(13)マイ・スウィート・デスティニー
一色琴乃に与えてはいけないものが3つある。
自由。金。権力だ。
それらのうち一つならまだしも、すべてを与えてしまうとどうなるか。
「よおし、この村はゴルフ場にしてしまおう」
「巫女様、それだけは。それだけは!」
こうなる。
「なんでだお前。巫女様だぞ。村で一番偉いんだぞ。なんで言うこと聞けないんだ」
「確かに。確かに巫女様は村の宝でございます。故に、故にですぞ。巫女様あっての村。つまり村あっての巫女様なのです」
なるほど、爺の言うことも一理ある。
先生の出で立ちは東京で見たのとは打って変わり、ちぐはくに豪華絢爛だ。巫女装束に身を包み、頭には古代エジプトの王妃のような冠、座っているのは真っ赤なアンティークチェアときた。果物でいっぱいの皿と酒瓶に囲まれて、傍らには気の弱そうな爺を従えている。
「でもな、爺。私はこの村がどうなろうと知ったこっちゃないんだ。今のうちに権力を現金化したほうがいいと思うんだよ」
「巫女様、どうかそれだけは。今宵だけの楽しみにどうかお留めを」
「それはお前たちの態度次第だろうな」
「……っ! もっと酒を、馳走を持ってくるのだ!」
「先生、何をしているんですか」
爺が気の毒だ。
「おお、すまん。偉すぎて下々の人間のことなんてすっかり忘れていた」
うっかり死ねばいいのに、とはたまにしか思わない。
「そんなところで偉そうにして、どうしたっていうんですか?」
「偶然なんだよ、なにもかも」
「そうですか。ではまた明日」
「せめて嘘でも良いから、聞こうとしないかい?」
「……どうされたんですか? 興味あります、とても」
「白々しいやつだな。まあ、いい。聞け。見つけたんだよ、アメリカンドリームを」
「煙羅煙羅を、ですか?」
「私ほどの逸材なれば、求めるものは向こうからやってくる。怪異は断っているのに訪れる。金は黙っていても降ってくる。人生、笑いが止まらないなぁ!」
「もし、そこのご老人」
大きな葉っぱの団扇で先生を仰いでいた爺が、動きを止めてこちらを見る。葉っぱの団扇なんて、童話でしか見たことがない。実在したのか。
ふと、祭りに1位というものがあり、その商品が先生のこの地位だというのなら、最下位というのもあったのではないかと考えた。でなければ、爺は一体全体なんの咎で先生の世話をさせられているというのか。せめて普段はもう少しまともな待遇であってほしいと、心から祈った。
「つかぬ事をお伺いしますが、巫女というのは、この祭り限りのもので?」
「村の外の方ですね。ようこそ、コツカー村へ、煙焚きへ。仰るとおり、このお方が巫女様の役職を全うするのは本日限り。馳走も、喧噪も、今宵だけのもの。明日になれば、煙のように消えてしまいます」
やけに芝居がかった物言いである。案外、この爺も祭りを楽しんでいるらしい。巫女様の付き人は、村人にとって名誉職なのだろうか。
「2日も3日も巫女様をやられちゃ、身が持ちませんわい」
爺の顔がしわくちゃになる。今のは本音だろう。
「別に手放すさ。今のうちにいただけるものをいただければね」
「宵越しの金はなんとやら、です。ささ、今宵をお楽しみください。お客様も。酒も食事も、お代はいただきません。煙羅煙羅様からいただいたものを分け与え、返す。それが煙焚きでございますからに」
「わぁお、一色さんが巫女さんになってる」
振り返ると、翠夏がぽかんと櫓を見上げていた。どう持っているのかわからないほどに、串焼きが何本も手から生えている。
「美人過ぎて、むしろイメクラみたいだね」
「爺よ。巫女には不敬な奴を処刑する権利とかないのか?」
「煙焚きの夜は無礼講ですからに」
「命拾いしたな、水雨!」
「翠夏、松井さんは?」
てっきりおつかいを終えて2人で来たのかと思ったが、周囲に松井の姿は見えない。屋台の端を探して永遠と回り続けているのだろうか。
「いや、いるはず。さっきまで近くにーー」
「マイ・スウィート・デスティニー。運命の薔薇よ。奇跡の星よ」
やっぱり勝った、と翠夏がつぶやく。そういえば、賭けていたな。
「でも、目の前で乗り換えられるのムカつかないですか?」
「そうだね。あのときはごめんね?」
「謝られるのも癪ですが」
「おおぉ! 我が、我が愛しの女神よ! 俺の、生涯の伴侶に!」
櫓に駆け上ろうとする松井の足を、爺が葉っぱの団扇で器用に掬い上げた。
「なんだお前!」
一色琴乃が不敬だ、と騒いでいる。
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