、さっきの事とそれを今まで黙っていたことについてだな」

「……もういいよ。どうせ、兄貴は私の為に黙ってたんでしょ?ならいい」


 上体だけ起こして、微笑みを浮かべながらそう言う琴音。

そのままの意味で受け取れば、なるほど物わかりのいい妹だ。ちゃんと受け入れてくれて、俺の事を許してくれた。


 だが、この妹に関しては違う。

自分の事に自信がなくて、強情で、泣き虫で。そして、俺に対してはいつまでも甘えたなこの妹は、こんなに物わかりがいい訳がない。だから俺は、琴音のこの笑顔で許されちゃいけない。


「よくないんだろ?」

「……は?」

「俺が言うのもなんだけど、全然納得できてないんだろ?だから、ちゃんと本音で話そう。この世界でただ2人の家族なんだから、な?」


 両親が亡くなって7年と少し。


それからずっと、2人で支えあって生きてきたんだ。そしてこれからも、例えば琴音が嫁に行ってもそれは変わらない。俺たちは、たった2人の兄妹だ。


「ほら、だから言いたい事はなんでも──ぶっ!?ぐえっ!?」


 な、なんだ!?顔面に毛布を押し付けられた後、そのままこれ押し倒されてるのか!?て、ていうか、これ息できない……!


「ちょ、琴音──」

「んっ……」


 ──────は?これ、何が起きてるんだ?なんか、唇に毛布越しに……。


 毛布がのけられる。上を向いた俺の目に入ってきた琴音の顔は、頬を真っ赤にして涙を流しているものだった。


「こと、ね?」

「私、お兄ちゃんが思ってるほど子供じゃないよ?」


 自身の涙を拭いながら、琴音は言葉を紡いでいく。


「だから、ちゃんと納得した。お兄ちゃんの隠し事に関して私は何もできないから、全部ひっくるめて受け入れることにしたの。それが、私の選択した本音だよ」


 そう言い切った顔はとても爽やかな笑みを浮かべていて、だから俺はようやく気付いた。


 琴音はもう、俺に甘えるだけの子供なんかじゃないんだ。


「……あははっ、子供なのは俺の方だったか」

「あれ、知らなかったの?だから、お兄ちゃんが迷子にならない為に私が居るんじゃん」

「だな。琴音が居てくれるから、俺は帰ってこられる」


 そう言いながら頭を撫でられているとふと思い出す。今日は色んな人に頭を撫でられてばっかりだなと。みんな、俺の事をなんだと思っているのやら。


「話変わるけど、あやかとはどういう関係なの?」

「えっ、どういう関係って……」


 簡単に言えば弟子なんだろうけど、それだけで終わらせないという意思が琴音の目から伝わってくる。

……なんでこんな殺気が?お兄ちゃん今度はなんの地雷踏んだの?


「対ファイント退治の弟子、みたいなもんかな?それと……妹の親友?」

「…………まぁいいか」


 ちょっとだけ不満げな表情だが、なんとかご納得していただけたみたいだ。どんなところを心配してるんだ我が妹は……。


「あ、でも1つだけ約束してお兄ちゃん」


 撫でるのをやめて、真剣な顔で口を開く琴音。


「──なるべく、怪我しないでね」


 納得をして受け入れてくれた琴音が、ただ1つ付け加えた条件がそれ。だったら、それは絶対に守らなければいけないものだ。


 であれば兄として保護者として、新垣司として。俺が言うべき事は1つだけ。


「もちろんだ。これでも、お兄ちゃん強いんだぜ!」


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