(14)村の人たちは、いい人ですね

「酔い潰れててもいいが、忘れるなよ」

 先生の、声が聞こえる。

「これ以上、久遠に関わるな」


 深い深い水底から急浮上するような勢いで、ぱっと目が覚める。嘘だ。ぱっとなんて爽やかなものではない。昨日の酔いが尾を引いて、頭を鉛のように重くする。手足の先が、いつもよりも2メートルくらい遠くにある気がする。とにかくだるい。


 目覚める前に聞こえたーーいや、おそらく私が気を失う直前に聞いた言葉がーー何度も頭の中で繰り返される。


 久遠さんに、関わるな?


 どうして今、久遠さんが出てくるのだ。持ち上げられ過ぎて浮かれたか? とにかく、先生を探さないと。


 いつの間にか、村長の屋敷に戻っていたらしい。すぐそばでは、翠夏が寝息を立てている。松井は、さすがに帰ったのだろう。


 ちゃぶ台に、おにぎりとゆで卵、茶色い塊がころんと入ったお茶碗が並んでいる。

 茶碗の下に敷かれたメモ容器には「お湯を注いでください」の一文。なるほど、味噌玉か。


 ポットのお湯が沸くのを待つ間、翠夏が破ったというドアを見物する。確かに、蝶番が可哀想なほどにひしゃげている。押せば、そのまま倒れそうだ。


「お目覚めでしたか」


 突然声をかけられて、思わず後ろに飛び退く。歪んだドアの隙間から、向こう側に立つ村長が見えた。


「おはよう、ございます」

「煙焚きは非常に楽しんでいただけたようですな」

「はい、随分と……聞きたいことがあります。お時間をいただいても?」

「では、食堂へどうぞ。せっかくですから、食事しながらでも」

「あの、このドアは」

「あぁ」村長の声がワントーン高くなる。「押せば倒れますから、それから出てくださいな」

「その節はすみません……」


 部屋に翠夏を残し、村長と2人、食堂へ向かう。お味噌汁と卵焼きの素朴な匂いに、昨夜しこたま飲み食いしたはずのお腹が鳴る。食事に関して、この村は期待を裏切らないのは実証済みだ。


「村の人たちは、いい人ですね」


 朧げながら、肩を組んで歌った記憶がある。肌にまとわりつく空気よりも、熱い夜だった。熱気に溢れ、高揚感に包まれ、見えないはずの星空に思いを馳せて。まるで昔からの友人のように、心を開いて接した。いや、時間なんて関係ない。一晩飲み明かせば友達だ。


 村長が立ち止まる。


「どうぞ、中へ。すぐに食事を用意させます」

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