4 誓夜 Sei-Ya

 エアコンの温度が高すぎる。ケンは出社して席に着いてからもしばらく汗をぬぐっていた。今日はサナは休みだ。LINEで予定を尋ねたが秘密と返ってきた。ナツメを殺す話を思い返していると、ちょうど背後にナツメが通りかかった。あのナツメさん、エアコンの温度って低くすること可能ですか。とっさにナツメと言葉を交わしてみようと考えたケンはそう訊いてみた。

「はいはい、暑いですか?」

 となりの席の女が暑いよねと同調する。ナツメはわかりました、ちょっと待っててください、と温度の調節に向かう。ナツメは眼鏡をかけた短髪でがっしりした体型の小柄な男だ。同僚の話によれば離婚歴があるらしい。上司といっても腰が低く、トラブルの噂などは聞いたことがなかった。仮に冗談半分だとしても、殺意を抱かれるような人間には見えない。人というのはわからないものだとケンは思った。


 この日は深夜までサナと通話していた。そこでナツメの話題になった。

「今日、ナツメと話したんだけど、それほど粘着質な感じしなかったし、セクハラとか意外だと思った」

「全然そんなことないし、とにかく説教も誘い方もキモいんだよね」

 ナツメは男と女で態度を変える、女でも私みたいな言いやすい女には強く出るんだよ、そうサナは力説した。

「なるほどね」

「なるほどねじゃない、なにもわかってない人だね」

 ケンは地雷を踏んでしまったと思った。俺がナツメをわかっていない、という話ではない。私の共感してほしいという欲望をわかっていない、と見なされたのだ。ケンは共感している演技をしようと努力しているつもりだった。もっと自己催眠を極めてより深い共感を示せるようになりたい。去年の七夕にそう短冊に書いて氷川神社の笹竹にかけたほどだ。とにかく手打ちへ持ち込むための押し引きが必要だった。屈服させるのではなく、攻撃に甘んじるのでもなく。

「あたしがひどい目にあってるのになんでそんなに冷静なの」

 サナは声を荒げた。通話口から金属のようなものを激しく叩く音が聞こえる。

「なにやってんの? うるさいからマジでやめて」

「ねえ、どうしてあいつのこと一緒に怒ってくれないの?」

 サナは涙声で噛み潰すようにケンを詰める。そして今度は、ねえと金切り声をあげた。

「サナがひどい目にあってるなら怒るに決まってるだろ? 俺はナツメのことをよく知らないから実感がわかなかったってだけ」

 サナは鼻をすすりながら口をつぐんでいる。

「わかった、一回電話切って落ち着くか」

「わかったならあいつのこと殺すの手伝ってよ、ねえ」


 ケンはサナの魔術ごっこに本気で付き合ってやろうと思った。やれるだけのことをやれば殺せなくてもサナは納得するだろう。明日決行する儀式を手伝う約束をして、サナは漸く落ち着きを取り戻した。

「明日の夜、ケンに行ってほしい場所があるの」


 その場所を尋ねてもサナは答えなかった。詮索すればまた拗れるに決まっているし、絶対に行くって約束してと懇願するサナにケンは折れるしかなかった。

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