第22話 酪農地帯コロ

「レン様。こっちでよかったの?」酪農地帯コロに向かう道中で、ルネッタが俺の方を向いて聞いてきた。


「戦の間」で、魔物肉を沢山とるという選択肢を選ぶと思っていたのだろう。


 もちろんそれも検討した。だがパラクードより試練の間には、5階層ごとにワープエリアがあると聞いた。


 この為、エルスをはじめとする戦闘に特化した獣人達に5階層までの攻略をお願いした。何階層にどんな魔物がいるのか、また階層ごとの特徴、罠の有無などを調べてもらうことにした。


 エルス達の調査が済み次第、アイテムボックスを所持する俺が、安全に大量の魔物肉を持ち帰るという算段だ。


 強力な水魔法を駆使するとはいえ、まだ俺はレベルが2。実戦経験も乏しい。パラクードも「試練の間をなめてかかったら命を落とす」と心配した。


 それと私は、管理側の立場だからレンを守ってあげることはできないと、寂しそうに呟いた。


 エルスは「5階まで一気にワープできるようになったらお声をかけます」と言って来た。なんだか接待ゴルフみたい。


「俺が戦の間」に行くメリットは大きい。先ほども言ったが、俺のアイテムボックスは時間停止と、収納面積無限機能がついている。


 そして「戦の間」に行って、守られながらも戦っていくうちにレベルが上がる。知らず知らずのうちに身体も強化されていくだろう。


 戦の間での戦闘が楽しみだ。たが今は各エリアの現地調査と、流さんの分身体を各エリアに運ぶことが俺の役目だ。「戦の間」はその後となるだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 エルス達が頑張ってくれている間に、俺たちはコロに向かっている。


 それにしても熱い。容赦なく日差しが俺たちを照らす。当然のども渇き、体力を奪っていく。


 エレンもカレンも口には出さないが、足取りが重い。とくに蝙蝠族の暗部、ルーメイは体力の消耗が激しい。日頃の移動は夜間に行っているのだろう。すまないことをした。


 ただし暗部としてのプライドがあるのか、必死について来ようとするが、人には得手不得手があって当然だ。


 俺は自分が疲れたふりをしながら休憩をこまめにとる。まあ本当に疲れているのもあるんだが。それよりも、夜間移動する方が良いかもしれない。俺も日差しはきつい。


 そんな日差しが照りつける道中を歩いていると、「ここから先が主に牛や羊が柵の中で飼われております。ただここ最近、全く雨も降りません。牧草が育たなくて牛も羊もやせ細り、元気がありません」そうエルムが教えてくれた。


 エルムはエルスの父親であり、元族長であった男だ。今は退屈しのぎで盆栽などをいじっているらしい。だが身体的な実力と隠密行動は、まだまだ衰えていない様だ。


 元暗部で元族長。他のエリアにも顔が利き、アリスト共和国全土の土地も把握している。更にルーメイを筆頭に、現在も直属部下として手元に置いている者も多い。


 結構大所帯かな。俺に流さんNO.1、エレンたち5人とルーメイとエルム。個性的なメンバーが、そろったもんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな感じで歩いていると、広大な土地に柵が撃ち込まれている。酪農地コロに着いたようだ。ただ...その柵の中には動物らしき姿が見えない。それどころか動物たちの餌となる牧草も、限られた僅かな場所にしか、生えていないようだ。


 ここも大変な状況だな。液体肥料をまいて、土壌の復活を行わないと。土地が復活すれば牧草、いや食べられる雑草でも生えてくれれば、何とか食いつなげるだろう。その為にはここを取り仕切る管理者に会わないと。


 このコロの管理者はどこにいるのかな~と思いながら無人の柵の中を眺めていると、遠くの方から俺たちを呼ぶ声が聞こえた。


 嫌、どんどん大きくなってくる「レン様~、エルム様~、皆さま~お待ちしておりました。こんな暑い中わざわざありがとうございます!」


 サイ族の獣人かな。体格の良い男性がドタドタと俺たちの方に駆け寄ってきた。額の部分に大きな角が生えている。何度も何度も俺たちに感謝の言葉を述べながら駆け寄ってくる。


 近づいてくるとデカいデカい。大きな体で走ってくるから地面も揺れる。ちょっとした怪獣が近づいて来るような迫力だ。


 巨体で重そうな体格をしているのに、休むことなく一直線に向かって来る姿は、実直なイメージと俺たちのことを本当に待ち焦がれていたことを実感させる。本当に困っているのだろう。早く解消してあげたいと思わせる、男の行動であった。


「このバルクスは温厚でまじめな男です」とエルムは言った。


 更にエルムは「情に弱く、弱きを助ける涙もろい男ですじゃ。だからこそ、すぐにこのコロに、来てあげて欲しかったのですじゃ」そうエルムはバルクスを見上げながら、俺に紹介した。


 身長は2m、いや2m50㎝は優にあるだろう。幅もある。筋肉の塊みたいな身体をしている。


 だからか...。獣人街や試練の場の宮殿内部は、あんなにも天井が高く、広く作られているんだな。そんな今はどうでもいいことを思っていたが、今はパルクスに事情を聴かないと。


 自分の名前を名乗ろうとバルクスに近づくと「レン様~!大切に育てている山羊や牛、ニワトリや馬などの元気がない。井戸水も出ない、食料が育たないのです!」と向こうから一方的に現状を話してきた。もう周りが見えないほど困っているのだろう。


 大丈夫。直ぐに一緒に解決していこう。少しでもバルクスが落ち着くように「大丈夫だ」と俺は繰り返し伝えた。本当に辛かったのだろう。大きな獣人が人目をはばからず、おんおんと泣いている。辛さが伝わっていた。


 泣くだけ泣いて落ち着いたら、事情を聞かせておくれ...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 バルクス視点

 今日も天気だ...。朝起きると憂鬱になる。本来は嬉しいはずのお天道様が嫌いになる。簡単に朝食を取りながら、仲間と仕事の工程を確認する。その後は決まってドワーフに作ってもらった、打ち込み井戸掘り器を手に取り小屋から外に出る。


 俺たちの顔を見ると、飼っている牛のカンジャやエイト、羊のブイやシックスが近づいて俺たちの足元に頬をすりすりする。懐いてくれている分、餌や水がない現状が辛くてしょうがない。


 工程なんてあって無いようなものだ。井戸水まで繰り返し水くみに行くものと、打ち込み井戸彫り器でひたすら地中を掘り起こしていく、その2つしかないのだから。


 とうとう恐れていたことが起こってしまった。ドワーフの族長である機械造りの天才、オラシオンが作った井戸彫り器の長さを超えた。もう届かないところにしか水脈が無いようだ。それでも場所を変え毎日毎日必死になって部下と共に掘った。この俺たちの足元をすりすりしてくる可愛らしい者達の為に。


 そんな俺たちの元に久しぶりに明るい伝令が届いた。生ぬるくなったビールという物と共に。アリスト共和国の救世主レン様がこっちに向かっていらっしゃると。何でも精霊ラスリ―様、パラクード様を復活し、更には枯れた井戸までも、元の状態にまで直した奇跡のお方だ。


 否が応でも期待をしてしまう。もう少しだ、もう少しでこの土地もよみがえる。そしてこの土地の守り神である、精霊ボランティーノ様も復活なさるかもしれない。


 久しぶりだ。皆に笑みがこぼれた。久しぶりに嬉しくて、今までの疲れでか、涙も溢れてきた。


 そしてレン様がお出しになった「びーる」という貴重な物を頂いた。しゅわしゅわとして、少し苦みのある飲み物と聞いたが、おかしいい。塩っぽい味がする?


 巨大な体格をした獣人達が、小さなコップを片手にレンたち一行の到着を、今か今かと待ちわびていた。

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