(9)「お前たちか?」
「よくあるくねくねの都市伝説だったわけだが……おたくは、あの爺さんの話を信じるわけ?」
宿までの帰り道、松井が目に見えて興味を失った顔で話しかけてくる。辺りはすっかり真っ暗で、祭りの夜だというのに人気も活気もない。みんな、どこにいるのだろう。
「にわかには信じられませんが、嘘をつくメリットもありません」
「旅人を脅かすのが趣味の変人とかな」
「子どもぐるみで?」
くねくねの都市伝説なら知っている。田舎に遊びに来た兄弟が、田んぼで異様なものを目にする。
案山子か、陽炎か。遠くでゆらめくそれを双眼鏡で"はっきり"見てしまった兄は、狂う。
その後、兄が正気を取り戻すことはなく、やがて田んぼに放たれるのだという。
確か、そんな話。
現象に、名前をつけるのは私たちだ。それらはただこの世にあり、私たちが勝手に理に当てはめ、理解しようとする。だから、名はともかく、老人の語る現象が、この村にはあるのだろう。
声をかけられたのは、村の中央に差し掛かろうというところだった。
「お前たちか?」
小さな影が3つ、私たちの行く手を阻んでいる。子どもだ。
「なんだ、ガキか」松井が悪態をついた。「これからはロマンスの時間なんだ。ガキは帰んな帰んな」
癇に障る言い方だが、急ぎであるのは私も同じだ。
「お前たちが翔のことを告げ口したのか」
最初とは、別の子の声。暗くて表情は見えないが、声にはなけなしの怒気が含まれていた。
そう、なけなし。
私にはどうも、彼らが精一杯の勇気を振り絞って強がっているように聞こえる。都会から来た大人が怖いのかもしれない。
「翔って……あのお爺ちゃんのお孫さん? 私に話しかけてくれた」
「翔は余所者に優しくしただけなのに」また別の子が喋る。「お前たちは翔を裏切った」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「右上ちゃん、君が謝る必要はないぜ。俺たちは何も悪くない。構わず二人でトリップと洒落込もう」
「あの、さっきから馴れ馴れしいのですが。そもそも私は宿ではなく村長の家に用がありますので」
「それはないんじゃないか。こんな田舎で男女が出会った。やることはひとつだろ?」
「喧嘩なら買いますよ」
この男、はじめから同業者としても好ましくなかったが、今あらためて人間的に嫌いだ。
「大人なんて……嫌いだ」
泣きそうな声に、はっとする。子どもたちの方に目を向けると、すでに影も形もなく。あたりを見回すも、暗くて見つけられそうにない。
いなくなってしまった。
聞きたいことは、まだあったのに。
例えば、どうして私たちが例の少年ーー翔君の家に行ったことを知っているのか、とか。
ずっと見ていた? 私たちを?
まさかね、と私は独りごちる。
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