(12)この世で一番ろくでもない人間だぞ
「私こそが巫女様だ! ひれ伏せ、ひれ伏せぃ!」
小高く据えられたその櫓は、人だかりの遙か後方からでもよく見えた。金でも塗っているのか、四方に据えられた松明の炎を浴びて、うねるような光を方々に反射している。豪奢な装飾はいっそ低俗にさえ思えた。それを広場の人間が一様に、ありがたそうに拝んでいる。
「ひれ伏せっ、さぁさぁひれ伏せぃ! アメリカンドリーマーだっ!」
これまた金細工の施されたすだれが目隠しとなっているようだが、なかにいる人間が激しく動くせいで、ほとんど役に立っていない。風や、人の腕がすだれをまくり上げ、白と赤の巫女装束があらわになるたび、群衆が感性をあげる。
隣のご婦人に至っては、両手いっぱいに串焼きを握りしめながら巫女に向かって拝んでいた。
薪の燃える匂いにまざって、至る所から酒や肉の香りが漂ってくる。見れば広場を囲むように屋台が並んでおり、様々な料理を提供しているようだ。
「こいつが……煙焚き?」松井は唖然としている。
「煙というか、ほぼ焼き肉みたいな……あ、あれ美味しそう」
「食べたいのかい? よおし、俺が取ってきてあげよう」
「本当に? じゃあ端から端まで全部お願い!」
「お任せあれ、お姫様」
松井は、王妃に口づけをする騎士のように跪いたあと、人だかりのなかに消えていった。
「翠夏……屋台って車座に並んでるみたいだけど」
「端がないって、いつ気づくかな」
いい性格だ。
「でさ、あの櫓にいるの、さ」
「どうしましょう。帰りましょうか?」
「いや、一応確かめた方がいいんじゃないかな」
正直、すでにだいぶ頭が痛い。
「実を言うと、磔にされて火炙りに遭っているくらいは覚悟していたのですが」
「本の読み過ぎだよ」
「事実は小説よりも奇なり、というやつです」
人混みをかき分け、櫓に近づいていく。ひれ伏せ、酒を持ってこい、金を出せ、と先ほどから傍若無人そのものな声が飛び出し、そのたびに辺りが熱気に包まれる。
どういうお祭りなのか、と疑問の思わずにはいられない。噂に違わぬ奇祭。だが、奇妙なのはむしろこの熱狂を作り出している村人そのものだ。
なぜ、そこまで櫓の人間を崇めるのか。
あそこにいるのは、おそらく、この世で一番ろくでもない人間だぞ。
人混みの先頭に出た。目の前で見ると、櫓はうるさいほどに豪華絢爛だ。毎年こうなのか、それとも中で音頭を取っている人間がそうさせたのか。
「ひれ伏すがいい! あぁ、いい気分だ。住む。私はここに住むぞ!」
「巫女様!」
「ありがたや! ありがたや!」
泣いている老人までいる。なにからなにまで、何事なのか。
一歩、前に躍り出る。炎の熱が顔を焼く。よく、松明に囲まれてあそこまで元気でいられるものだ。
「先生!」
「ややっ! これはこれは私の担当編集じゃないか! 見ろよ、私を! 今、私はこの村で一番偉いんだ!」
頭を抱える。
どうしてこうも、想定の斜め上にばかり事態は発展するのだ。
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