遭遇戦Ⅱ

「………………お兄さん!」

「っつ……!?」


 その声のお陰で意識が戻った。


顔を上げると、遠くの方にファイントが見えた。そうか、さっきの青い火花。あれのせいでここまで飛ばされて、あまつさえ一瞬気を失っていたのか。

敵を前にして、後ろに守るべき大切な人たちがいたのにも関わらず……。


「情けない……!」


 周囲を見渡す。相当飛ばされたみたいだが、背後の車がないともっと飛ばされていたかもしれない。幸い、一般人はもう逃げてくれてるみたいだ。

でも、道脇の物陰にはいて欲しくない人たちがそこに居た。俺を起こした声の主と、その主に任せた大切な人。


「あやかに、琴音……」

「お兄さん!」

「お兄ちゃん!」


 2人がこっちに駆けよってくる。どっちも今にも泣きだしそうな顔をしていて、己のふがいなさを改めて実感してしまう。だけど、今駆けよられるのはまずい!


「来るな!」


 その一言で何とか2人の動きを制することが出来た。こんな低い声を出して悪いとは思うが、戦闘はまだ続いている。


 立ち上がって遠くにいるファイントを見る。

やつも踵落としのダメージは残っていたのか、まだ臨戦態勢には入っていないように見える。一瞬意識を失っただけで身体の痛みは少ない。吹っ飛ばされる直前に能力で身体を強化していたお陰だな。


 額の血はまだ止まっていないけど、これくらいなら問題ない。とりあえずは琴音とあやかを戦闘の余波が届かない場所に逃がさないといけない。



「あやか、琴音と一緒にもう一回隠れててくれ。まだ戦いは──」


 終わってない。

そう言いかけた瞬間、遠くに見えるファイントの気配が一気に膨れ上がった。そして、その周囲に青い光が大量に浮かび上がる。幻想的で綺麗だが、その光は危険だ。


 似たものを何度も見たことがある。あれはルーベンの能力を使う際に出現する光だ。つまりあれはルーベン?何に作用しているんだ?自身の身体?それとも隠している何か?でも吹き飛ばされたとき、奴と俺の間には何もなかった。相手が動いた気配もなかった。


「……柔軟に。思考と観察は止めるな」


 意識を失って能力が切れたネックレスを再度日本刀に変える。

今まで師匠と殺したⅢ階梯には、あんな能力を使う個体はいなかった。特区の結界が切れたことに関係しているのかは知らないけど、とにかく今までと同じ戦い方じゃダメだ。もっと観察をしないと。


でもここで戦えば、知能のあるあいつがあやかと琴音を狙わないとは限らない。もっと離れて戦わないと。


「よし、2人ともそこから動く──」

「行かないで……」

「──え?」


 その震えた声を聞いて、思わずファイントから目線を外して声の主へ目線を移す。そこには琴音を抱きとめるあやかと、涙を流しながらこっちに手を伸ばす琴音がいた。


「お願い……。お願いだから、もう戦わないで。お兄ちゃん……」


 …………この思考は、今はダメだ。後回しに、後回しにしないと。


「ごめん、説教は後でな!」


 それだけ言ってファイントへ駆け出す。


余分な思考は頭の隅にしまって、今は敵の事だけ考えろ。さっきの初見殺しの爆発はもう喰らわない。どうしてあの光が爆発したのか、どうしてルーベンらしきものをファイントが使えるのかは今は考えない。


 後ろにいる2人を守る為に敵を殺す。その思考の軸を揺らすな。


「タタスケテ?コロサセテ、コロシシシテ?」

「流暢な日本語は打ち止めかァ!?ついでに周りのも打ち止めにしてくれ、よっ!」


 広く展開され始めた青い光に向かって、さっき拾っておいた自動車の破片を投げつける。さっきとは違って、破片がぶつかった瞬間に爆ぜる事はなく素通りする。


 であれば、考えられる可能性としては奴の任意による爆破。反射で爆発しないという事が分かったのはかなり嬉しい誤算だ。だったらやる事は1つだけ。限界ギリギリまで出力を上げて、あいつが反応すらできない速度で斬り殺せばいい。


「まぁ、考えるだけなら簡単なんだけど」


 回復したファイントが殺気を放つ。周囲に青い光を纏わせたまま、それを盾に突進してくる。走ってくる道路をグチャグチャに壊しながら迫るその姿は、今までのどのファイントよりも殺意に溢れていた。


 青い光に触れないように右手に飛んで回避したが、俺を追従するように爆破された。


「がっ……!?」


 爆風に巻き込まれて、右手にあった建物の壁に叩きつけられてそのまま地面に落ちる。

今度はちゃんと警戒していたから意識は飛ばずに済んだが、叩きつけられた衝撃は馬鹿にできない。衝撃によって割れたガラスの破片が上から降り注いで、身体のあちこちを切りつける。


「イイイイタイイ?オカアサンタスケテ!」


 俺を見下ろすようにファイントが目を向ける。その殺意に満ちた目とは裏腹に、こいつが喋った片言は助けを求めるもので。

その言葉をどうやって学習したか、その言葉をどこで聞いたのか。それを理解してしまったから、目の前の敵が憎くて仕方ない。


「……このクソ野郎」


 刀を持つ手に力がこもって、右腕の傷口から血が流れて刀の柄に滲んでいく。これくらい血があれば十分、後は──。


「紅弁慶ィ!!」


 己の魂を、言霊にのせて使役するだけだ。


 今までとは違う、身体の芯から力が抜ける感覚。すぐ後に体がふっと軽くなると同時に、異常なほどの力が漲る。良かった、出力を全開にする感覚はまだ忘れてなかった。


 地面を蹴って、ファイントの背後に回る。俺が目の前から消えたのに気付いて焦ったのか、更に青い光を周囲に増やしてくる。でも関係ない、お前が任意で爆破させなきゃそれは無意味だろ!


 肩から切り落とそうとした斬撃は、勢い余って左腕を落とすだけに留まった。


「アアアレレ?イタイイイ?──腕を落とされた?我が?」

「はっ、気づくの遅ぇよ」


 また口調が流暢になる。なんで切り替わるかは知らないが、正確に自分の状態を認識できている。やっぱり、知能はこれまでのファイントの比じゃないか。


 攻撃に関しては久方ぶりのトップスピードだからか、制御がしきれてない部分がある。これも慣らしていかないと、後々致命的になりそうだな。もっと意識して攻撃しないと。


「我が、私が、僕が、俺があアあ?ヒト、人間にイ?風情ニイイいい!?」

「っぶな!?」


 一瞬ファイントが狂気じみた奇声を上げたと思ったら、周囲の光が次々と爆発した。

その無数の爆発のどれもが、さっきまでとは威力が段違いだった。なんとか爆破の範囲外まで出ることはできたけど、建物や地面はボロボロだ。あれに直撃してたら、今度は気を失うくらいじゃすまなかったな。


「すぅ……。はぁ……」


 深呼吸を1つ。恐らくさっきの爆破がヤツの最大の攻撃だと仮定すると、ここからの戦闘は一瞬だ。

ルーベンによる身体能力の向上も何時までも続くわけじゃない。さっきの攻撃をさせない為にも、一太刀で終わらせる。


「邪マああア、ヒトガアアアぁ!」


 爆破の後の煙を自身の咆哮でかき消した獣の双眸は、俺の姿を正面に捉え射貫く。そして目が合った瞬間、こっちを叩き潰そうと再び突進を始める。だが、その周囲には先刻の青い光はない。どうやら、さっきの爆破で打ち止めらしい。


「あァ!!」


 ヤツの突進に合わせて俺も距離を詰める。勝負は一瞬、狙いは一筋のみ。


 敵の腕が伸びて、口元に笑みを浮かべる。爆発する光がなくとも、この向かい合わせの形になれば腕のリーチ分俺より優位だ。

だからこそ、そこに隙が生まれる。この戦いで一度も、俺は日本刀の形以外に変形させていなかった。ここからが奥の手だ。


「伸びろァ!」


 そう叫ぶとともに、刀の刀身が青い光を放ちながら変形する。日本刀というには歪なほどに伸びた刀身は、勝利を確信した獣の首を腕ごと一閃した。


 首と腕は吹き飛び、銀色の体毛に覆われた身体は地面に沈む。それで戦闘は終わった。


「っ……!くそ、血を流しすぎた」


 紅弁慶がネックレスに戻る。それと同時に能力のブーストが終わって、身体に漲っていた異常な力も抜けて逆に力が抜けてしまった。

それに加え、ガラス片やらファイントの攻撃やらで身体中から血が流れてしまっている。今日の本番は夜からなのに、これはやり過ぎだ。輸血でも何でもしないと、このレベルの相手だともう一度戦うのがかなり厳しくなる。


「とりあえず、琴音とあやかを──」

「それよりも自分の心配をしろバカ弟子」

「うおわっ!?」


 不意に声をかけられ、その声の方向に振り向く。


「し、師匠……」


 ていうか、朝もこんな感じで声かけられてなかったか!?毎度毎度、この人は俺を驚かせて楽しいのか!?


「白昼堂々ファイントが出たって要請で来てみれば。ったく、大分手こずったな。まぁ、Ⅲ階梯相手にそれは上出来か」

「……上出来なんかじゃねぇよ、クソ」


 結果だけ見れば、この程度の負傷での勝利は確かに上出来だろう。


だが、戦闘中に敵の攻撃で一瞬意識を失った。運が良かっただけだ。悪い方に運が偏っていれば、あの時点で俺は死んでいた。命に代えても守りたい人たちを後ろにおいていながら、守れずに死んでいた。


 そんな反省をしていると、師匠が手を頭に置いてきた。そのままクシャクシャと血に濡れた髪を撫でてくる。


「なんですか」

「いいや?弟子がクソ生意気に育ってて、あたしとしては嬉しい限りだ」


 その笑顔で撫でてくるのやめろよ。高校生にもなったら気恥ずかしさが凄いんだよ。そんな文句を口にしようとしたけど、結局師匠の手の平からの温かさに流されてしまった。本当、この人のこういうところは母さんを思い出してしまって敵わない。


 ……ん?ちょっと待て、この暖かさは体温の暖かさではなくないか?か、身体の傷が塞がれていってる?


「お、ようやく気付いたか。これがルーベンの能力を使って、相手の体を健康に戻す方法だ。まぁ、課外授業みたいなもんだな」

「これが……。って待ってください!生物への干渉は寿命を──」

「削るのはお前以下の出力でする場合だけだ。あたしとお前じゃ年季と技術と出力が違うんだよ」

「そこまで言います!?」


 この女、さりげなく滅茶苦茶に罵倒してきたぞ!?心配を倍の罵倒に変えてくるのはどうなの!?


「褒めるなよ。よし、もう体は大丈夫だろ」


 撫でるのを止めた師匠が笑いながらそう言う。気づけば身体は楽になっていて、傷口も塞がっていた。


……これがルーベンという能力の万能性か。これが使えるなら、万が一の時があったとしても……。


「お兄ちゃんっ!」

「お兄さんっ!」

「ぐうえぇ!?」


 な、なんだ!?今日は背後から何かされる日なのか!?気を抜いてたから地面にキスまでしちゃったし!


 体をよじってその正体を見れば、そこにいたのはあやかと琴音だった。


「お、お兄ちゃんが……っ!死んじゃうかと、思った……っ!」

「お兄さん、お兄さん……!」


 2人とも泣いている。俺が弱かったばかりに、大切なこの子達を不安にさせてしまった。その2人の声を聞いて、自分の顔が苦痛で歪んでいくのが分かった。


「後はあたしがやっとく。お前はお姫たちの機嫌取りでもして、夜に備えてろ」

「……ありがとうございます」


 ここは大人しく師匠に甘えるしかないか。あやかと琴音がいたんじゃ、師匠も邪魔だろうし。それに、もう琴音に隠すこともできなくなったし。ちゃんと話さないと。


「ちゃんと話してやれよ。お互いの納得のいくまで」


 横目に見えたその顔は、どこか悲しげな顔をしていて。

だから弟子として、言葉の意味を正しく受け取ろうと思った。

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