待ち合わせ

 皆はカナリアという生き物を飼ったことがあるだろうか。自分は飼ったことはないが、たった一羽だけ世話をしたことはある。学校の飼育とかではなく、小学校から帰る道中にあったペットショップに売られた、金糸雀の名に相応しいほどに黄色をしたカナリアだ。


 店側としても最初は商売品だから触れることはまずできなかったが、一年間ほぼ毎日来ていたから、「一回触ってみるか?」と気遣ってもらえて、触れた以降自分になついたようで、店主もそれを見てその子の世話を許してくれた。


 世話をしていて何度か逃げられそうになったことはあるが、カナリアはおちょっくっているのか、慌てた瞬間に籠の元に帰ってきて澄ました顔をしてクイッと首を傾けて「何か?」と伝えているようで、地味に腹が立ったがそこが愛らしかった。


 そんな日々の中、家の用事でしばらくカナリアの世話に行くことができなかった。店主には一応しばらく来れないと一報を入れ、カナリアのお世話を任せた。商品とはいえ生き物なので店の者が世話するのは当たり前だが、当時の自分に取ってそのカナリアは美の象徴であり、一種の異性としてみていたのかもしれない。


 少年の心ながら自分の愛したカナリアは消えたりしないと思っていた。けど、飼っているわけではなかったので、自分がいない間に商品として買い手が付いたらしく、この子を世話できる期限が設定された。


 飼い主となる人物は、買い手が付いたときの経緯を聞くだけでも良い人であることが解った。最初は「この金糸雀を買いたいのだが」と注文したが、店主が少し口篭もったあと「大丈夫ですよ」と応えたものだから、紳士は「誰かがお世話をしていたんですか」と訊いて来たそうだ。


 話を聞いた紳士は「一度会ってみたい」と言ってくれたものの「わたくしにも期限がありますので」と三日後また来ると約束し、その日は帰ったと聞いている。

 自分が世話をするために帰って来たのがその二日後で、知らされた時、子供らしく駄々をこねることもなく「そっか……」という受け入れの姿勢を取っていた。


 心の中でいつか来るとは思っていたが、あったものが何くなるのはいつの歳になっても寂しいものだ。


 店主から、飼い主にあってお別れをしようと提案されて了承し、明日の五時半までには来るよう言われた。


 翌日、いつもと変わらず、カナリアのところに行こうとしたが、運悪く先生に捕まり、仕事を頼まれやる羽目になった。一度は断りはした。しかし、遅延行動するように食い下がって来たから、いつも通りの面倒臭い病を発症し、仕方なく手伝った。


 その結果、終わるころには約束の時間になっていて急いで行ったが、もう既にカナリアはおらず、店主も残念そうな顔をしていた。昨日の段階では、別れることを想定してなかったため、カナリアにも別れの挨拶も出来ずにいなくなってしまったことにショックと後悔が大きく、しばらくは青菜に塩の状態だった。


 だから、遅刻することをキラった。この国の文化だからとか、人間として時間を守ることだとかの理由じゃない。したがって、特別な事情がない限り遅刻をする奴もキライだった。特にデート初日に三十分以上遅刻してくる女とか。な。


「来ねぇ……」

 約束した十二時になっても、彼女の姿は見えない。過ぎて一度連絡を入れて「少し遅れる」と受けた以降、メールを中心に連絡を取っていた。十五分ほど経った辺りから既読があるものの返事は返って来なくなっていた。


 常人のこの国の人間なら、遅刻してきたことに怒ってそのまま帰ってしまうのも無理もない状況だ。しかし、自分は何故かこうして待っている。


 カナリアの件も要素としてあるのかもしれないが、世界の常識も知っている立場からすれば、三十分程度ならザラにある。よくブラックジョークのよう語られるほどだ。だから、耐性はある。けど、現地人でここまで失礼な行動はされたことはほとんどなかった。


 さらに数十分経ち、名残惜しいが帰ろうと思い駅の方を向いた時、今回のデート相手である相坂要がいて、戸惑っているのか?はたまた、すり減った靴とのバランスを取るために動かないのかは分からないが、硬直している様子だ。

「え?まだいたの?」

「……」

 何か声をかけてやろうとは思ったが何も出てこなかった。ただ気まずい場面があるだけで、それを転換するフラグも立たず何も起きない。彼女の質問もごもっともで、いくらさっきほど記載した内容があっても、ここに居続けた理由にはならない。


「……」

「……」

 お互い押し黙ってしまい。五秒ほど消費してしまっただろうか。ここは自分が切り出すべきだと、別れの挨拶の放とうとした一コンマ前に彼女から思いも寄らないの一言が出て来た。 

「へえ~そんなにあたしとデートするのが楽しみだったんだ」といつもの自分なら、は?と冷めた女性のような反応になってしまうところだが。彼女が発した後ピクッと片頬が引きつるような反応があったので、悪気は持っていることは判った。


 結婚後、そのことについて訊いてみたら、あの日、楽しみ過ぎて三十分早くいこうとしたが、履き慣れていなかったからか、側溝の網にヒールが嵌ってしまい立ち往生。数十分粘ったがビクともせず、諦めて新たな靴を買うために店に行ったそうで、そこで面倒な店員に捕まり、いろいろと見ていたら電話がかかってきて待ち合わせの時間と気付き、慌てて靴を買いバスに乗って現場に向かったそうだ。


 もちろん、連絡が来ていいたのは分かっていた。しかし、謝るのが苦手で連絡を保留にしたとか。きっと、行ってもいないだろうなと腹を括っていたが、予想外に待っていたことに驚くのと同時に複雑な気持ちになったという。


 何かを言わないと思考の電気を流した瞬間、上記のイカレタ発想が出てきて一度は飲んだが、どうせ嫌われるなら、印象に残る女になろうと思い苦肉の策として発したそうだ。


 言葉を認識して、頭で処理したとき自分は何故彼女の事をここまで待ったのか原因が言語化され、まさにその通りだと納得してしまった。確かに、非常識ではある事は間違いない。けれど、帰る瞬間足枷となったのはその感情だ。それに、彼女が謝る様子を見せなかったこともプラスに働いたと思う。そこで謝っていたら、速攻冷めて帰っていたと思うからだ。

 

 彼女いわく、考え事をしていた自分の目は白黒させながらもどこかニヤついた顔つきをしていたと語っていた。


「はあ~相坂、来たんだ行くぞ」

「え?」と当然の反応し「ちょっと」と慌てた動きをして自分を制止させた。

「全然問題ないよ。むしろ、来なかった方が迷惑だった。分かったらさっさと来い」


 今度は相坂のほうが白黒させたが、自分よりも早く状況を呑みこみ、黙ってついて来た。そして、最初の目的地であり、最後の目的地である料理店に足を運ばせた。

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