ヨハン・ブルグミュラー

 柚木先生は難しい人だった。


 そう書くのが一番先生に対し微妙で複雑な思いを込めた表現になるだろう。

 当時の幼い私は正直言って、柚木先生が怖かった。

 怯えるようにオルガンに向かい次のレッスンまでに課題曲を練習し通った。

 一応、子供向けだと45分の予約制のレッスンなのだが、教室に早く着きすぎたり前の子が遅れたり時間がかかったりすると、ピアノが置かれている教室の隣の応接室で待つことになる。

 待っている間に他の子を指導する柚木先生の厳しい声が聞こえたときほど震え上がったことはない。

 泣き出す子はいなかった。

 子供が泣き出すときはまだ余裕があるときである。真の恐怖を感じると子供は泣いたりしない。ただただ黙りこみ居竦いすくむのである。

 子供ほどの弱者はこの世に存在しない。


 かと思うと、うららかな春の陽のように優しい日もあった。

 かろうじて楽譜どおりに弾いているレベルの私から言っても柚木先生の<厳しい>と<優しい>の差はうまく弾けた上達があったとは全然関係ないところから来ているのはなんとなく理解できた。

 だから余計に怖かった。

 ミスタッチもなく、つまらず、ちゃんと弾けたと思っても駄目なときは駄目だった。

 今から思うと先生に好かれたいと思う気持ちの裏腹だったのかもしれないと思うときもあるが、違うような気もする。


 今のレッスンだと楽器が弾けるようになって終わりかもしれないが柚木先生は音楽理論や調音にも厳しかった。

 私はとりわけ調音が苦手だった。

 単音はなんとなく上がった下がったで拾えたが、和音になるとほぼ無理だった。

 ドミソもファラドも同じだった。

 勘で答えるときのドキドキ感はなかった。


 先生はようは今で言えばメンヘラとか言うのかもしれないがムラがものすごいあった。


 うららかを通り過ぎている日もあった。

 レッスンの終わりに先生が言った。


「今日はご褒美があります」


 私がえって顔をしていると


「田尻さん」

「はい」


 田尻さんが紅茶を持ってきた。正確には幼い私が紅茶だと思っただけだ。うちの大量生産されたティーバッグの紅茶ではなかった。

 かいだことのないにおいと、ティーポッドの脇にたくさんある紅茶に足されるいろいろな小さな小物。何が足されているのかわからないほどちょっとづつたくさん足されていく。

 柚木先生は微笑んでいるだけ。


 そうして言った。

 

「あの子たちにも弾かせてあげなければ」


 そう言い残すや、柚木先生は静かに応接室を出ていった。

 これはほんとうの意味での魔法マジックだった。

 私は、飲んだあとにふらふらしながらうちに帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る