食べ方

 ボディーランゲージ。相手の行動を見て深層心理を探るという、一時期意識高い系とかいう付け焼刃集団がほざいていて流行った見識があるのだが……。平たく言うと『行動には人相が出る』という、この国の人間においてはあり触れた、人間観察の基本の一つである。


 何故この話をしたかというと、特にそのボディランが出るのは食事中ということだからだ。有名な話で、食べ方には人への気遣いが出るというボディランがあり、あのイベント企画でもそれが見えやすいよう、中古品の服を着させた部分がある。


 つまり、デートでの食事というものは、相手を知るための餞別であり、選別の手段でもあるといえるわけだ。


 多くはこのことを知らずにノコノコとやって来て、ああ、ご飯が美味しいと気を緩ませ醜態を晒す。醜態じゃなくとも、本性が出てきて大半そこで見切りをつけて、その後の処理とか行動を考える。


 彼女と店に入り、一度、彼女の反応を観察した。こういった高級店に来たことが何度もあるからか、あまりキョロキョロとかぶりを振るような行動をせず、目線をやっていることに気づいた淑女は目線を合わせて『なに?』と、あの日のカナリアのように顔を傾ける。


 映像と重なり、口元が綻ぶのを感じて、すぐさま一蹴するように鼻を鳴らし、その笑みを隠した。他者に対し、笑みを自然に見せてしまうのはいつ振りか。考えた瞬間に今の彼女の顔が消え入り、別の人の顔が出てきそうな漂白感を感じて、すぐに取りやめた。


 予約した席に座り、彼女、相坂要と対面した。

「今日のメニューです」と慣れ親しんだウエイトレスがメニュー表を持ってきて自分と相坂に渡し、隣で注文を待つ。

「グルテン抜きのカルボナーラを一皿とルイボスティーを一杯を頼む」

 自分は一応メニュー表を一望するのだが、食べるものは固定されているため選ぶには時間がかからなかった。


「お嬢様は、何にいたしますか?」

 随分と意地悪なことをするものだと、自作自演なりに心の中でえずく。


 こんなことを言うのは、一流店としてあるまじき行為なのは店側としても認識している。しかし、アホな女はそれが普通だと思い込み、恥ずかしさで熱くなって、目に入ったものを頼んでしまう傾向が高い。それだけで、臨機応変さが無いことが解る。


 さあ、どう出ると毅然とした態度で相坂の方を見やると、不服だと言わんばかりに怪訝そうな顔でウエイトレスと自分を睨んできた。この時点でグルであると、洞察されたのは間違いない。ここで「グルなんてひどい」などと言った日にはきっしょい、暗黒微笑ダークネス・スマイルでもお見舞いする予定だった。が、そこも読まれていたのかとある質問をしてきた。


「あの、先ほどグルテンフリーの注文していたと思うのですが、食感を補うために何を使っているのでしょうか?」と、一般人なら目にもくれないに内容だった。


「はい。こちらの店舗では食感を守るためにグルテンを抜いた生地に、米粉を主原料にした材料を混ぜ繋ぎにし、十五分程度茹でまして、ソースを絡めて提供しています。失礼を重ね重ねになりますが、試すような真似をして申し訳ございません」と淑女に詫びを入れた。


 彼女は謝罪を受け容れ、「お前はどうなんだ」と言わんばかりに自分を睨んできた。自分は「知らん」とフンとアゴで突き鼻を鳴らした。自分がやっていることは失礼極まりないのに、クスッとほくそ笑み返し、ウエイトレスに「グルテン抜きのミートスパゲティー一皿とホットのミルクティー、食パンを三切お願いします」と注文した。


「かしこまりました」そう言って、厨房の方へと引き下がった。


 やり切った感を出してか要は、イタズラな少年の笑みを見せこちらを見やる。こういった笑顔は好きだ。そこを否定する気はない。けれど、ここは選別するところだと、心を鬼にして話を振ってみた。


「グルテンフリーなんて言葉よく知っていたな」

「うん。最初は要約系の動画で知ったんだけど、もっと詳しく知りたいと思って書籍まで買ったんだ。だけど、幼馴染みの女友達が『メシと運動、睡眠取っていれば五体満足だよ』って一蹴されたからよく覚えていたんだ」と、愉し気に語った。


 女性は一言喋らせると、男の十倍は喋って来る。全然そこは苦ではないが、オチがある事が少ない。そのため、無粋にも男子はオチはと聞いてしまうことが多い。これは狩りによって培われた本能の機能の一種だから仕方ない。並びに、話にオチがない女性の話は情報を引き出すことが目的なので、そういうオチは気にしないというか作らないのが基本だからこれも機能として同様だ。


 大概の男性は女性の話しなんて聞いておらず、女性が満足するまで聞いてやるのがせめてもの男性の務めである。

 

 要するに、女性でオチを作るのが上手いのは男性には好まれるが、女性は嫌う。逆に男性がいつまでも話を続けたり共感してくれると女性は飛びつき、男性は付き合いきれないと離れていく。これをもし使い分けれるヤツがいれば、そいつは人を超越した何かとも言える。


 全然関係ないが、ダメなお男がモテるのは刺激的な言葉を使うのもそうだが、オチを付ける能力がないからモテているんじゃないかとも仮定している。


「そうなんだな。カナには良いご友人がいるんだな」

「……銀、遊学、ゆが……」

「どうした?」


 突然、自分の名前であろう単語を並べ呼ぼうとするが、タジタジしている。悩んだ素振りをして、観念したかのように訊いて来た。


「名前は解ってるよ。けれど、なんて呼べばいいのか思いつかなくて……。気づいていないかもしれないけど、ナチュラルにカナって呼んだから、同じように返そうと思ったんだけど。銀だと、家に住んでいるおっさんの名前になるし、遊学といったら近所の子供の発音になるし、ユガとかいったらお粥みたいな感じで何か変に思えて……」と、いろんな名で呼ばれてきた立場としては、心底どうでもいい話しだった。


「ハハ、ユガがお粥みたいっていったら、理事が怒りそうだ」

「え!お偉いさんからそういわれているの意外。でも使われているのか、なら別の名称を……」

「別にユガでいいよ。名前なんか誰か分かれば良いんだから」

 カナは眉をひそめ、不満でも言いたげそうな表情をして。

「……わかった。ユガって呼ぶことにする。いや、ユガユのほうが―—」

「やめてくれ。マジでお粥にされちゃ困る」と咄嗟に制止した。

「フフ、そうね。ユガって呼ぶようにする」ふたたび、彼女に笑顔が戻った。


 そこから、注文したものがくるまで雑談を続け、気まずい間もなく暇を潰すことができた。


 お待ちかねの料理も並び、選別の本番が始まる。

 

 あらためて、注文した料理を整理する。自分が頼んだのは、カルボナーラとルイボスティーだ。食べ合わせとしては好みがあるとは思う。個人的にはルイボスティーの癖のある香りと味を楽しみつつ、粘度があるクリーミなソースを頬張ることで乳脂肪分の甘みを際立つ。以前、知り合いにその食べ方を強要したとき「まぢぃ」とは言われたが、普通に好きな味わい方だ。


 で、カナが注文したのは、切れた果肉の原型が残るミートスパゲティーとホットミルクティー。あと、食パンが三切。最後にソースをパンにつけて食べる気であることは容易に想像できる。とはいえ、危惧している部分があった。彼女がパスタを食べるために用いたのは何と『箸』であることだ。


 別にこの国の人間は箸を使う民族だから、使用しても違和感はない。だがしかし、相手はミートスパゲティー、箸なんて使ってすすったりなんかしたら鮮血のように飛び散ることは必須事項。これからもデートを続ける気があるなら、頼まない代物だ。


 かくいう自分はカルボナーラをスプーンとホークでで食べる。なんで一本のところを強調したかというと、現地でもほとんどやっていない方法で食べているからだ。


 本場でもホークとスプーンを器用に使いパスタを巻いて食べている。ここは変わらない。とはいえ、食べ終わった後どうなるか。確かにエプロンを付けて食べるから、大して服にソースを付けづに済む。けど、机の上はソースでベトベトになってしまう。本場でもそうなのだから、諦めるのが通常だ。


 なんだけど、散らさずに食べる方法がないかと研究して、ホーク一本で食べる方法を編み出した。それは、ホークの外金一本にパスタを数本ひかっけ、巻くという何ともシンプルかつ、美しい方法だ。


 これを編み出した以降、パスタで飛び散らないマウントを取るようになり、イラつかせた相手は数知れず、教えてと言っても教えない所存だ。


 そう思っていた時代が自分にもあった。彼女の食べ方を見て、自分は目を疑った。


 カナは器用にパスタを箸で口元に引き上げ、口の中に引き込み、最後はパスタの尻尾をつかみ送り込む。その姿は荒ぶる龍を静め、力をコントロールして己の元に送り込んでいるようであった。


「ん?どうしたの?」

「いや、散らさずにキレイに食うなと思ってな」

 凝視していた自分の事が気になってか、一度フキンで口を拭き、訊いて来た。もうこの時点でマナーが解っていることが素人目にも分かる。

「フフ、よく言うよ。散らさずにホーク一本で食べている人が」

 行動の凄さが解ってくれて評価までされる始末。カナの出す一刀足に心を奪われる自分がいた。


「まあな、これを開発す――」ると続けようとしたが「聞く姿勢はないよ」と言わんばかりに、パスタを引き込み始めた。そのあともう一度口を拭き、「どうでもいい」と普段の自分が言いそうな辛辣な言葉を吐き、食事を続行。


 確かにどうでもいいことだと、納得して自分も食事に戻った。


 パスタを食べ終え、ふたたび相方に目線を戻した。予想通り、パンにソースを付け頬張り皿を綺麗に救ってゆく。自分もパン一切れでも頼めばよかったと後悔しながら、彼女の食べる姿を見ていた。


 一枚目を食べ終えた後、ミルクティーをすすり、二枚目に手を出し始めたとき、こちらを一瞥してから二枚目を手に取り、皿に乗った最後の一切れをこちらに押し出し、二枚目で料理が乗っていた皿やカップの中を綺麗にし始めた。

 

「本当にいいのか?」と質問すると、うん、と頷いて見せた。それにならい器を綺麗にしてゆき、彼女ほどではないが綺麗にさらうことができた。


 もはや、どちらが選別者かはわからない。いや、むしろ手本を見せられたというのが正しいか。そんなものに点数を付けるのは、釈迦に説法ほどの愚行になってしまうだろう。人生で初めて、点数が付けられない物があるのだと痛感させられた。


「「ごちそうさまでした」」


 こうして、負けでも勝ちでもない食事。本来の食事の在り方を再確認をしてこの場は収まった。だが、次はどうなるか。選別は最終ステージへと移行する。

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