(15)櫓を燃やしました。巫女様といっしょに

 食堂は、村長1人では持て余しそうなほど広く、閑散としていた。


「祭りのしきたりで、その年の巫女が誰か、そもそもいるのかどうか、煙焚きの夜まで決して明かしてはならんのです。それを知るのは、祭りを仕切る村の長のみ……つまり、私ですな」


 入り口から最も離れた席に座った村長が、唐突に口を開いた。

 村長の対面に腰を下ろす。


「だから、先生のことを知らないなんて嘘を?」

「言えば、行方を探すでしょう」

「夜中の宴会のことまで、隠す必要はないでしょう」

「おや、よほど楽しかったのですな」


 参加できなかったら悲しい、なんて話はしていない。


「食事を一緒に、というのも嘘です。時間になれば、広場にお連れするつもりでした」


 村長はにこりと笑った。

 自然に出た笑みというよりは、この場を取り繕うような、作為を感じる微笑み。

 朝起きてからずっと、張りぼてのなかを歩かされているようだ。ふわふわと、地面や壁がはっきりとしない、不安定で曖昧な感覚。


「外から来た人間には、いつもそのような嘘を?」

「まさか。巫女様候補の関係者だからこそ、私も一芝居打つ必要があったわけですな」

「……ところで、あのお祭りは、最後どうなったのでしょうか? 恥ずかしながら、途中で眠りこけてしまったようで」

「お嬢さんが村人の大半を巻き込んで櫓を囲み踊り明かした後」あまり気持ちの良くない語り出しだ。「最後の儀式として、櫓を燃やしました。巫女様といっしょに」


 祭事を司る巫女の魂を、今年一年で採れた農産物とともに焼き、煙羅煙羅様に捧げる。そうすることで、また1年間の豊穣を願うのだという。


「先生はーー」

「もちろん、巫女様本人を燃やすわけではございません。それではとんだカルト村ですわ」

 声を上げて笑うが、こちらとしてはそんな気持ちになれない。

「巫女様を模した人形を、燃やすんですな」


 見たて、というのはこの手の儀式で重要な意味を持つ。そもそもが、儀式をやる側がいかに気持ちを乗せるかだ。自分で自分をどう騙し、信じるか。曇りのない信仰が、無から有を生む。

 ようするに思い込みで、人はいくらでも頑張れる。1年間、精一杯働いたからこの村は裕福なのであり、それを支えたのは煙羅煙羅への信仰だ。

 何が先かは、あまり問題ではない。結果として、この村ではそう"ある"というだけだ。


「それで、当の先生はどちらに?」

「朝イチの電車で帰りました。この村から出る電車は、日に2本ですからな。お嬢さんたちも今日のうちに帰られるなら、昼過ぎには次の電車がきますから、急いだほうがよいですぞ」

 

 帰った? 先生が?


「そんな、あっさりと? 駄々とか、捏ねませんでした?」

 ふふっ、と村長が鼻を鳴らす。

「普段から、あの人には困らされているようですな」

「まあ、おおむね普段からあんな感じですので。ご迷惑をおかけしていたら、すみません」

「ですが、ご心配なく。仕事があるから、と帰られましたよ」

「……昨夜のことを、本にすると?」

「ええ。あの方は、作家先生だそうですね。この村の宣伝もしていただけるそうで。いやはや、ありがたいことですわ」


「そうですか」


 席を立つ。引いた椅子に何かがあたり、小さな悲鳴が上がる。


「し、失礼しました」


 見れば給仕が、お盆を持って立っていた。彩り豊かなサラダに、白く輝くご飯。魚の干物が、食欲をそそる香りを漂わせている。


「おや、どうされました?」

「せっかくご用意いただいたのに、すみません。ただ、連れもいますので私だけというのも」

「では、お連れ様もお呼びしましょう」

「いえ、それには及びません。申し訳ないのですが、私はこれで」


 たじろぐ給仕を避けて、私は食堂を後にする。


 美味しそうな食事だった。何が入ってるか、わかったものじゃない。


 あの先生に限って、作家仕事で帰るわけがない。

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