(8)見てしまったら、どうなります

「うちの孫がなにか?」


 出迎えたのは、深い皺をいくつもこさえた小柄な老人だった。とは言っても吹けば飛ぶような老体ではなく、農作業で培った筋肉がぎっしりと身に詰まっている、屈強で圧のあるご老人だ。


 私たちは男の子に連れられるかたちで、市街地から少し外れたところの古い一軒家ーーと言ってもこの村ではほとんどの家がそうなのだがーー、男の子の自宅に来ていた。


「申し遅れました、私、雑誌の編集などをしております右上と申します」

「どうも、フリーライターの松井です。ちょっとお宅のお孫さんに聞きたいことがありましてね」


 松井さん、と私は彼を遮る。先に話をするのは私の約束だ。


「孫に聞きたいこと?」


 老人が男の子を睨みつける。その形相と男の子の萎縮からは、到底仲睦まじい祖父と孫には見えない。昔ながらの家庭というやつだろうか。


「失礼ですが、この子のご両親は?」

「仕事にでている。そんなことを聞きにきたのか?」


 孫への敵意がそのままこちらに向けられる。外の人間は信用できない、そんな感じだ。


 さて。


 ここからどう、男の子を守りつつ取り崩そうか。横では松井が今か今かと自分の出番を窺っている。隙を見せたらすぐに手綱を奪われる。


 大丈夫。ハッタリは得意だ。


「実は私、お孫さんには命を救われたようなものでして」


 老人と男の子が目を丸くする。横にいる松井の顔は見えないが、含み笑いのような吐息が聞こえた。


「お宅の田んぼに入ったところを、彼に連れ戻してもらいまして」

「田んぼに!」


 老人が声を荒げた。


「あんた、この時間に田んぼに行ったんか」


 わぁお、と思わず心の中で呟く。本当に聞くことがあるとは。


「では、あれを見たのか?」

「あれ……あぁ、ゆらゆらしてる。あれが煙羅煙羅様とやらで?」

「まさか。煙羅煙羅様は人を襲わん。あれは……あれらは……煙羅煙羅様を騙る化け物だ」

「化け物!」松井が仰々しく叫ぶ。「では、みなさんは煙羅煙羅ではなく、得体の知れない化け物を信仰していると?」

「正体を知っている人間はもうほとんどおらん。みな、純粋に信じているだけだ」


 雲行きが怪しい。


「あれらは人を引き摺り込む。間近で見てしまえば……」

「見てしまったら、どうなります」


 老人が生唾を飲み込む。


「なるのだ。あれらの、一つに。お前が」

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